<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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消話 神と巫女 7

■現在より十数年前のこと

 

 グラスコードが街を壊滅させ、古代伝説級UBM【千貶万花 グラスゴード】と成った日からおよそ八百年後のこと。

 モンスターの強さと、ミオギという人間の知恵が合わさったこの天災は実に効率的に生き延びていた。

 三強が存在した時代は海底にて過ごし、海中のモンスターを喰らうことでリソースを得ていた。

 

 そして三強が終わりを迎えると、以前のように海岸付近の街や村を襲うようになった。

 しかし、グラスコード単体の時のような無差別には行わず。

 ある程度は場所と時間の間隔を空けつつである。

 ミオギは知っていた。

 いつ覇王のような規格外の存在がグラスコードを知るか分からないと。

 だからグラスコードがその域に達するまでは、脆弱な人間だけを選んで刈り取っていた。

 

「(……逸話級から古代伝説級へは一足跳びに進化出来ましたが……その先はやはり一筋縄ではいきませんか)」

 

 何が足りていないのか分からない。

 古代伝説級の次のステージ――神話級に至るまでにどれだけの人間を贄にすればいいのか。

 

「Furuuuuuuuuuu」

「ええ、そうですね。道のりは長く厳しいものでしょうが、それを乗り越えた先に希望があります」

 

 グラスコードの声にミオギは答える。

 海面に浮上しながら、数匹の【グラスコード】を携えて、ミオギは新たな贄を探していた。

 

「……どこも警戒しているようですねぇ。ここまで戦力を集めたのは八百年以来でしょうか」

 

 その日を懐かしみ、ミオギは目を瞑る。

 

「おっと、いけません。過去よりも未来。未来よりも【グラスコード】様。一銭の価値の無い過去の人間など思い出す必要もありません……いえ、価値はありましたか。贄としての」

 

 付近の村はいずれも超級職の気配がする。

 無論、グラスコードの力があれば負けることは無いだろうが、村々に配置されているのであれば、戦闘中に他の超級職が応戦に来てしまうかもしれない。

 超級職だけでなく、グラスコードにとって相性の悪い上級職がいるかもしれない。

 今はまだ溜める時。

 そう判断したミオギは、最も警戒の薄い村へと移動を開始する。

 

「さて。本日は何人の贄が必要でしょうか。前のように、3つの村を同じ夜に食べないでくださいね?」

 

 愛おしそうに、まるで我が子の成長を見守る母のような眼差しと共にミオギは【グラスコード】の1匹を撫でる。

 【グラスコード】も嬉しそうに身を震わせ、ミオギは心が通ったことに喜ぶ。

 

「ふふふ。本当に可愛らしくて愛おしいお方」

 

 時間を忘れて、移動もあっという間であった。

 【グラスコード】を眺めているだけでいつの間にか目的地へと到着していた。

 

「ふふふ。超級職は美味しいのですが、未知の力と戦いたくはありませんからね」

「ええ。だからこそ、貴方はここを選んでしまうのですよ」

「――ッ!?」

 

 海岸に辿り着き、【グラスコード】から砂浜へと降り立った時であった。

 ミオギの背後に突如として気配が湧き、肩口に痛みが走る。

 

「……何者です」

「おや。もう忘れてしまいましたか。あれほど刺激的な夜は私にとっては初めてでしたが、貴方にとっては日常のことで?」

 

 砂浜に浮かびあがる1人の男。

 痩せた姿には見覚えがあった。

 

「……確かあの時の超級職の1人」

「そこまでしか記憶にありませんか。まあ、貴方にとっては数多いる餌の1人でしたのでしょうが」

 

 以前よりも痩せ、髪には白いものが混じっている。

 だが、その目だけはやけに印象的だ。

 全てを見透かすような目は、八百年前から覚えていた。

 

「改めて自己紹介を。【眼王】ステルバ・ステルス。貴方を殺す者です」

「……何を馬鹿なことを。私を殺す? たかが人間の分際で、神にも等しいこの私を殺せるとでも? ……クッ、ハハハハハハハハ!」

 

 ミオギは腹を抱えて笑う。

 そこに、かつての巫女の面影はない。

 人間を餌としか見ない、モンスターの姿がそこにはあった。

 

「神にも等しい……。ええ、そこのグラスコードと力を共有する貴方は、まさに古代伝説級UBMと同じと言っても過言では無いのでしょう」

 

 しかしステルバは冷静に、ミオギの哄笑を見つめる。

 

「だから思考もモンスターのような短絡的なものになったのでしょうか」

「……なんです?」

「きっかり十年毎に、20キロメテル先にある村がターゲットとなる。この法則性は無意識でしたか?」

「……?」

「しかし法則性を無視することもあった。それは、ターゲットに超級職や上級職が多数在籍している場合。この時は更に先の村に移っていた」

「何を……言っている……」

「まだ分かりませんか。今日、この場所に貴方が現れるのは予想されていたことなのですよ。不思議に思わなかったのですか? この村以外に超級職がいることに。そこまで暇ではありませんよ彼らは」

「まさか……!」

「ええ。私が雇いました。このために」

 

 超級職がいない村を選んだのはミオギの意志であった。

 だが、それを読み取られて誘導されていた。

 ステルバの執念は、八百年越しの怨念は深く底の無いものであった。

 

「だけど……貴方の気配は無かったはず」

 

 そう、ミオギは超級職の気配の無い村を選び取ったのだ。

 ステルバがミオギの行動を読み取っていたとしても、それを上回れたはず。

 

「……気配というのは何なのか分かりませんが。まあ、これのことでしょうかね」

 

 そういって、彼は片手に持つ短剣を見せる。

 八百年前の戦いでも見せた、特典武具の短剣である。

 

「【清浄必須 コノート】。持ち主の状態異常を打ち消す短剣ですが、こうして私を何者でもない状態に見せかけることも出来るのです」

 

 八百年前に見せなかった能力。あるいは、この八百年の間に新たに芽生えのだろうか。

 ともあれ、ステルバの気配は今も尚、そこらにいる村人と同じもの。

 状態異常だけでなく、強者の気配すらも消してみせた。

 

「……少しはここで気づくと思いましたけどね」

「……なに?」

 

 ステルバは溜息をつく。

 それは本来であれば立場が逆であったはずのもの。

 

 神であるミオギが人間に見せる呆れであった。

 

「私の短剣は対となっています。こちらのコノートは持ち主の状態異常を。そして、カノートは斬った相手のバフやデバフといった状態変化そのものを打ち消す短剣です」

 

 じくじくと、肩口が痛む。

 おかしい、ミオギはその痛みに違和感を覚える。

 すぐに治るはずであったのに。

 いや、治っているのだ。

 傷口はすぐにグラスコードから分け与えられた力で塞がっている。

 なのに、痛い。

 

「……ああ。見えないのでしたね。いえ、私が見せていないのでした」

 

 ステルバが指を弾く。

 すると、痛みのあったミオギの肩には1本の短剣が突き刺さっていた。

 

「な、なあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「残しておきましたよ。【混沌必衰 カノート】を」

 

 【眼王】のスキルである《透明人間》は、相手の人間の目に対象を映さなくなるスキルである。

 本来は自分の姿を映さないようにすることで暗殺や戦闘の足掛かりにするのだが、今回は違う。

 カノートの姿を消した。

 その力が十全に発揮されるまで悟られぬように。

 

「おや。表情から余裕が消えてきましたね。ならばこの短剣の効果が如何に貴方にとって致命的か、理解出来ましたか」

 

 ミオギは急いでカノートを抜き捨てる。

 だが、すでに時は遅い。

 短剣の抜けた傷口は一向に塞がらず。

 どころか手足に力が入らない。

 

「あ、ああ、あああ、ああああ……」

 

 ミオギは体から力が抜けていく感覚に陥る。

 皮膚から水分が消えていく。

 視界が歪み、霞んでいく。

 膝が笑い、震える。

 立っていられない。

 呼吸が苦しい。

 心臓の鼓動がおかしい。

 早いのか遅いのか。

 生きているのか死んでいるのか。

 意識はまだ、正常なのか……。

 

「おや、そうなるのですか。これは意外でしたね」

 

 ステルバの声が聞こえる。

 

「ぎざ……」

 

 声が上手く出ない。

 声帯か、あるいは脳からすでに損傷があるのだろうか。

 

「ええ。お察しの通り、カノートで貴方に付与されたグラスコードとの共有を絶たせてもらいました」

 

 力の強化や、呪いだけがバフデバフだけでない。

 永続的にも思える神との力の共有すらも、カノートの前にはただのバフであった。

 

「まさかまさか。貴方の寿命すらも根こそぎ奪われていくとは。ふむ……しかし、寿命で死ぬことが出来ますかね貴方」

「な……に」

「ほら、貴方をただの人間として、餌として見ているモンスターがそこにいますよ」

 

 ミオギの顔に影がかかる。

 そこにいたのは、臭い息を吐き、醜悪な面を見せるドラゴンの姿があった。

 

「――ひっ」

「喜ぶといいでしょう。今度こそ神と一つになれるのですから」

 

 抗う術など無かった。

 そもそもで死に体。

 寿命で死ぬか食われて死ぬかの2択だけである。

 そして、それを選ぶのはミオギではなくグラスコードというモンスターであった。

 

「ああ……食われて一つになれるのなら貴方はかなり遅い方でしたね。すでに何百何千という人間がグラスコードの血肉に捧げられたのですから」

 

 人間1人を食っただけでグラスコードは満足しない。

 だが、ここにあるのは本体ではなく8つの分体のみ。

 ステルバはすぐに8匹を殺しきる。

 

「……互いに長命でしたが、貴方が先でしたね。まあ、特に感慨深くはありませんが」

 

 潮風に揺られるステルバの長髪。

 そこから覗くのは細く長い耳であった。

 

「これで私の仕事は終わりでしょうか。流石に、アレを倒すだけの元気はありません」

 

 海底でグラスコードの本体は何を思うだろう。

 自分と繋がりのあった人間がいなくなったことを憂うだろうか。

 いや、繋がりが消えた瞬間にミオギを喰らったのだ。

 ミオギの盲信は一方的なものであったのだろう。

 

「……誰かに託しましょう。街は……もう無くなってしまいましたが、確か神殿に生まれ変わったのでしたか」

 

 ならば海底に沈んだ神殿に赴く準備をし――

 ステルバは残された時間で出来ることを考える。

 

「……まあ、何とかなるでしょう。ドルジを見習って少しは楽観的になりましょうか」

 

 かつての同僚を思い出しながらステルバは笑う。

 思い出したそのほとんどにおいて、ドルジは衣服を脱いでいた。

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