<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
『なんでこんな簡単なことが分からないのよ!!』
甲高い声が耳に残る。
ヒステリックに叫び、嘆き、そして最後に笑いだす。
これは、威嚇だ。
本当に怒っているわけではない。
その証拠に、怒声にしては口の端が吊り上がっている。
みんな、同じだ。
5人はいずれも同じ反応をしてみせる。
私を馬鹿にして笑いものにしている。
生徒の自主性も、勤勉性も、学習能力もどうだっていいのだ。
無理難題を押し付け、下に見ているだけだ。
だから私は誓ったのだ。
もし自分が誰かを教える時。
その時は間違わないようにしよう。
正しき解を。
誤答だけは防ごうと。
■ノーチラス内
「彼は私が教えます。家族を喪い、行く当てもないのです。私達で保護してあげなければいけません」
「絶対に絶対にー、私がこの子に感情を教えてあげるんです」
1人の少年を挟むように、両腕をそれぞれパリドーネとレシーブが抱きしめていた。
かつての家庭教師に思うところあるパリドーネは、今こそ彼らを反面教師にする時だと意気込む。
レシーブもレシーブで今は頑固になっているのか、腕をへし折る勢いで抱き着く。
「いやあの……」
そして板挟みもとい火中の栗となっている少年――アラブは困っていた。
彼女らの言葉に対して、ではない。
腕を通して伝わる柔らかな感触、近づけられる顔にドギマギしているだけだ。
むしろ会話の内容なんて全く耳に入っていない。入れるどころではなかった。
内面はともかく、外見だけは美麗なお姉さんと野性味あふれる可愛らしい少女である2人。
抱き着かれて悪い気はしない。
健全な男児であればこの幸福に対して言葉を返したいところであったが、如何せんそこまでは偉大なる父に教えられてはいなかった。
優しかった母もきっとこの状況を許してくれるはずだ。
「そう、無理難題を言うものではありませんわ」
そんな2人を窘めるはプシュケー。
今にも暴れ出しそうなパリドーネとレシーブに対してどうどうと手で制す。
無理難題……今は異なる意味で使ったのだろうが、己が通り名をあえて使ったのだろうとパリドーネはプシュケーの言葉の裏を読み取ろうと冷静さを取り戻す。
「パリドーネさんとレシーブさんの言い分も分からなくもありません。特典武具を所有するティアン……それも年端のいかない子供を野に放つなど出来るはずもありませんもの」
彼女達が言い争っているのはアラブの今後について。
即ち、クランで保護するか、否か。
保護する派の代表がパリドーネとレシーブ、否定派がプシュケー。
他のメンバーもそれぞれ意見はあるが、今は大人しくみている。
「だから首都にある養護施設に預けようというお話をしていますのよ。あそこなら下手なクランの拠点よりも安全ですし」
常に〈YLNT倶楽部〉が徘徊もとい警備しているため、レジェンダリア屈指の安全地帯となっている。
そこである程度成長し、特典武具を使いこなせるようになればアラブも安泰であろうというのがプシュケーの考えであった。
「信用できません。国家が運営しているから、国が監視しているから。そんな謳い文句でブラックだった施設や孤児院など幾らでもあります」
「そうですそうです!」
「そこも含めて〈YLNT倶楽部〉がいるから信用していいと思うんですの」
「彼らがいるから信用できないのでは?」
言い返せなかった。
〈YLNT倶楽部〉を引き合いに出した時点でプシュケーの負けだ。
そして一度でも冷静さを取り戻したパリドーネは蓄えた知識で幾らでも反撃する。
「……クリアントさんも何か言ってくださいまし」
「俺か?」
完全に傍観者として無関係を装っていたクリアントは突然の指名に驚きつつ案を探す。
「……元いた森に返すとか」
「話になりませんわ」
住民などほぼ死に絶えた森に送り返すという最悪の提案をするオーナーの案をばっさりと斬る。
そもそも話半分で聞いていたため、クリアントは何が駄目なのか分からなかった。
「……犬猫の話ではありませんけど、拾った……保護した責任を感じているのは分かります。でも、彼のことを考えるのであればやはりティアンの方に預けるのが一番ですわ」
この世界の常識も理も知らないことが多い。
なにより〈マスター〉とティアンの違いは想像以上に隔たりがある。
プシュケーの危惧はまさにそこにあった。
〈マスター〉の常識で育てられたティアンは様々な意味で危険であると。
「放り出すわけではありません。信用できるティアンに預けるべきですわ」
「私が教えます。でないと……もしまた……彼らのような者が教育者として現れる可能性が」
パリドーネは、自分が斯様に壊れているからこそ、あの環境で育てられても助かったと考えている。
知識を吸収することにかけてタガが外れているからこそ、あの家庭教師たちから逃れることが出来たのだと。
だが、きっとアラブは耐えられない。
生徒を怯えさせる教師に出会えば潰れてしまう。
それだけは絶対に避けたい。
ならばいっそのこと自分が教えればいい。
「アラブもそう思いますよね」
無意識に抱きしめる腕に力を込める。
これは別に色仕掛けをしているわけでは無かった。
離したくないから抱き着いただけである。
とはいえパリドーネからすればまだまだ幼い子供だとしてもアラブは死線を潜り抜けた男。
抱き着く力が増せば必然と当たる面積も増えるわけで、
「ちょ、パリドーネさ……あいたたたたたたた!?」
にやけた表情の直後に響く絶叫。
流石に超級職のステータスではこうなる。
「預けます!」
「教えます!」
プシュケーとパリドーネ。
両者譲らず。
「……」
クリアントはその平行線の争いを見て、
「……ぐぅ」
いつの間にか眠っていた。
おいクリアント君をオチに使うんじゃないよ