<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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首輪締め(リングマスター)

■ノーチラス内

 

「……それで、どんな結論になったんだ?」

 

 パリドーネとプシュケーによるアラブの進路争い。

 その途中で眠りこけてしまったクリアントだが、流石に顛末が気になりまだ食堂に残っていたフィリップに尋ねる。

 

「よくあの場で眠れたね」

「静寂よりも適度な雑音があった方が眠れるって言うだろ」

「それ当人が聞いたら怒るからね。というか睨まれていたよ」

 

 それが2人の諍いを多少収めていたのはこの男の狙いか?とフィリップはまだ欠伸をするクリアントについて考える。

 あのまま続けていたら2人の間に亀裂が入ることだってあり得た。

 それを、怒りの矛先を自身に向け、仲を取り持ったというのなら大したものである。

 

「たぶんあれだな。特典武具のデメリット」

「睡眠系あったっけ?」

 

 フィリップの記憶では無かったはずだ。

 適当な言い訳をするクランオーナーにやれやれと肩をすくめる。

 

「まあアラブ少年の行く末は君に全くの無関係というわけでもない。まず結論だけど、彼はやはりこのクランから去ることとなったよ」

「ということはプシュケーの案通りに預けることになったのか」

 

 クリアントは少し意外そうな顔をする。

 面倒見の良い者が多いこのクランであればなんだかんだで受け入れる可能性が高いと考えていたのだろう。

 

「プシュケーが言った通り、〈マスター〉の集団の中に置くのは危険だ。このノーチラスに乗るのが〈マスター〉だけだと思い襲撃を掛けられ、最悪巻き込まれて死ぬ可能性もある。最初からティアンと一緒にいる方が〈マスター〉から攻撃されにくくもなるんだ」

「……ああ。PKか」

 

 ノーチラスを沈めかねない大火力を放たれればアラブを守り切れるか怪しい。

 それこそ、死なせないという足枷が出来上がってしまう。

 

「それで孤児院というわけか」

「いや、違うよ」

 

 そう、パリドーネの意見もまた無視するわけにはいかないものであった。

 やはり見知らぬ人間に少年の未来を託すわけにはいかない。

 それが国家所属の者であったとしても。

 

「権力の下にいれば助長する者だっている。安心安全な顔をしているからこそ危ういだってさ」

「だが……それだとどこにも預け先なんて無いじゃないか」

 

 個人はともかく、集団という意味では国家以上に安全なものもない。

 特にレジェンダリアはそこまで戦争に意欲的ではない。

 絶賛戦争中の王国や皇国に比べても、国内で争う天地と比べても。

 

「人間性が分かっていて、アラブを守れる強さがあって……と条件を絞っていくともう何も残らないんじゃないか?」

「そう思うだろう?」

 

 フィリップも最初はお手上げかと諦めていた。

 やはり多少のリスクを背負ってでもノーチラスで保護するしかないと。

 

「だけど、居たんだ。ティアンで人格者で実力がある人物が。加えてレジェンダリアにも精通している。いざとなれば彼を通じて国家に逃げることも出来る」

「そんな知り合いがいたのか」

「ああ。言い出したのはレシーブだけど、彼を知っているのは私だった」

「いやお前かよ」

 

 なら真っ先に思いつくのではとクリアントの視線にフィリップは右手でそれを遮る。

 

「……無意識に外していたんだよ。彼はもう長くないことは分かっていたからあまり気苦労をかけたくなかったからね」

 

 だが、二つ返事で引き受けてくれた。

 どころか、『この歳で弟子が出来るとは』とかなり乗り気な様子。

 

「その人物の名は?」

「ステルバ・ステルス。元【眼王】にして数多の特典武具を持つ真妖精さ」

 

 

 

 

「少し、意外でした」

 

 自室にてパリドーネはそう溢す。

 目の前の相手……友人であるレシーブに向かって。

 

「意外とは?」

「レシーブがあのような提案をしてくれたことです。あなたもアラブを手放したくないとは言っていましたが、てっきりポーズかと」

「いやですねぇ。私だってたまには動物保護団体に寄付することだってありますよ。今回だってその一環です」

「……」

 

 団体への寄付がレシーブにとってどれだけ価値あることが分からないため突っ込みにくいが、とにかく彼女もアラブについて多少考えてはくれていたのだろう。

 

「いぬねこを拾ったら最後まで責任を持つ。これが人間の責務ですから」

「アラブはいぬねこではありませんが」

 

 ともあれ、パリドーネとしても納得のいく結論となった。

 ステルバ・ステルス。

 彼の名はパリドーネも聞いたことがある。

 曰く、真妖精の逸れもの。

 曰く、街愛好者。

 曰く、【眼王】なのに眼鏡。

 曰く、救世主。

 

 長く生きているのに悪い噂は聞かない。

 潔白過ぎるわけではないが、善人であることは間違いない。

 それにフィリップや妹妹、イテカが彼の人間性を後押ししている。

 

「彼ならば文句はありません」

「パリドーネちゃん、レジェンダリアの歴史とか教えてもらっていましたもんねぇ。賄賂ですよ賄賂」

「……違います」

 

 知らないことを教えてもらったから信用するほどチョロくはないと自分を信じているが、レシーブからすればチョロかったらしい。

 

「しかしレシーブ、あなたもアラブに感情を教えたいと言っていたのでは?」

「ああ、それこそ妄言虚言の類ですよ。オウムを飼えば言葉を教えたくなるように、少しだけ興味があっただけです。でもオウムが逃げれば諦めるでしょう?」

 

 飼い鳥が逃げれば普通は探すものだが。

 やはりなるべくして【動物王】になっただけのことはある。

 

「昨日、映画を見たんですよ」

「……?」

「お爺ちゃんが撮った映画です」

「お爺様は映画監督だったのですか?」

「ええ」

 

 レシーブの口から出た名は映画をあまり見ない者でも知る有名な監督のものであった。

 故人であるが過去に幾つもの賞を国内外問わず受賞しており、その緻密なまでに計算された感情表現は、見る者の感情を増幅させるという。

 

「……凄い方だったのですね」

「私にとってはただのお爺ちゃんでしたけどね」

 

 レシーブは苦笑してみせる。

 それすらも彼女にとっては作った表情なのだろう。

 

「私はお爺ちゃんから人生の生き方を学びました。正しい人間になるために。それを少しだけ思い出したんです」

「正しい人間、ですか」

 

 家庭教師に言われた、『お前は獣だ』という言葉をパリドーネも思い出す。

 人間……とは何なのだろう。

 

「人間を人間として成長させられるのって人間だけですよ。知っていました?」

 

 狼に育てられれば言葉を失い狼のような気性の荒さを得る。

 他の獣でも同様だろう。

 人間を育てられるのは、正しく育てられるのは人間以外に有り得ない。

 

「だからアラブ君を人間にしてあげられたら私も人間になれるのかなーって」

 

 なんちゃって、とレシーブは言葉を濁す。

 その表情が、笑みが少しだけ陰りをみせる。

 その陰だけは、きっと彼女の本当の感情が覗いた気がした。

 

「だったら……なぜ諦めたのですか」

 

 声が震えているのが自分でも分かった。

 その言葉が自分にも返っていると知っているから。

 もっと強く主張すれば。

 妥協などせずに、パリドーネだけでもアラブを育てると言えたはずだ。

 だけど、しなかった。

 今の自分の置かれた境遇とアラブを天秤にかけて、自分を選んでしまった。

 

「いやー、それがですねぇ」

 

 だからレシーブから答えを聞きたくなった。

 何故彼女は、アラブをステルバに預けるという選択肢を思いつけたのかを。

 

「まだまだ見ていない映画がたくさんあったのを思い出したんですよ」

 

 そんな、答えであった。

 

「は、は……」

 

 その返答は自分勝手なものか?

 いや、そうは思わない。

 

 見ていない映画がある。

 それはアラブを育てる時間が無いという意味では決してない。

 

「そうですね。私達はまだ成長途中です。ええ、まだ早かった」

 

 決して己惚れることなかれ。

 それをレシーブから教わった。

 

「家庭教師になんてならなくていいんです。せいぜい、一緒に机を並べてあげましょう」

 

 それは幾ら学んでも。

 パリドーネ一人では辿り着けない答えであった。

 

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