<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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”天望落下”

■ノーチラス内 ジャミラの部屋

 

 部屋一面に飾られるプシュケーを写したスクリーンショットの数々。

 それらの中央に座すジャミラは唇を噛んでいた。

 

「……おかしいわ。プシュケーさんともあろう人が何で何故どうして分からない理解できない不明――」

 

 途中から言葉にならなくなり遂には絶叫と共に髪を掻きむしる。

 せっかく整えられ、軽くウェーブのかかった頭髪は無惨に乱れる。

 むしった際に抜け落ちたのだろう。

 掌に残る数本の髪の毛を見て、

 

「あ……」

 

 我に返るジャミラであったが、腹の虫が収まることはない。

 ただ、取り出した鏡をみながら再度整えている間だけ無心に戻っただけだ。

 

「あの男……」

 

 鏡を仕舞い、代わりに一枚の写真を取り出した。

 そこには虫けらを見るかの如く目を細めたプシュケーが写っている。

 ジャミラ自身はプシュケーからこの視線を向けられたことが無いため、彼女にとってはレアリティの高い一枚となっている。

 だが、その視線の先にいる男は違う。

 彼だけはいつもこの視線を向けられている。

 彼にとってはレアでなくノーマルとなっている。

 

「プシュケーさんもプシュケーさんよ……最近、あの男とばかり話して……」

 

 あの男、つまりはこのクランのオーナーであるクリアントのことであるが、彼はノーチラスの中にいる際は大抵やる気の無さそうな表情をし、つまらないミスを犯し、誰かに叱られていることが多い。

 叱っているのはほとんどプシュケーだ。

 

 羨ましい。

 妬ましい。

 

 

 

 

「ありゃ、夫婦漫才って言うんだっけ? だったらお似合いなのか?」

 

 クリアントを叱るプシュケーを見て、そう溢したのはバウムであった。

 彼が知る数少ない(間違った)日本文化を口にしたのだが、速攻でジャミラによって否定された。

 

「はぁ!? そんなわけねーだろうがよ! どぉこぉに目付けてんだぁぁぁぁ!?」

 

 バウムの額を人差し指でぐりぐりと抑えつける。

 プシュケーとクリアントが夫婦?

 お似合い?

 

 そんなわけがないだろう。

 アレはペットを躾けているだけだ。

 

「プシュケーさんがあんなチンケな野郎とどこがお似合いだってんだぁ? 美と野獣か? 月とスッポンか? ちげえよなぁ、ちがえって言えよ、なぁ!」

「あ、ああ……悪かった。悪かったから落ち着け」

 

 初期ジャミラを思い出しながらバウムは自分の言葉のどこが悪かったか反芻する。

 やはりどこが悪いか分からなかった。

 バウムが生まれ育った村において夫婦とは支え合うもの。

 クランメンバー同士、オーナーとサブオーナーで支え合っていて仲がいいなと思って言っただけで他意が無かったための発言。

 とはいえ、ジャミラがこうして怒髪衝天となっているため言い返すことなくただ言葉を間違えたと謝る。

 

「ま、まあプシュケーとて多忙だからな。オーナーであるクリアントがああして何もしないところを見逃せないんだろう」

「……それはそうだけど」

 

 誰の眼からみても何もしてないと思われるクリアントであった。

 

「尚更癪だわ。プシュケーさんの手を煩わせているってことでしょう? あんなのがオーナーでいいのかしら」

「……さてな。俺も立ち上げの時は同席していたがクリアントをオーナーと認めたのは消去法に近い投票の末だ。それもオーナーとしての能力の有無でなく、ただ死ににくいからという理由による決定」

「最初からオーナーとしての力は求められていなかったってこと?」

 

 〈パルプンテ〉に後から加わったジャミラとしては、何故クリアントがクランのオーナーであるか不思議であった。

 ほとんどプシュケーやパリドーネが本来オーナーとして遂行せねばならない仕事を引き受けているし、戦闘能力としても他のメンバーが十分すぎるほど高い。

 彼ら彼女らを差し置いてクリアントをオーナーに置く理由が見つからなかった。

 

「……神輿?」

「それもあるかもしれないな。一クランのオーナーともなれば命を狙われることが多い」

 

 バウムの生まれ育った村では神とは殺すものでそれを可能とする毒虫を以下略。

 そこまで思い出しバウムは身震いする。

 

「どうしたの?」

「いや何でもない。……まあ誰からも好かれるリーダーなんていない。だからこそ、それを気にしないクリアントを選んだじゃないかって思うぞ、プシュケーは」」

「なるほど……流石はプシュケーさんね」

 

 結論はプシュケーがクリアントをオーナーへ推薦していたという話が出た時点で終わっていた。 

 彼女の考えであるならばとジャミラはそれ以上クリアントがオーナーであることに異を唱えない。

 

 故に、唱えるべきは別のこと。

 

「最近、プシュケーさんと近くないかしら」

 

 

 

 

「……結局あの男がオーナーとして機能していないからプシュケーさんが常に補佐を務めることになっているのよ」

 

 数多のプシュケーの写真に囲まれながらジャミラは考える。

 どうしたら、クリアントからプシュケーを引き離せるか。

 

「〇月□2日、一日陽にあたりお茶を飲んでいる。〇月□4日、独り言をずっと呟いている……いえあの男のエンブリオはメイデンだから念話かしらね。□9日、×1日――」

 

 日記帳に綴ったクリアントの一日の記録を見返す。

 ほとんど何もしていなかった。

 たまに依頼をふらっと受けてふらっと戻ってくる。

 腹立たしいことに依頼の達成率は悪くないらしい。

 

「どうにかして……」

 

 ぶつぶつと小さく言葉にしながら思案するジャミラ。

 そんな彼女の部屋の扉がノックされる。

 

「少しよろしいかしら?」

「え、ええ! 勿論」

 

 即座にウリエルによって展開された鏡に収納されていくプシュケーの写真。

 ノックされてから1秒で収納は完了していた。

 扉を開ければそこにあるのはつい先ほどまで部屋を輝かせていた顔と全く同じもの。

 否、実物の方が幾万倍も煌びやかである。

 

「バウムさんに聞いたのですけど」

「(あんのクソボケ野郎ッ……! いったいプシュケーさんに何を吹き込みやがった!?)」

 

 心の中でバウムを罵倒しつつもプシュケーの前では笑顔を忘れない。

 先日の会話をそのまま本人に伝えていたら高空落下を百回味わわせてやろうと思いつつ、プシュケーの言葉を待つ。

 

「ジャミラさんもクランの運営のお仕事に関わりたいというのは本当ですの?」

「へぇっ!?」

 

 なんとも間抜けな声が出てしまった。

 思わず口を押える。

 その仕草か、あるいは声そのものが面白かったのかプシュケーはコロコロと笑う。

 

「あらごめんなさい。あまりにも可愛くて」

「う、うん。えっと、その……運営のお仕事? バウムさんは何て言っていたのかしら」

 

 訳の分からない展開過ぎて思わず聞き返す。

 ちなみにジャミラの中では質問に質問で返すのは礼儀違反で0点だ。

 それくらい動揺していた。

 

「最近、私がクリアントさんの代わりに実務負担が多すぎることを心配していたジャミラさんが請け負いたいと。その分私の手が空くなら自由な時間が取れるんじゃないかと」

 

 全く言っていない。

 が、それはその通りだ。

 

「ちなみにあの男……クリアントさんにはしてもらえないのかしら」

「……ジャミラさん。人には向き不向きがありますの。犬が人の言語を介さないように、動物が光合成を出来ないように」

「それ、向き不向きどこじゃなくないかしら……」

 

 ともかく、それほど期待できないということ。

 そしてその分をプシュケーが補っている。

 

「その……私がお手伝いしたらご迷惑かしら」

 

 だが、ジャミラとてプシュケーの代わりを務められるとは思わない。

 むしりクリアント共々足を引っ張る可能性とてある。

 

 そんな彼女の胸中を察したのか、プシュケーはニッコリと笑う。

 

「そんなことありませんわ。常々思っていましたのよ。あのウリエルの能力を使いこなすジャミラさんの処理能力は人並み以上だと。私の方でジャミラさんに向いているお仕事の振り分けを致します。なので、もしよければこちらからお願いしたいくらいですわ」

「プシュケーさんが私にお願い……」

 

 そんなことがあっていいのか。

 それはむしろご褒美なのでは、とジャミラの脳内で麻薬物質のような何かが溢れ出る。

 

「はい、喜んで!!」

 

 彼女の言葉に異を唱えることなど出来ない。

 二つ返事の言葉でジャミラは引き受けたのであった。

 

「(これでプシュケーさんの空き時間が出来るってことは私との時間が増えるってことよね。何処に行こうかしら。どんなことをしようかしら。え、待って、それってもう仲間じゃなくてお友達、いいえ親友……!?)」

 

 既に仕事を終えた後のことで頭がいっぱいなジャミラであるが、プシュケーは彼女へ残酷な一言を告げる。

 

「ではこの仕事をお願いしますわ。ああ、そうそう。せっかくなのでクリアントさんにも少し手伝わせてくださいまし。ジャミラさんのこのやる気を見習わせなくては勿体ないですもの」

「……え」

 

 加えてバウムが『新入り達と既存メンバーの話す機会が少ないし、どこかで設けよう』という言葉を思い出しながらプシュケーはそう提案していたが、当のジャミラは固まる。

 

「今、なんと……」

「クリアントさんと一緒にお願いしますわ。はい、これとこれと、これね。はー、良かった。私は久しぶりに羽を伸ばせそうですわ!!」

 

 幾つかの依頼書や会計書類の束をジャミラに渡すとプシュケーは笑顔でジャミラの私室から去って行った。

 ちなみに書類自体はほとんど完成しており、最後までの手順もメモされている。

 これならばプシュケーやパリドーネがいなくても完成するだろうとは、メモを少し見ただけでも分かるくらいには緻密に書かれていた。

 

「そんな……そんなぁ……」

 

 しかもオフの時間に誘われることもなく。

 ノーチラスの廊下にジャミラの嘆きはしばらく残ったのであった。

 

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