<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ
復興の目途がようやく立った街の一画。
閑散としたカフェテラスに座る一組の女性たちのうち1人が突如頭を下げる。
「お姉ちゃん、お金貸して!」
「……また? 今度は幾らなの」
姉と呼ばれた小柄な女性は頬杖をつき片眼を閉じて呆れるように聞き返す。
「ええと、ざっとこのくらい」
頭を下げていた女性の方はてへへと指を二つ立てる。
「……200万?」
「2000万」
「無理。解散」
「ちょぉぉぉっと待ってぇぇぇぇぇ」
立ち上がろうとする小柄な女性の衣服を必死に掴みその場に繋ぎ止めようとする。
顔をあげたその女性は小柄な方と血のつながりを感じさせる造形をしている。
「今、私への借金の合計額教えてあげようか?」
「後で絶対返すからさぁ!」
毎度同じやり取りをするが返してもらったことはない。
なんやかんやで他に頼みごとを解決してもらったりでうやむやとなっている。
「だいたい私がそんなにお金持っていると思う?」
「思う。だってお姉ちゃん貯め込んでるじゃん。色々な意味で」
「……」
流石は我が妹。
よく分かっているなと思いながら小柄な女性――アシスタは溜息をついた。
■【射神】アシスタ
さてどうするかと悩む……ふりをする。
どうせこの後の展開は分かっているのだ。
妹にほだされて大金を出す私の未来が。
普段は姉さんなどと涼しい顔で呼ぶくせにこんな時だけお姉ちゃん呼ばわり。
我が妹がこんなに可愛くなければ憎いだけだっただろう。
「……またガチャ?」
「ガチャもそうだけど装備の大半を失った」
みれば妹は戦闘にも出られない程、街中にフィットしたシャツとパンツスタイルだった。
「それ、ステータス補正とかは?」
「全く。上下合わせて20リルくらい。ねえ、これ。私が来た付加価値で高く売れたりしないかな」
「やめなさい。というかこっちだと匂いとかも着かないから、ただ耐久度の減った衣類になるだけでしょ」
だよねぇと笑うのを見ると本気では無かったらしい。
「ああ……先日の大規模レイドに参加したんだっけ。装備失う程激しかったんだ」
「見事討ち取られましたー」
ガチャで出てきたと大騒ぎしていた弓も短剣も今は無い。
アレ手に入れるために幾ら注ぎ込んでいたっけ……私のお金を。
「自業自得でしょ」
「そもそもお姉ちゃんも誘ったのに来てくれなかったから臨時のパーティーを組むしかなくなったんだよ! どこ行っていたのさ」
「……」
確かその時は彼の超級職を取りに皇国まで遠征に行っていた。
距離的にも無理だと返したはず。
「まあ、いいけどさ!」
良いのか。
いや良くも悪くも妹は軽い。
切り替えられるし引き摺らない。
「そんなこんなで戦うにも先立つものが無くて困ってるんだよ」
「地道に稼ぎなさい……って言っても聞かないわよね」
「流石お姉ちゃん。分かってるじゃん」
親指をグッと立てる妹。
「……それでも2000万は大金。すぐに使い込むのは目に見えてる」
「流石お姉ちゃ――」
「それはもういいから」
反対の親指も立てようとするがひっこめさせる。
「最低限の装備を買えるお金だけ貸す。これ以上は譲歩できないわ」
「お願い! 最低限のラインを引き上げてください! 流石に初期装備だと何にも出来ない!」
妹の必殺スキルがあればその限りでも無いと思うが……いやあれは武器の耐久値を大きく引き下げるんだった。
であれば納得。
初期装備だと一回の戦闘で壊れるか。
「そういえばお姉ちゃん、最近クランに入ったんだって?」
突然話を切り替えるように、そう切り出す妹。
これは妹のよくする手口の一つ。
私の感情を揺さぶり財布のひもを緩めさせようとしている。
「……ええ。そうよ。思っていたよりも居心地は良いわね。貴女も入る?」
「やめとく。金銭関係で問題起こしたらお姉ちゃんの顔も無いでしょ」
だったら姉に金を無心するのもどうかと思うが。
これはこれで妹なりの甘え方であるのが分かっているから拒めない。
それに、本当の意味では無駄遣いしていないのがこの妹なのだ。
「私はお姉ちゃん達とたまにパーティー組むくらいでちょうどいいよ」
「……そう」
それも私がクランに加入してしまったから機会はぐんと減るだろう。
妹に一言も言わずにクランに入ったのが少し後ろめたい。
財布のひもが少し緩む。
「クランの男女比ってどのくらいなの?」
「大多数が女性ね。男性は3人」
「ふうん。そうなんだ」
妹は楽しそうに口元を綻ばせる。
しまった、隙を見せたか。
「女の子たくさんいるんだね」
「……そうね」
「そんなんだと、取られちゃうんじゃない?」
にやにやと尋ねてくる下世話な妹。
「……そんなことないから」
「でも、お姉ちゃんのアドバンテージって長い時間いることだよね。趣味とか全く別だし。女の子たくさんいるなら一人くらい話が合う人もいるんじゃない?」
……彼はとても気さくだ。
困っている人を放ってはおけない。
だから男女問わず人気がある。
思い出すのはクランメンバーと楽しくおしゃべりをしたり、飛行機で相乗りする姿。
「あ、ごめんごめん。お姉ちゃん! そんなことないから! 時間が長いだけじゃなくてその分だけ絆とか思い出築いたでしょ!」
慌ててフォローを入れてくる。
ちょっと待って。
今視界が滲んでるから。
「……ぐすっ」
「ああ、もう。そんなに自分に自信が無いんだったら早く受け入れちゃいなよ。ずっと好きだって言われてるんでしょ?」
「だって……彼の夢を壊したの私だし……」
「それだって義兄さんは『壊したんじゃねえさ、守ったんだ。俺の夢はお前と居ることだからな』って言ってるじゃない! むしろお姉ちゃんがあのまま轢かれてたら義兄さんの方が立ち直れなかったよ」
そうかな……。
そうだといいな……。
……ん?
「義兄さん? なんでそんな呼び方してるの」
「うん? だって義兄さんが『星菜の妹ってことは俺の義妹だな。遠慮なく兄と思っていいぞ』って」
アイツ、どこまで……。
「あの、お姉ちゃん……流石に私まで嫉妬の対象に加えるのやめてね。私はお姉ちゃん有りきの関係性だから。人物相関図作ったらお姉ちゃん介さないと紹介もされないくらいの間柄だから」
「……本当?」
「本当だよ! だから早くくっついちゃいなって」
我ながらあと一歩であることは重々理解している。
だけどその一歩が中々踏み出せないのだ。
「……まあ分かるよ。きっと、好意に甘えたら今抱いてる罪悪感が薄れるって思ってるんでしょ」
「……よく分かるね」
「妹だからね。それに義妹でもあるから。何年2人を見ていると思ってるの」
このゲームに彼ごと誘ってくれたのは目の前にいる妹だった。
関係性が全く伸展しないどころか、あの事故から後退しそうな勢いであったのを危惧してか、専用機器とハードごと用意した上で声をかけてきたのだ。
機器は他に比べれば安いとはいえ一高校生がぽんと出せる額ではない。
それだけの覚悟に後押しされ、あの時私はこの世界に飛び込んだのだ。
また財布のひもが緩くなる。
「……ねえ。私の魅力って何かな」
「その質問がどれだけ重たいか知ってる?」
知らない。
そんな答え聞きたくもない。
「私って彼に愛される資格あるのかな」
「あぁ、もぉー! うだうだと自分の殻に閉じこもっていないでよ! というかそんなの義兄さんに直接聞いて!」
「だって、いつも即答するんだもん……」
「ならいいじゃん! 言っておくけど義兄さんって超絶優良物件だからね!?」
だからこそ。
そんな超絶優良物件がこんな事故物件に付き合ってくれるはずがないと思ってしまう。
そしてまた憂鬱な気分になる。
「だめだこの姉。復興に勤しんでる街の人に失礼なくらいどんよりしてる」
悪かったね。
気分を下げてしまったなら申し訳ない。
「ほら買い物行こう! せっかくだから私の装備を選んでよ」
「私が選んでいいの?」
「お姉ちゃんに選んでほしいんだよ!」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
買い物か、お金を使えば少しは気分も晴れるかな。
「お姉ちゃんはためこみ過ぎ! ぱぁーと放出すればきっと変わるよ!」
「そうかな……」
「そうだよ!」
妹が私の腕を組み立ち上がらせる。
既に会計済みであるため席から去れば店員が勝手にカップを下げてくれるだろう。
「そうだ。義兄さんに見せるための洋服も探そうよ! お姉ちゃんが私の装備を見繕ってくれる代わりに私がお姉ちゃんをコーディネートしてあげる!」
妹はその散財性に見合ったセンスを持っている。
いつも彼と出かける時は妹に着ていくものを選んでもらっているくらいだ。
「ほら行くよお姉ちゃん!」
私の手を引くと妹は駆けだす。
ステータスでは私の方が上だがこの手を離せるわけがない。
私は妹に手も感情も引かれていく。
「よ、ようし。精一杯良い装備を見つけてあげる」
「任せた!」
私の言葉に嬉しそうに応える妹の笑顔をみて私は幸せな気持ちになる。
妹とも、彼とも、いつまででも一緒に居たい。
2人のことを離したくない。
「……あれ?」
何に悩んでいたんだっけ。
まあいいか。
今はこのイベントを目一杯楽しむとしよう。
そうしてこの日、私の財布から3000万リルが消えたのであった。
妹は既出です
分かりやすいね