<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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3 教団

■とある少女の悪夢

 

 歌が、聞こえる。

 幾人もの穢れなき魂の讃美歌。

 主を称えよ、主を敬えよ、と強制する吐き気を催すような歌声に、しかし耳を塞ぐことなど出来ない。

 手が動かない。

 足が動かない。

 眼球が動かない。

 鼻を嗅げない。

 口を開けない。

 耳は聞きたいものだけを選べない。

 出来ることはただ、鈍い思考を巡らせ、この世を嘆くことのみ。

 

「よかったねぇ……よかったねぇ……」

 

 母親を自称する女が涙を流す。

 私に向けられているようで、子供の悲劇を世に知らしめ可哀そうな子供を持った母親という像に酔いしれて流した涙。

 うんざりする。

 吐き気がする。

 だけど吐くだけの力も無い。

 

「……」

「どうしたの? ……そうよね。ミィちゃんもお姉さんお兄さんにお礼が言いたいのよね」

 

 多分だが、歌っているのは私と同世代だと思う。

 でも、私の今の有様を見て、私を10歳と思う者はいないだろう。

 せいぜいが5,6歳くらいか?

 

「ミィちゃんも歌いたいの? うん、ちゃんと私には聞こえているからね。ミィちゃんは

お歌が上手だものね。私も一緒に歌おうかしら」

 

 そんなわけがない。

 誰が、あんなものを称えるか。

 そして私が歌が上手だと?

 馬鹿も休み休み言え。

 私が歌ったことなどかつて一度も無い。

 

 生まれついての発達障害である私は、生まれてこの方、口をきいたことも無いのだから。

 

 聖歌隊に馬鹿が一人加わる。

 周囲の目も気にせずに大口を開けて、下品な音を出す。

 まだしも蛙の求愛の鳴き声の方が遥かにマシだろう。

 聞きたくもない音がまた一つ増えて、更に吐き気が増した。

 

「ああ……神様って本当にいるんだねぇ」

 

 いるわけがない。

 否、居たとしても神様など何もしてくれない。

 何もしない神など、ただの傍観者だ。

 傍観者を神と呼ぶなど、イカレている。

 

 歌は続く。

 そこに意味など無い。

 全員が気持ちよくなるためだけの行為に過ぎない。

 誰も他者のことなど気にかけないし、本当の意味で救おうとは思っていない。

 万が一、救おうと思う者が居ても、救うことなど出来やしない。

 

 やがて、聖歌隊の口が閉じる。

 彼らを迎えるは万雷の拍手。

 終わらぬ称賛に彼らはどういう顔をしているのだろう。

 残念ながら私の眼ではそれを確認出来ない。

 

 ああ、だけど一つだけ分かることがある。

 彼らは救いようのない馬鹿であるが、私は救いようのない欠陥品だ。

 きっと私へと向ける視線は憐み以外の何物でもあるまい。

 

 かつて愚者はこう言った。

 人生とは試練の連続であると。

 ならば私の有様も試練の一つか?

 違うだろう。

 試練とは乗り越えるものだ。

 これは、乗り越えることなど出来やしない。

 取り除けぬ試練など、障害だ。

 生まれ持った幾つもの足枷を背負いながら、私は地に倒れ伏す。

 

「ねえ、ミィちゃん」

 

 愚者の1人が私の名を呼ぶ。

 いつも通り、私がその声に応えることなど無い。

 故に構わずに、私に語り掛ける全ての愚者は独り言のように続けるのだ。

 

「ミィちゃんにプレゼントがあるの?」

 

 ほう、それは何だろう。

 私を着せ替え遊ぶための服か?

 人形か? 宝石か? ネックレスか?

 SNSに取り上げて、代わりに与えられる同情の声か?

 良いだろう。

 その全てを私は欲さない。

 だからこそ、甘んじて受け入れよう。

 

「お医者様がね。ミィちゃんは考える力だけは普通の人と同じようにあるって仰るの」

 

 は!

 とんだヤブ医者もいたもんだな。

 これのどこが普通だって?

 マイナス思考の精神破綻者を普通だと?

 

「だから、ミィちゃんには適性があるって。一度試してみないかって」

 

 何をだ?

 思考操作型のPCでも買い与えてくれるのか?

 だが、愚者故の財政難で諦めたはずだろう。

 

「ミィちゃん。ゲームは好き?」

 

 好きも何も触れたことのないものを取り上げての質問に、やはり私は目の前の女を馬鹿だと声にならない声で罵るのであった。

 

 

 

 

■クラン〈洛陽創世会〉

 

 人は死ねば天国か地獄に落ちる。

 それは一部の宗教、あるいは一般の共通の認識となっている期待、だ。

 科学的には脳の機能が失われればそこで感情も意識も、心と呼ばれるものは途絶え、それきり何も感じなくなる。

 〈洛陽創世会〉という教団は、その何もなくなるという理論を肯定していた。

 死ねば魂は失われる。

 感情も意識も消え去り、それ以降は何者でも無くなる。

 だが、その先があるのだ。

 人類は一定の周期で回帰する。

 今生きている人間の一部はストックし、コピーされた魂であり、本当に生きている人間は少なくなってきている。

 そしてその本当に生きている人間がいるうちは人間がいなくなることはない。

 全員が死んだ後に、コピー人間も自然と消滅するというのだ。

 

 ならば、そこに救いはあるのだろうか?

 宗教とは救いだ。

 皆、何かを求めてそこに来る。

 

 救いとは、その回帰後。

 全ての人間が死んだ後に訪れる新たな世界。

 そこで新たなチャンスを得ようという話である。

 

「で、でも……俺達の魂は消えちゃうんですよね」

 

 一人の男が尋ねる。

 彼はかつて会社を経営していたが、時代に取り残されたため経営が破綻。

 残る人生では返しきれない借金を背負い、首を吊る覚悟すらした。

 だが、そんなとき、この教団に出会ったのだ。

 今の人生など、次の世界の為の礎に過ぎないと。

 

「はい。消えます」

 

 あっさりと、長く髭を蓄えた男は返した。

 まだ教団に加入して日が浅い、いわば教えが行き届いていない新参者に対しても丁寧な口調で、言葉を選ぶように、目の前の男に言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。

 

「気づいていませんか?」

「……?」

「あなたもまた、映し身であることに。人生が上手くいっていないように感じるでしょう? それはそうです。次なる世界へ渡るため、映し身には生きるだけの力しか与えられません。成功するのは次の世界で良いのですから」

「なる……ほ、ど」

 

 つまりはただ漫然と生きることしか許されないということだ。

 つまらない人生を送り、新たな世界に賭けるしかないと。

 

「だ、だったら……無駄じゃないですか。やっぱりさっさとこんな人生……捨てた方が……!」

 

 投げやりに男は叫ぶ。

 今の人生が無意味なものだとしたら、これ以上苦しむ必要はない。

 次の世界があるのなら、次の世界で上手くいくように振る舞うだけだ。

 

「いけません」

 

 だが、髭の男は、否定する。

 せっかく手に入れた鴨をわざわざ逃がす道理などない。

 

「言ったでしょう。魂は消えるのです。このままでは、次なる世界へ渡ったとしても、あなたは存在出来ません」

「なっ……! 話が違う! だったら俺はこんなところに……」

 

 救われるためにここに来たのに。

 救われないのならば。

 

「一つも違いません。魂はこのままでは消える、ということです」

「……?」

 

 髭の男の言葉の意味が分からずに、男の思考は止まる。

 そこを、髭の男の言葉がするりと滑り込む。

 

「魂を保管するのです。次なる世界へと、無事に送り届けるために」

 

 消えてしまうならば保管すればいい。

 それは、確かに言葉通り受け取れば、納得は出来よう。

 

「だけど……どうやって。俺の魂は、俺は、もうコピーなんだろう!?」

「映し身。さりとてあなた自身にあることは変わりありません。その魂の情報は、正しくここにある」

 

 髭の男は、目の前の男の心臓部へと指を伸ばす。

 不思議と触れられた箇所から熱くなる感覚が広がっていく。

 まるで、髭の男からオーラを送り込まれているように。

 

「保管先は既に用意しています。あとはただ、そこに向かえばいい」

 

 髭の男は懐から小さな箱を取り出す。

 木箱に仕舞われたソレは、開封されることでよく認知された中身を晒す。

 

「これは……」

「一般的にはゲームと呼ばれるものですが、違います。これなるは魂の保管場所。今、あなたの魂の情報を保管しやすくなるよう私が奇跡を起こしました」

 

 胸が熱い。

 鼓動が早まる。

 これこそは髭の男の言う奇跡。

 

「共に旅立つ準備をしましょう。あちらで私は、私達は待っています。上手くいかなくても良い。楽しめずとも良い。内なる魂を解放できるあちらの世界で、あなたは救われるでしょう」

「……はい」

 

 いつしか頬を涙が伝っていた。

 泣きたいわけでは無かった。

 髭の男の言葉が特別感動的でも、感情を揺さぶられたわけでもなかった。

 だけど、泣いている。

 その事実に、魂を直接刺激されたのだと実感する。

 

「ようこそ〈洛陽創世会〉へ」

 




鴨言うてますやん

名前出さなかったから、髭の男と鴨君が混同しそうになる
どっちも男だし、鴨君じゃなくて鴨ちゃんにすれば良かったかな?
読んでて分かりづらかったらごめんね
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