<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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お気に入り100になってるじゃないですか
このまま99にならないことを祈るぜ


28話 艦と蛸と泥と柄杓

■【深潜水士】クリアント

 

「……これでもダメか」

 

 クリアントがグラスコードと対面する際に必要な条件は1つ。

 命のストックが最低でも1つは残っているということ。

 その前提条件が無ければ、クリアントはフィリップの立てた策に乗ることは出来ない。

 

「先輩! まだフィリップさんは諦めていません! 恐らく、もしかしたら、たぶん! 」

「多分かよ……だが、そうだな」

 

 フィリップの必殺スキルは宝を目指して一直線に進むというものだ。

 この場合はクリアントの持つマッドラップスが対象となっている。本来であれば対人スキルであり、モンスターに対してそれほど効果的なものではない。それを逆手に取ることでクリアントの前にいるグラスコードを巻き込もうという策となっている。

 

 グラスコードが動こうとも、クリアントが【深潜水士】としての水中移動能力で細やかに位置を調整し、確実にノーチラス号にグラスコードを当てようとしていた。

 

 だが、それもグラスコードの奥の手により破られた。

 一度通り過ぎたノーチラス号を再びグラスコードの前に連れていくことはほぼ不可能。

 それにはまず、フィリップの位置を大きく変えなければならない。

 

「……そうだ!」

「先輩?」

 

 位置を変える。

 咄嗟に出来ることで言えば、懸命に海水を蹴ってグラスコードの後ろに回ることだろう。

 ただ、ノーチラス号よりも早く移動するのは不可能。

 ならば……死ぬしかない。

 

「HPの低さがむしろ好都合になるとはな」

 

 アイテムボックスから取り出した武器を1つ装備する。

 現在のクリアントはマッドラップスによりSTRが大幅に上昇しており、ENDが僅かにも上昇していないという状態である。

 それに加えてマッドラップスの毒がクリアントのHPを蝕む。

 自身のHPを0にすることは移動するよりも容易だ。

 

 躊躇うことなく自身に長剣を突き刺す。

 あまり使ったこともない思い入れの無い剣だ。初期装備として使っていたため装備補正もそこまで高くはない。

 だが、それでもクリアントのHPを消し飛ばすことは出来た。

 

「……これで」

 

 クリアントの新たな肉体が創造される。

 マッドラップスもそちらに肉体へ付いてくる。

 古くなった、死体は海上へと浮上していき――

 

「あれ? あまり移動していないな」

「当たり前じゃないですか! 何やってるんです先輩」

「いや、死んだら近くに新しくなった肉体に移れるだろ。それを利用して移動できないかなと」

「出来ますけど……でもそこまで遠くには行けませんよ! あくまで安全地帯内での肉体創造です。数m先が安全地帯なら数m先で肉体は創造されるんです」

「……む」

 

 そして命のストックを1つ無駄にしてしまった。

 ついでに時間も。

 僅かに軌道修正されたとはいえ、大きく位置を変えたわけではないクリアントに向かってノーチラス号は止まることなく進む。

 クリアントに辿り着いた瞬間、フィリップは反動ダメージを背負い、間違いなく死ぬ。

 

「……どうしようか」

「どうしようもありませんよ! グラスコードがあの躱し方をした時点で私たちの負けです」

 

 何かないのか。

 クリアントは考える。

 安全地帯が変わればいい……?

 【深潜水士】のスキルをパッシブも含めてオフにしてしまえば、この海底内はクリアントにとって致命的な空間となる。

 だが、そうすると安全地帯はどこになるのだろうか。

 グラスコードの向こう側が安全地帯となる確率はゼロだろう。

 現在地とグラスコードの真後ろとでは環境はほぼ同じ。

 むしろ、海上近くまで安全とは判断されずに戦線離脱となってしまう可能性とてある。

 

「先輩……もう来ていますよ」

「……分かっている」

「やばいです! もう何をやっても間に合いません!」

「……ああ」

 

 すでにノーチラス号は目と鼻の先。

 クリアントが何か次の行動を起こす前にノーチラス号は辿り着いてしまうだろう。

 共倒れ。

 その言葉がクリアントの脳内をよぎる。

 クリアントとフィリップ、この2人ではグラスコードに適わない。

 それを思い知らされる。

 

「……話は全て聞こえていた」

 

 だから、3人目が必要であった。

 安全地帯を、環境を支配する力を持つ者の声がクリアントの耳に届く。

 その声の主の姿は見えなかったが、やけに近くから声が聞こえた。

 

「クリアント、お前を殺せばいいのだな。そして、お前にとっての安全地帯をノーチラス号と挟んだグラスコードの後ろになるように設定しろと」

 

 クリアントの視界が歪む。

 それは周囲の海中があまりにも高水圧下での環境となったために、水が光を曲げたのだ。

 視界が歪んだと感じた瞬間にはクリアントの位置は大きく変わっていた。

 

「《鎮め、静め、沈め(フナユーレイ)》」

 

 その水圧はグラスコードの本体であるガラス玉の動きさえ止める。

 水圧耐性が高いためか割れることは無かったが、動くことは出来ない。

 

「……フィリップ」

「……ああ! 来てくれたのだね! ありがとうデメンタリー!」

 

 海中からデメンタリーの姿が浮き上がる。

 その頭上では巨大な腕が2本、柄杓をそれぞれ振るっている。

 これこそが必殺スキル《鎮め、静め、沈め(フナユーレイ)》の本来の姿。

 2本ある腕でそれぞれ水の格納と出現を行うことが出来る。

 普段は神殿に1本使っていたため、戦闘などでは1本しか使えなかった。

 だが、今は違う。

 万全に、十分にフナユーレイの力をデメンタリーは振るうことが出来る。

 そして行ったのはフナユーレイの重ね掛け。

 1本目でグラスコードを中心とした広範囲の水圧を高くする。

 万全のフナユーレイであればキロメテル単位の範囲を操作することが可能である。

 そして、その一部だけを2本目の腕で地上程度の環境へと戻す。

 人間であれば生きていける環境に……安全地帯へと変える。

 人間が生存不可能な高水圧環境の中に安全地帯を作り出す。

 これにより、死亡したクリアントの新たな肉体創造地点を操作することが出来た。

 

「……長い付き合いだったな、グラスコード。これまでお前を助けてきたこの力、お前を倒すために使わせてもらう」

 

 クリアントの位置が移動したことにより、ノーチラス号の起動も大きく変わる。

 旋回し、来た道を戻っていく。

 

 【グラスコード】達は本体程高くない水圧耐性であったのか、高水圧下では生存できず次々に消滅していく。

 クリアントは一歩でも動けば水圧により潰されるため動かずにいる。

 グラスコード本体すら動けない高水圧のため、この場で動けるのはデメンタリーと、環境を無視するフィリップのノーチラス号のみ。

 

「fuuuuuuuuuuuuuu」

 

 最後のあがきとばかりにグラスコードは鳴く。

 だが、全ての手は尽くしてしまったのか何かをする様子もない。

 移動しようにも手足は全て切り離してしまった。

 

「フィリップ!」

「フィリップさん!」

「古き邪神など倒してしまえ!」

 

 3人の叫びと共にノーチラス号はグラスコード本体のガラス玉へと衝突する。

 古代伝説級という称号などまるで関係ないとばかりに、空中を漂う気泡や海藻と同様に消滅させ、クリアントをも貫いた。

 

「ノーチラス……よくやったね」

 

 フィリップは己の艦をねぎらうと、反動のダメージによりHPを全損し死亡する。

 それでも彼女は満足げな顔であった。

 何故ならば、彼女はログアウト寸前にアナウンスが流れるのを聞いたから。

 

 【<UBM>【千貶万花 グラスゴード】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【フィリップ・ノッツ】がMVPに選出されました】

 【【フィリップ・ノッツ】にMVP特典【千片万艦 グラスコード】を贈与します】

 

 

 

 

「フナユーレイ、解除」

 

 周囲の水圧が戻っていく。

 余波で付近の海中モンスターにダメージが入るが、アクティモンスターは全てデメンタリーが水圧で押しつぶす。

 

「デメンタリー……助けに来てくれたのか」

「……ああ。ステルバさんの遺志を継いでここに来た」

「ステルバさん?」

「昔の人間さ。とっくに死んでしまった過去の人間だ」

「女の人ですか! もしかしてデメンタリーさんの昔の彼女さん?」

 

 メイデンに戻ったワンプがキャーと黄色い声を出すが、デメンタリーは首を振る。

 

「ステルバさんは男だ。死にかけの爺さんだった」

「おや、デメンタリーさんは枯れ専でしたか」

「そういう話じゃないだろ絶対。ワンプはそうだな……これでも飲んでろ」

 

 フィリップの艦で貰っていた飲み物をワンプに渡し黙らせる。

 じゅるると、液体を飲むときには出ない音を出しながらワンプは中身を飲んでいく。

 

「……すまないな」

「いや……個性的なエンブリオだ。お前達の冒険は……楽しそうだな」

「そうか? まあ、否定はしないが」

 

 一度は殺し殺された仲であるが、今は争う理由はない。

 デメンタリーは神殿を守るためという理由があり、クリアントはそもそもいくつかあるストックを失っただけだ。

 どちらもそれを気にすることは無い。

 フィリップの兄として、フィリップの仲間として、2人は戦闘後の処理を行っていく。

 

「フィリップの復活は3日後か」

「そうだな。……というかクリアントは本当に殺しても死なないのだな。半ば賭けのつもりで水圧を高めたんだがな」

「もうギリギリだけどな。悪いが、俺も今日はここで落ちよう。下手にストックが無いまま死んでログインのタイミングを失うと再会が難しくなる」

「そうか。ならばフィリップの復活のタイミングで神殿に再集合しないか?」

「ああ、そうだな。まだ色々と聞きたいことはあるからな」

 

 グラスコードを倒すよりも、グラスコードを倒すことで得られる何かをフィリップは求めていた。

 それが超級職に繋がるのだと。

 ならば、これではまだフィリップの目的は達しているか怪しいところだ。

 

「……! そうだ。それも含めて、フィリップから話があるはずだ」

 

 それだけ言うとデメンタリーの姿は消えていく。

 【深海王】の力は便利だなと思いながら、クリアントもログアウトをした。

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