<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クラン〈御邪魔女連合〉
固く閉ざされたそのクランの門戸を叩く者がいた。
招かれざる招待客、というわけではない。
今宵開かれる魔女の夜会に選ばれた元魔法少女達。
彼女たちは一切の気後れも緊張もなく、ただ自然体でそこにいる。
あるいは、気負いさえなかったかもしれない。
当然の如く、自分たちはそこが相応しいのだとばかりに、自宅の鍵を開けるかのように、扉を叩いていた。
「……。――」
やがて開かれた先に立つ魔女の一人は、来訪者の姿を認めると一言二言会話をする。
「――」
それに答えたのは羊を伴う元魔法少女。
愛おしそうに傍らの羊を撫で、愛で、そしてひたすらに力いっぱい毛をむしり取る。
その羊毛を手土産とばかりに魔女へと差し出す。
少しばかり嫌そうな顔をする魔女だが、土産と言われたからには受け取らないわけにはいかない。
魔女は一度扉を閉めると、中にいた他クランメンバーやオーナーと話をし、元魔法少女――魔女見習いを中に招き入れたのであった。
そうして一時間が経過した頃。
魔女見習いは魔女として認められる。
魔法少女シリーズを辞め、新たに彼女たちに見合うジョブへと就職することを誓うことを条件に、クランの加入を認められた。
「では、また。イベント当日に」
来訪時と同様、あくまで自然体に彼女たちは去っていく。
まるで特別なことではない。
ある者は羊を愛し害するかのように。
ある者は演じるように。
ある者は確かめるように。
「……それで。何故、あのような者達をお認めに?」
他のメンバーもログアウトし、拠点に人気が無くなった頃。
魔女ラテは起立したままオーナーであるデミータリィに尋ねる。
彼女としてはデミータリィがクランに迎え入れるかどうかは半々といったところであった。
魔法使いのジョブを持つこと以外にあるクラン加入の裏条件、魔女に関するエンブリオであるかどうか。
魔女そのものでも良いし、トールマウスが謳う“魔女の一撃”でも良い。
兎に角、魔女に関連していればいいのだが、生憎とエンブリオは望んだものがモチーフとなるわけではない。
故になんとかこじつけて迎え入れた者もいるのだが、あの3人に関しては1人が合格、1人が及第点、最後が落第といった印象だった。
「んー?」
デミータリィは魔女ラテに手招きをする。
慣れた手つきで引き寄せると膝の上に乗せ、頭を撫でる。
「可愛かったから?」
「……それでは皆への示しが付きません。理由を。裏条件の理由をお話ください」
魔女ラテは顔を赤くしながらも表情は極めて冷静に務める。
他のメンバーがいれば絶対に膝の上には乗らないが、誰もい無くなれば別だ。
デミータリィは飼い猫のように魔女ラテの全身を撫でていくと、腹部のあたりでぴたりと手を止める。
「スーダちゃんはまあ順当だよねぇ。六芒星なんて魔女らしいし」
エンブリオの名も、能力も、魔女らしいものであった。
それにクラン戦ともなれば使いどころは多くなるだろう。
追加戦力としては申し分ない。
「トゥアーラちゃんも良いね。蛇だし猛毒だし」
魔女の使い魔として蛇が挙げられるのは良くあることだ。
それに、毒もまた魔女らしい。
ここまでは、魔女ラテとしても同意である。
「ならば彼女は。ムートン・ラムという女はどこに魔女らしさが」
「えー。羊も魔女ぽくない?」
「それはヤギ! 山羊でございます。悪魔の象徴も、贄も、使われるのはヤギが多いはず」
「実際は羊だってあるよぉ」
それを言い出したら、贄となった生物は数多ある。
そして、それら全てをカバーしていれば加入条件などあって無いようなものだ。
「でもこじつけでも良いって言ったのは魔女ラテちゃんだよね」
うりうりと膝の上の小さな魔女の臍を突く。
それを嫌がる素振りを見せず、ただ受け入れながらも、背中を預ける女性の手を小さな手で覆おうとする。
「……そっか。分かった。メインジョブが魔法使いじゃないのが嫌なのかな?」
「……それもあります」
裏条件もそうだが、表条件も大事なもの。
だが、ムートン・ラムという〈マスター〉は魔法少女のジョブを捨てると、そこに新たなメインジョブを据えていた。
「……なぜあのような者が超級職を」
「まあ、それはきっとあの子にもやりたいことがあったからじゃないかな。私はただ運が良かったからに過ぎないけど、本当は凄い努力をして凄い執念でチャレンジをして、果てしない渇望の末に手に入るものだと思うんだよ」
「……」
「あの子のさ、目を見たかな?」
「目、ですか」
覚えていなかった。
否、ずっとこちらを見ていたはずなのだが、ムートン・ラムは常に羊たちへと視線を送っていた。
「復讐の炎が宿っていたよ。それこそ魔女みたいな、ね」
だから、良いんじゃないかなとデミータリィは魔女ラテの頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「表条件は……まあ、下級職のいずれかを変更してもらって手を打ちましょう。裏条件に関してはヤギもヒツジも一緒ってことで」
「大魔女様がそう仰るなら……」
「こーら。私が言うならってことじゃないでしょ。魔女ラテちゃんが納得しなきゃ。でないと、他の皆も絶対納得できないよ」
デミータリィは己がこのクランの置物であることを自覚していた。
良くも悪くも象徴であると同時に偶像のようなものなのだ。
故に、意見は通りやすく、しかし通さざるを得ないようになっている。
「私じゃなくてサブオーナーが認めた3人ってことで紹介してあげてよ。わだかまりなんて早いうちに取っ払ってあげないと。今回のイベントだけじゃなくて、次だってあるんだからさ」
魔女ラテもまた、とある理由から復讐の刃を研いでいた時期があった。
そして、エンブリオはこじつけによって魔女と関連してもらっている。
加えて、下級職の一つが魔法使いであるだけ。
そう、似ているのだ。
ムートン・ラムとどことなく。
だからこそ、悔しい。
超級職であるか否かの違い。
そこにきっと、敬愛する大魔女は眼を向けてしまうだろうから。
「……大魔女様」
「なにかな?」
「もう少しだけ、ここにいてもよろしいでしょうか」
年相応に甘えた表情をする魔女ラテに、デミータリィは優しく笑む。
「良いよ。あ、次の定例会議も私の膝の上に座る?」
そんなおどけた態度をとるデミータリィに魔女ラテの表情は緩む。
「……こんなの、あなたの前だけですよ」
それから少しだけ静かな時間が過ぎようとしていた。
甘い空気に、しかしそれを破ったのは、
「んは~! っぱデミ×ラテが最推しすわ~! あ、ちょっとそのままで。はい、オッケー。ばっちり撮れました。別アングルからも良いですかね。なんだったら態勢を……いやここは椅子の上も良いですけどベッドでも!? っくぅ~、それはだめですよ。全年齢で売り出してるのに即18禁になっちまうぜ」
この拠点の真の主であるエイミー。
スクリーンショットと、手に持ったスケッチブックで2人の記録を取っている。
「……おい」
「あ、しまった! 2人の時間を邪魔しちゃいましたな。サブオーナーはオーナーの前でしか甘えないんですから、私は一度ドロンとさせていただきます」
退散しようとするエイミーの腕を魔女ラテはガチリと掴む。
「貴様、売り出すと。先ほど言ったな。何を、どこに売り出すつもりだ」
「いや、その……はは」
分厚い眼鏡の奥で目玉が泳ぐ。
だが魔女ラテはその目玉を追いかけるように顔を近づけ、
「言え」
「あ、はい。〈魔女の黄昏〉というサークルでその、本を出させて頂いておりまして」
「ほう。貴様は作家というやつなのか」
少しばかり感心した声を出す魔女ラテにエイミーはこいつチョロそうだなと思いつつも弁明の余地が無いか探す。
「はい。まあ絵本作家?みたいな感じです。自費出版ですね、はい。それで、作品のネタにナマモノ……じゃなかった、身近な人でもどうかなと思った次第で」
「私と大魔女様がいたというわけか」
「そんなところです。ちなみにこれが高く売れるんですよ。まあクランの経営の一端を担っていますから? 私の手腕でなんとか赤字回避している、的な」
「ならば私は貴様に感謝しなくてはならないというわけか」
「いえいえ! そんな! ネタを提供して頂いているわけですから! むしろこっちからお礼をしなくてはいけないな、なんて思っていた次第でして」
エイミーがクランのためを思っての行動と知ったからか、魔女ラテの顔から怒りが消えていく。
それを見て調子に乗ったのかエイミーの言葉は加速していった。
「まあ、それはそれとしてお得意様がオーナーですからね。オーナーが買って私がお金を貰って、それを運営費に充ててって……これじゃどっちが会計握っているんじゃい!って話……です、よね」
そしてぽろっと、要らぬ話までしてしまう。
「大魔女様は絵本が好きなのですね」
だが、敬愛するオーナーに対しては目が曇っている魔女ラテが相手だったためセーフ。
「ん? ま、まあね。エイミーちゃんの絵、上手だから」
話を振られた方もセーフと思いながら、とりあえず打ち返す。
「大魔女様がお認めになった絵か。それは是非とも拝見したいものだ」
「「え“っ」」
「……駄目、なのか?」
無論、駄目である。
大人気サークル〈魔女の黄昏〉は主に百合同人を扱っており、限りなくR18に近い全年齢対象の作品を世に送り出しているのだから。
「……まだ魔女ラテちゃんには早いかなって」
「そそそ、そうですね。サブオーナーには読めない漢字とか……展開とかあるかもですから」
「……そうなのか」
10歳を過ぎた程度の年齢の少女に見せられる作品ではなかった。
「……じゃ、そろそろ私もログアウトしますよ~。ネタも十分提供してもらったんで、後は出力していかないと」
「あ、うん。おつかれ~」
あとでSNSにアップするだろうから絶対にチェックしないとと思いながら、ネタの当事者は笑顔でエイミーに手を振った。
「……では、私もこれにて」
軍服を深く被り、表情を隠しながら魔女ラテもまたログアウトしていく。
今になって照れているのだろう。
そこもまた、愛おしいと感じながらデミータリィは先ほどの魔女ラテの感触を思い出していく。
「……いや、本当に女で良かったわ」
わりかし調子に乗り過ぎたなと反省しながら、デミータリィも消えていった。
後日、エイミーの言葉のほとんどを理解出来なかったが、辛うじて覚えていた〈魔女の黄昏〉というサークルを調べ、激高した魔女ラテがクランの扉を蹴飛ばし彼女を探す姿があった。