<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■とある少女の願望夢
私は救われました。
私は教えを授かりました。
確かに私は神を信じない不徳な人間です。
このような身体にしたのが神だとするならば、一生をかけて恨むつもりでした。
だけど私は出会いました。
今となっては恥ずかしい話です。
あの頃の私は……まだ一年も経っていない程度の昔話ですが、少しばかり尖っていました。
内面を外に出せないのを良いことに、母様にも父様にも、世界の全てに呪いを振り撒いていました。
感謝など一ミリもせずに、ただただ嘆いていました。
そんな時に出会ったのです。
あの方に。
現世でのお名前は意味が無い、とあのお方は決して自身のお名前を教えては下さりませんでした。
なので私は、私達は教祖様、とお呼びしています。
教祖様はこの世は次の世界に向かうための礎に過ぎないと教えて下さりました。
どんなに頑張ったところで足枷にしかならないと。
どんなに足枷があったところで解き放たれると。
今の私の姿を見ても、何も思わないようなお顔をされていました。
だって、次なる世界には関係が無いのですから。
ようやく私は分かりました。
なんでこんなに辛かったのか。
なんでこんなに苦しかったのか。
それは、次の世界こそが私にとっての楽園だから。
私にとっての楽園はこの世界ではないから。
教祖様は私をお救い下さいました。
私と私の家族を。
そうして教祖様は私に仰ったのです。
まるで啓示のように。
私があるゲームをしているとお知りになったから。
クランに入らないかとお誘いくださいました。
■クラン〈洛陽創世会〉
物語に出てくるような英雄は人為的に作ることが出来る。
ことゲームにおいては尚更簡単に。
ステータスを上げる。
強力なスキルを発現する。
数多のクエストを達成する。
愚者の声に耳を傾ける。
それさえしておけば良いのだ。
そして、それを一人でこなす必要など無いのだ。
「私を除いた19名。支度は整いましたか?」
教祖、とそのクラン内で呼ばれる髭の男は傍らに立つ男に尋ねる。
小さな天使達を侍らした、若い男は恭しく頭を下げ、教祖の言葉に応えた。
「精鋭を揃えております。教団、いえこちらではクランですか。100余りの中から選ばれた19名、いずれも戦意に満ちております」
「そうですか。喜ばしいことです」
言葉とは裏腹に教祖の顔は喜色に染まってはいなかった。
感情を見せない、とも違う。
感情の色が最初から無かったかのような、そんな無表情である。
「私も参戦する所存です」
「そうですか。“天使長”と呼ばれた貴方の実力。久しぶりに見ることが出来そうで楽しみです」
天使を携える男はその言葉で嬉しくなる。
男の感情に影響されたのか、天使達はそれぞれラッパを吹き男を祝福する。
「……良い音です」
「すいません! 煩かったでしょうか」
「いえ。言葉通りに。心に入り込むような音色で感心しただけです」
「……ッ!」
その言葉に、男の鼓動は更に高まる。
「貴方を迎え入れた日を思い出しました」
「あの時……教祖様に拾って頂かなければ私はどうなっていたか……」
一度は消えた会社を再び復興するまでに時間はかからなかった。
それまでに失ったものは、失った以上に取り戻せており、人間関係は教団を通じて新たに構築されたものだけで成り立つことが出来ている。
それら全ての財産を教祖へと貢いでいる。
捧げものは次なる世界へ旅立つ際に荷になるからと、教祖自らが預かると言い出したこと。
信者たちは喜んで捧げた。
「私含め、皆が教祖様の御意思に反するつもりはありません。ですが……どうかお聞かせ頂きたい」
「何でしょう」
男は、この場で破門されることすら覚悟の上で教祖に尋ねた。
教祖の内心を図ることなど信者達にとっては神の腹の内を探るに等しい。
怒りを買えば、彼らの信じる次なる世界へ共に旅立たせてくれるかすら分からない。
「此度の戦は……如何なる目的なのでしょう」
「ふむ……」
教祖は少しばかり躊躇う素振りを見せた。
それを男は、やはり聞くべきでは無かったかと後悔する。
教祖としてはイベント上位入賞者に与えられる莫大な賞金が目的であったのだが、それを信者達に素直に話せば信頼の失墜に直行するため、どう答えるべきか悩んだだけだ。
「機が、訪れたのです」
「……?」
教祖が漸く絞り出した言葉に、男は首を傾げる。
「此れまで、この〈Infinite Dendrogram〉という世界において我々は無名のまま活動を行ってきました。理由は既に話していましたね」
「はい……! 邪教である〈月世の会〉の存在ですよね」
教祖がデンドロ世界に宗教を広めようとした時、既に〈月世の会〉が現実世界から持ち込まれた宗教団体として広まっていた。
後追いで広めようとしたところで、二番手に甘んじることとなりすぐに潰されることは目に見えている。
なによりも、あちらは千人規模の大規模クラン。
百人やそこらが束になったところで敵うことはない。
戦力の質も量も負けているのだから。
「……貴方も、そして彼女達も。十分に育った。腐らずに己が力を高め、水底で少しずつ人数を増やしていった。まずはその足掛かりというわけです」
「なるほど!」
そも、〈洛陽創世会〉はレジェンダリアに本部を置くクラン。
対する〈月世の会〉はアルター王国だ。
距離が離れているため、ぶつかることはあまり無いだろう。
「つまりは邪教である〈月世の会〉を潰すために第一歩というわけですね!」
あまり〈月世の会〉に深く関わって欲しくはないのだが、一度言葉にしてしまったから覆しづらい。
教祖は自身の言葉に反省しつつ、軽く肯定するだけに留まる。
「まだ、第一歩です。それだけは忘れぬよう」
「はい!」
どう受け取ったのだろう。
不安になる教祖だが、それを表情に出すことは無い……出来ない。
「……」
去っていく男の背を眺めながら教祖は考える。
英雄も、正義も、勇者も、傑人も。
作り出すことは出来た。
自身は特別優れていなくても良い。
ただ、作り出して操るだけだ。
いつだって勇者を見出して送り出すのは王の役割。
なればこそ、自身の役割は見出して適した場所に送るだけ。
「……本当に育ってくれました」
見る眼だけはある。
既に得た現実世界での莫大な金。
今度はハマったゲームに還元しようとしているだけ。
だからこそ現実世界から引っ張ってきた信者達をこちらの世界で〈マスター〉として育てさせ、得た金を更に巻き上げる。
現実でもゲームの世界でも金持ちである。
どうせ死んだような人間達だったのだ。
自分の言葉で息を吹き返したのならば、どう扱おうが文句を言われる筋合いはない。
どころか感謝されても良いくらいだろう。
「さて、では超級職でも取ってイベントに備えるとしましょうか」
空席となっている超級職の一覧を眺めながら、自分に適したものを探す。
いずれも一朝一夕で手に入るようなものではない。
だが、教祖の眼は他者だけではなく自身の力も正しく見出す。
戦闘職など論外。
多少の戦闘力など手に入ったところで本職に敵うはずもない。
故に手に入れるべきは支援職。
あるいは将軍系統だろう。
「ああ……これはちょうどいい」
兼ねてより試していた戦略と合致しそうな超級職を見つける。
支援職どころか非戦闘職であるが、むしろ自身のエンブリオとシナジーするのはこちらだろう。
「暇を潰すにも困ったものです……ねえ?」
懐から取り出した写真に語り掛ける。
そこには教祖と同様、表情など皆無の男性と娘らしき幼い少女が写っていた。
教祖にとって唯一掛け替えのない家族であり、どちらも鬼籍に入っている。
「どうせ失うのです。ならば騙し手に入れ短く遊びましょう」
教祖の言葉に、写真の親子は何も答えない。
そろそろイベントのチャートでもつくるか(ここまで無計画)