<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クラン〈パルプンテ〉
思惑の無い者などいない。
皆、何かしらの理由や意味があり動き、生きている。
ただ遊びたいでもいい。
真剣に取り組みたいから。
何かを探したいから。
過去にケジメを付けたいから。
各々、動くだけの理由はあった。
「それじゃ、まあ楽しんでいこう」
それでも一定以上の緊張感が無かったのはひとえにクランマスターの人徳故……というわけではないだろう。
これまで以上にティアンが絡んでこないイベントだ。
誰が死んだところで三日後には再び会える。
禍根の一切残らない楽しい行事である。
【只今より、レジェンダリアを舞台にしたイベント〈ウェルカム〉を開始いたします】
【参加予定者は時間加速を実行の後、偽レジェンダリアへと転送されます。転送後は速やかな陣地確保をお願いします】
【転送は5分後に実行されますので、忘れ物の無いようご確認願います】
【また、当イベントにて死亡されました〈マスター〉は通常時と同様のログイン制限が与えられます。アイテムの紛失はありませんのでご安心ください】
10時頃にアナウンスが聞こえてくる。
イベント会場……舞台については特に記載が無かったが、偽レジェンダリアという場所に転送されるようだ。
その他はイベントであるため制限が緩くなっているデスペナルティなど、想定内。
特段考えることは無い。
「転送後は周囲の警戒と陣地となる場所の確保。態勢が整ってから各々のチームに別れて動こう」
異論は無いようで、メンバーも頷く。
「フラッグを立てる場所は自由みたいだな。隠れ家みたいなところがあればいいけど」
「速やかな確保とアナウンスは言っていたけど、時間制限みたいなのは無いのかな」
「バフの恩恵が無くなるけど、どちらを取るか、かもね」
ステータスが上昇したところで敵を迎えるか、それとも絶えずフラッグを持ち運んで見つかりにくくするか。
陣を構えず素のステータスのみで勝負する戦略を取るのであれば後者も有りだろう。
「……お、転送が始まったな」
視界が切り替わっていく。
ぶれていく視界は、すぐに正常なものへと戻る。
「……変わらない、か?」
「いえ。驚くほど静かですわ」
景色は変わらない。
予め他の〈マスター〉がいないであろう場所を選び、待機していたが、その場所から全く動いていなかった。
だが、プシュケーの指摘通りに、モンスターやティアンの気配は全くと言っていい程に消えている。
「モンスターというギミックの排除……純粋な私達の実力を見たいということかな」
「あるいは逐次投入……いえ、意味は薄いですか」
今回はあくまで〈マスター〉同士の戦いがメインとなるイベント。
モンスターが出てきたところでそれはノイズに過ぎず、モンスターが邪魔となってまともに戦えないという場面すら出かねないだろう。
故に運営側が排除した、あるいは……
「これだけのイベント会場を作り出したということか……」
アナウンスは偽レジェンダリアと言っていた。
ならばレジェンダリア全域を丸ごとコピーして参加者を転送したのだろう。
場所だけのコピーであるからモンスターは対象外。
草木があることから、意思の介在しない生物はそのままということだろうか。
「ん? モンスターがいない、ということは……」
モンスターがいないということは多くの〈マスター〉にとってありがたいことだろう。
そちらに構うことが無くなり無用な戦いを避けられるのだから。
だが、〈パルプンテ〉には1人だけ、モンスターを必要とする者がいる。
「私、終了のお知らせですかねぇ」
顔に皺を寄せる表情を見せ項垂れるレシーブ。
動物使い、もといモンスター使いである彼女はモンスターを使役し戦う。
彼らがいないということはつまり、彼女は戦法の大半を封じられているということだ。
「……防衛側に回ります?」
「いえ……一応ジュエルにもいますから索敵くらいであれば出来なくはないですが……」
明らかにやる気を損なわれている。
「うぅ……パリドーネちゃん。慰めてください」
「あ、はい」
パリドーネに抱き着きしくしくと泣く仕草をみせている。
あれが演技か否かはクリアントには見抜けないが、本心とかけ離れているというわけでもないだろう。
遊撃チームのフィリップに目配せだけしておく。
「レシーブ。代わりといってはなんだけど、護衛代わりにグラスコードを連れていくといい。索敵に君のテイムモンスターを使うのであれば身を守るものが必要だろう?」
「え、いいんですか! わーい、やったぁ!」
恐るべき感情の転換。
すぐさま笑顔を見せたレシーブに、目を瞬かせている者もいた。
「……ともあれ、ここがレジェンダリアそのままなら近くに岩山がある。そこに幾つかある洞窟から陣地に良さそうな場所を選ぶとするか」
オーナーに渡されたフラッグを手に、歩き出そうとした瞬間。
プシュケーが槍を、妹妹がカマイタチを、バーバヤードが機関銃をそれぞれクリアント……の頭上へと向けていた。
「――なっ!?」
「敵襲!」
プシュケーの短い言葉と共に3人がそれぞれ得物を振るう。
クリアントは思わず地面へと伏し、転がる。
「先輩、開幕からかっこ悪くないですか?」
「うるさい。まだ耐性取ってない攻撃ばっかりなんだ」
念話を通してワンプが茶化すが構っている暇はない。
転がりながら頭上を確認する。
そこには、羽根が舞っていた。
「ふわぁ~。凄い凄い。まさか3人に反応されるなんて。欲しくなっちゃうなぁ。好きになっちゃうなぁ」
羽根は、彼女の背にあるものから舞っていた。
ダークグレーの翼。
一切の纏まりの無い装飾品。
それが、彼女の全てであった。
上空十数mのところを飛び、攻撃を躱している。
「こんにちはぁ~。悠長に? 優雅に? のんびり屋さんだからあんまり意欲的じゃないのかなって思って、とりあえず手を伸ばしてみたけど……」
彼女は、チラリと視線を向ける。
その先にあるのは、彼女と同じ背に翼を持つ少女。
「あなた、私と同類でしょ?」
ダークグレーの翼の少女が声を掛けたのは、クャントルスカ。
「欲しくて欲しくて、好きになったらどうしようもなくて、止められない。私と一緒。誰かに嫌われるよりも誰かを好きになることが一番。だから、その翼があるんだよね」
不意に、彼女はクリアントへと手を伸ばす。
まだ距離は10m以上も離れている。
どころか、バーバヤードの応戦によって少しずつ離されている。
「……あーあ、残念。ソレは適用外かぁ。仕方ないよね、仕方ないかな。でもあなたのものって思うともっと欲しくなっちゃう。いつかは手が届くんだと、まだ届かないだけだって、信じちゃおうかな」
「何を言ってるの……?」
「えー。好きな話だよ。あれ? もしかして違うのかな? 同類じゃない? でも翼があるってことはそうだよね?」
少女はケタケタと笑いながら、更に高く飛び上がっていく。
「この中で恋してる人はいるかな。いそうだね、あなたとあなた……他はどうかな。独占欲はありそう。敬意も恩義もありそう。でもだーめ。全部私のだから。みんなが好きなものは私のもの」
羽根に混じって何かが落ちてくる。
それは、弾丸であった。
ただし、人が使うようなサイズではなく小さなもの。
「……チッ。盗まれてたか。道理で撃てねえはずだぜ」
持ち主であるバーバヤードが空から戻ってくる。
小さな弾丸は彼の愛機専用のものであった。
「改めて初めまして。言ったかな? まだ言ってない? でも必要はないよね。だけど伝えちゃう。私はクラン〈垣根の花〉所属。ラブアンドイーズだよ」
以後よろしくね、と言い残し彼女は、ラブアンドイーズは飛び去って行く。
「待ちやがれ!」
「待って!」
バーバヤードとクャントルスカは彼女の後を追おうとするが、他の者が身体と言葉で制する。
「待ちなさい。敵がアレ一人とは限りませんわ。挨拶をされたと思って、引き下がりましょう」
「……」
「分かりましたわね?」
「……うん」
最初の敵襲に対して何もできずしかし幾ばくかの不安を残して、こうしてイベントは開始されたのであった。
人の話聞かないあたりは同類