<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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15 天使

■偽レジェンダリア南部 クラン〈洛陽創世会〉拠点付近

 

「プシュケーさん。見えたわ!」

 

 鏡を用いての移動によって大幅な時間の短縮を可能とするジャミラとプシュケー。

 彼女たちは現在、唯一と言っていい程に拠点の場所が確立している〈洛陽創世会〉へと向かっていた。

 

「私にも。もう間もなくですわね。先ほどから爆発音が鳴り響いていますし、敵の迎撃に注意致しますわよ」

 

 アッカウントによる爆発が続いており、〈洛陽創世会〉の拠点周囲の戦いは激化しているのだろう。

 だが、近づくにつれて爆発は小さくなっていき、やがて途絶えた。

 戦いの決着が着いたことは容易く予想出来るが問題はどちらが勝利したか。

 

「襲撃者側が勝利していれば……あるいは手を組むことも出来ますわね」

 

 フラッグを破壊するという目的がある以上、襲撃する側同士で争うメリットは少ない。

 倒したことによるポイントは手に入るが、そちらにかまけてフラッグを取り逃がしてしまえば、〈洛陽創世会〉の200ポイント失点という大きな点数の移動が無くなる。

 

「……あれは?」

 

 〈洛陽創世会〉のメンバーを映しているモニター。

 その麓から何かが舞っていた。

 ……いや、拠点から外へと何かが進軍していた。

 

 それは、一目見ただけでは敵であるか判別しづらかっただろう。

 ここがもしも現実の世界で、彼らを見たならば、もしかすると安らかで平穏な気持ちで満たされたかもしれない。

 だがここはゲームの世界。

 武器と、スキルと、肉体で殺し合う世界。

 人間でないならば、それが人外の姿をしているならば、すべからくモンスターの範疇。

 

 それなのにプシュケーは見惚れていた。

 そこに美しさがあった。

 幾つもの幾つもの、小さな小さな彼らは羽を羽ばたかせ空を舞う。

 

 誰もが絵本で読んだことがあるだろう。

 その正体は、

 

「天使……」

 

 妖精にも似た、純白の羽を携えた愛らしく美しい子供の姿をした天使。

 それが、数えるのも馬鹿らしいほどの膨大な数で空を飛ぶ。

 

 天使達は空から地上を見下ろしながら飛び、〈マスター〉を見つけると抱き着くように飛び込んでいく。

 体長10㎝にも満たない彼らには接触されるまで気づかない者も多く、そして気づいたとしても愛くるしさに頬を緩ませる者もいた。

 一度接触した天使たちはそのまま引っ付いたままでおり、その見た目から無理やり引き剥がしことも躊躇われる。

 彼らは仲間を呼び1匹、2匹と次第に天使たちは集まっていく。

 そして――〈マスター〉は絶命した。

 

「……はい!?」

 

 鏡を用いて遠方まで覗き込んでいたジャミラはその異質さに目を丸くする。

 

 他の場所でも同様だ。

 天使が〈マスター〉に触れる。

 そして幾匹も集まり、〈マスター〉は死ぬ。

 これだけの手順。

 それだけで容易く死んでいく。

 まるで天使のお迎えがきたように。

 

 今何が起こったのか。

 何故、〈マスター〉が死んだのか。

 その現象を伝えるよりも先に、

 

「こっちにも来ましたわ!」

 

 天使たちがプシュケーとジャミラに気づいた。

 

「プシュケーさん! 彼らに触っては駄目! 1匹くらいなら平気かもしれないけど、彼らに何かされて死んだ〈マスター〉が――」

 

 ジャミラが最後まで言葉を吐き出すことは出来なかった。

 

 ほとんど言い終えたに近いが、その末尾を語るよりも先に、ジャミラの背に衝撃が走る。

 

 空中で鏡から鏡への移動をしていたジャミラへ攻撃できる者など少なく、そんなことを予想していなかったために無防備な背中を狙われたのだろう。

 背を蹴られ、そのまま地面へと叩き付けられる。

 

「な、にが……」

 

 埋もれ汚れた顔を起こし周囲を見渡す。

 隣ではプシュケーは両足で着地出来ていたようだ。

 突然のことではあったはずだが対処できるあたりは流石と言うべきだろう。

 

「ははっ。見ろよ。汚え顔が更に、だ」

「むしろ綺麗になったんじゃね?」

「泥パック的な? なら一生そのままでいろよ」

 

 明らかな嘲りの言葉と嘲笑。

 悪意有る言葉の主の顔を見てジャミラは固まる。

 

「え……あ……」

 

 そこにいたのはよく見知った顔。

 このゲームを始めた時から……否、彼女の台無しとなった青春時代の始まりから。

 

「お知り合い、ですの?」

 

 剣呑な雰囲気がただの知人で無いことはすぐに察せられたが、同世代の彼らを見てプシュケーは尋ねる。

 いいや、ジャミラの過去を聞いていれば、答えは容易に辿り着けていた。

 

「ぷっ」

「くくっ」

 

 プシュケーがジャミラへ言葉をかけたのを見て、2人が仲間であると知ったのだろう。

 2人を見比べ、彼らは笑いだした。

 

 

「は、ははっ――マジでお前、俺達をどれだけ笑わしてくれんの?」

「つ、月とスッポンじゃん。美女と野獣? そ、そこの綺麗な人……ジャミラちゃんを引き立て役にするとか酷いことすんじゃーん」

「そうだぞ。俺達のアイドルを見世物にするなよ」

「なっ――」

 

 憤り、即座にスウェーコンを叩き付けたい気持ちに駆られる。

 だが、そうしなかったのはジャミラがプシュケーの前に立ったから。

 

「プシュケーさん」

「……はい」

「この人達はね、前にお話しした私のクラスメート」

「……ええ」

 

 ジャミラの容姿を弄り嘲りネタにし、そしてアイドルのオーディションへと勝手に応募し笑いものにした下衆外道下劣な集団。

 

「本当は……プシュケーさんにも一緒に戦って貰えると心強いのだけど」

 

 そのつもりはある、そう伝えようとする前にジャミラは続ける。

 

「あっちも放ってはおけないでしょ?」

 

 天使たちが空を覆い尽くしていく。

 そして、天使の正体を知った〈マスター〉達の悲鳴があちこちから聞こえる。

 

「まだ、この辺りだけだとは思うけど……いずれは私達の仲間の下へと来るかもしれない。その前にプシュケーさん。お願い、あの大元を叩いて来て」

 

 脅威度で言えば眼前の彼らよりも天使たちの方が圧倒的に上である。

 だが、目の前の彼らとてエンブリオを持っている。

 天使達を完全に意識の外に向けることは出来ないため、ジャミラのクラスメート達と天使の両方を一気に相手取らなければならなくなるかもしれない。

 

「私はね、プシュケーさんが天使をどうにかしてくれるって約束してくれるなら、こんな奴等すぐに倒せるわ」

 

 既に体からこわばりは無くなっていた。

 目には闘志が宿る。

 

「……ええ。分かりましたわ」

 

 クラスメート達は始めからジャミラだけが狙いなのか、その場から去ろうとするプシュケーを引き留める素振りすら見せない。

 

「今は深追いはしませんわ。天使を操る〈マスター〉を倒したら戻ってきます。その時、合流しましょう」

 

 今となっては、空を天使たちが監視しているため、鏡で空中を移動するよりも地上を走る方が良かったのかもしれない。

 ステータス任せに走るプシュケーはそんなことを考えながら〈洛陽創世会〉の拠点へと向かう。

 

 

 

 

「いやいや。はっはっは。お涙頂戴のお芝居、どうもありがとう」

「泣けるわー。宇宙人が人間と友情を深める的な? 映画でそんなんあったよね」

 

 笑いながら手を叩く彼らは一様にジャミラを馬鹿にする。

 そんなのはいつも通り、慣れっこだ。

 ジャミラは心を強くし自分に言い聞かせる。

 

 でなければ、プシュケーに格好つけた意味がなくなる。

 

「てかよ、アンタもここにいるってことはどっかのクランに入ってるんだよな」

「今から案内しろよ。んで、フラッグ持ってこい」

「あ、いいね。確か鏡で移動できるんだっけ? だったらすぐじゃん」

 

 良いアイディアだと、ジャミラを道具扱いする彼らの前に鏡が出現する。

 

「……あ?」

「んだよ」

 

 鏡を通して振るわれたジャミラの短剣が彼らを襲い――空振る。

 

「チッ……なんだよ、俺達に逆らうのか?」

「おいおい。また仲良くしようって話じゃんか」

「そうだよ。また、痛い目見たくないだろ?」

 

 口ではそう笑いながら、しかし目は怒りに満ちていた。

 飼い犬に手を噛まれるとは思わなかった。

 奴隷が主人に仇成すとは思わなかった。

 そんなところだろう。

 

「……るせぇ」

 

 小さく、ジャミラは呟いた。

 

「なんか言ったか?」

「うるせぇって言ったんだよ! このボケカス共が! てめえら家に帰って布団に包まってママンの――」

 

 クラスメートの1人の足元に鏡を展開する。

 その移動先は高空。

 常套手段である落下死で彼らを始末しようとし、

 

「……え?」

 

 次の瞬間には、ジャミラが空高く放り出されていた。

 

 

 




天使に関しては、エンブリオのモチーフはお察しの通りです
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