<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【鏡姫】ジャミラ
いつから、関係性は崩れたのだろう。
最初はこんなはずではなかった。
普通の、当たり障りのない、良好とも最悪ともいえない普通のクラスメートとしての関係だった。
ふとしたきっかけだった。
私も相手も今となっては細かいことは覚えていない。
ただ、少しだけ私が彼らよりも秀でていることがあっただけ。
芸術だったか数学だったか、成績が彼らよりも上だったことが、彼らにとってはナマイキと映ったらしい。
私は最初、笑い飛ばした。
冗談のようだと、逆に少しだけ彼らを弄り返してしまった。
それが積もりに積もって、こじれにこじれて今に至る。
関係は最悪なまま、一切の解消もされないまま、底辺へと落ちていく。
――ああ、だから私はいつまで経っても
「――ッ!?」
突然の上空数百mからの落下に思考が途絶えかける。
だが、すぐに思い出す。
これは私がいつもしていること。
何の能力かは分からないが、それを返されただけ。
ならば対処は容易だ。
「ウリエル!」
「ここに」
すぐにウリエルが紋章から現れ、私の隣を落下する。
私はウリエルに手を伸ばし、ウリエルは私の手を握る。
「先程の場所へ!」
「はい。既に彼らの位置情報は抑えてあります」
ウリエルは私以上に私のことを理解している。
出会ってすぐに彼らに対する私の尋常ならざる感情から、彼らにマーキングを施していた。
上空にいるからと言って、彼らから逃げたと考えてはいけない。
むしろ、彼らを逃がさないよう、彼らを追跡しなければならない。
展開された鏡に触れる。
真っ黒な鏡は私をすぐに吸い込み、そして彼らの付近へと送り込む。
「……はっ。やっぱ言った通りじゃんか。俺達のところに帰ってくるって」
「くそっ。賭けは俺の負けかー」
彼ら……3人のクラスメートのうち男子2人がにやつきながらこちらを見る。
1人は勝ち誇り、もう一人は悔しそうな表情を混ぜてはいるが、どちらも私という玩具が帰ってきたことに喜んでいるようだ。
「なぁ、おい。ジャミラちゃんよぉ」
「……なにかしら」
「随分と澄ました顔するじゃねえか。あんだけ楽しく遊んだってのになぁ! もっと再会を喜ぼうぜ! 涙塗れに汚く顔を歪めてくれよ! じゃなくちゃさぁ、そうじゃなくっちゃさぁ、つまらねえじゃん」
クソが。
思わず吐き出しそうになった言葉を飲み込む。
汚い言葉は頭が沸騰した時に出る癖のようなもの。
私は今、冷静でなくてはならない。
熱くなってしまえば彼らの思うつぼ。
彼らに呑み込まれてしまう。
「久しぶりじゃねえか、おい。学校にも随分長いこと来てないようだしさぁ、何だったら俺達が迎えに行ってあげようか?」
自宅の場所はまだ彼らに知られていなかったはず。
私の憩いの場所。最後の砦。
そこだけは死守していた。
「そりゃいいな。センセーに言えばすぐに教えてくれるだろうさ。こっちには学級委員長様がついているんだからな」
「……っ」
私を迎えに行くと言った男子生徒。
彼は学級委員長の役職についている。
何故こんな性格の悪い男が、と思うが異様なまでの口の上手さで教職員からは評判が良いのだ。
あのオーディションだって美談として纏め、表彰されていたくらいだから。
表彰されたステージに私はいなかった。
そのころにはもう、学校にすらも。
「……来ないで。お願いだから」
「お願い、ねぇ。くっ、くくっ。だったらよぉ、俺達のお願いも聞いてくれるよな」
「さっきも言ったよな。クランの拠点に案内しろ。フラッグを壊してこい」
「勿論、お前の手でだ」
私に裏切れと。
スパイになれと。
そんな条件を出して来る。
「……それは無理よ」
「だったら明日は仲良く登校だな。ランドセルにでも教科書詰め込んでおくことだ」
「ああ、いいなぁ。みんなが注目してくれるぞ。またあのオーディションみたいに!」
嫌だ。
もう嫌だ。
絶対に嫌だ。
見られたくない。
誰も見るな。
私を見るな。
やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ……。
私を……
「お嬢様」
左手が強く引かれる。
傍らには私を見上げるウリエルの姿。
「お嬢様がこの世界を真に望まれていないこと、楽しめないことは、僕が僕であることが示しています」
「……」
「ですがここ最近のお嬢様は本当に楽しそうで、そしてなにより強く逞しくなられた」
「……そこは綺麗って言ってくれないのね」
私の言葉にウリエルは困ったように笑う。
「お嬢様。貴女は強い。僕が貴女の強さだ。だからこそ確信を持って言えます。彼らの誰一人として貴女より強いものはいない。これまでたった独りで戦ってこられた貴女の力はあの程度で屈さない」
思い出す。
初めてウリエルと会った時のこと。
孵化したばかりで、その時からこの子は私のことを信じてくれた。
私の敵を倒す力をくれた。
「思い出してください。彼らは本当に貴女が恐れるに足る人物なのでしょうか」
違う。
そんなはずはない。
口先だけが上手いやつ。
群れるやつ。
ただ、それだけだ。
「私のほうが強い」
「その通りにございます。ですからお嬢様。貴女が……いえ、僕達で倒して先に進みましょう」
「ええ」
いつの間にか頭は冷静を通り越して、震えるほどの寒さになっていたようだ。
だけどウリエルの言葉で体温を取り戻した気がする。
そうして、彼らの言葉を、思い出す。
「ごめんなさいね」
「あ?」
私の言葉に彼らは何を言ってんだと顔を険しくする。
「まさか私のストーカーがいるだなんて思ってもみなかったものだから。顔が売れるのも困ったものね」
「……てめえ」
「アイドルぶってんじゃねえぞ」
「そうよ。その顔で自意識過剰なんじゃないの?」
言い出したのは彼らなのに。
何をそこまで怒っているのだろう。
「田所町。佐伯渉。工藤玲子」
私が呟いた名前。
3人の名前に彼らの動きは止まる。
「安心して頂戴。運営もこんなところを記録していないわ」
そう、彼ら3人は私のことをジャミラと呼んだ。
彼らの性格からすれば本名を叫んだっていいはずだろう。
だが、誰一人として言わなかった。
ジャミラという名前が私自身への蔑称になるから?
違う。
彼らは小者なのだ。
だからこそ恐れる。
「私の本名を出して、自分達の名前も出ようものなら貴方達の腐った性根が全国放送されると思ったのでしょう? でもそんなことにはならないわ」
「なぜ言い切れる」
馬鹿ね。
私達の記録なんて撮っている場合じゃないでしょうに。
そんな簡単なことも分からないの。
「近くでプシュケーさんが戦っているのよ。私達に目が向くわけがないでしょう」
だからきっと、運営が記録しているであろう戦闘もプシュケーさんの名場面ばかりのはず。
こんな森の外れでの戦闘なんて記録されるわけがないのだ。
もしされたとしても、ゲームの運営がプレイヤーの本名を晒している場面をそのまま世に出すわけなんてないのに。
「そ、そっか。だよなぁ――」
「まあ私が記録しているけど」
「――っ“!?」
「当たり前でしょう。ちなみに配信者が使うような最新のカメラを使っているから集音性は良いし、映像だって綺麗に撮れているわよ」
彼らの言動は全て押さえてある。
私を脅そうとしたようだけど、立場は既に逆転した。
「私を威圧するために貴方達も現実の姿と酷似させたのが仇になったわね。どこからどう見ても別人には見えないわ」
ゲームの中でクラスメートを虐める学級委員長たち。
その関係性がこのカメラには映っている。
「……それをどうするつもりだ」
「そうね」
少し、考える素振りをみせる。
彼らは皆、縋るような視線を私に送る。
「条件次第では消してあげてもいいわ」
「ほ、本当か!」
「ええ」
これは決別だ。
過去の私と完全にお別れするための手続き。
「私だってこんなのを世に出したらスキャンダル間違いなしだもの。出来れば、お蔵入りにしたい。だから、このデータチップを最後に手にしていた人が好きにする。それでどうかしら」
カメラから今までの映像を記録した媒体を取り出す。
小さな、簡単に壊れてしまうチップ。
それを彼らに見せる。
「てめえをぶっ殺せばいいわけだ」
3人の目の色が変わる。
私の提案が、私を苦しませるものだと思っているのだろう。
「相手してあげるわ。クラン〈パルプンテ〉、新入りのジャミラよ」
一切の恐怖は無い。
彼らの何も、どこも恐れることはない。
だって私は強いのだから。
強くて、美しくなったのだから。