<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【鏡姫】ジャミラ
映像データの入ったチップを鏡の中に入れる。
「戦闘中に壊れるといけないわ。一端仕舞わせてもらうわね」
まだどこにも転移はさせていない。
いわば、空間の狭間のような場所に一時保管しているだけ。
「チッ。その余裕どこまで持つかな」
田所と佐伯が剣を、工藤が弓を構える。
……最初の頃を変わらないわね。
私が短剣を構えていることも含めて。
過ぎた年月と、装備から彼らもまた上級者の域に入っていることは間違いない。
《看破》でみえるジョブレベルもカンスト間近。
私のステータスでは迂闊に隙を見せれば致命打を与えられかねない。
そして私の性格を熟知している……と思い込んだ彼らは迷いなく踏み出す。
佐伯が踏み込むと同時に隣へ――田所へと剣を振り下ろす。
直前、佐伯は何かを唱える。
私の視界は一瞬、ブレると開けた時には眼前で剣を振り下ろす田所の姿があった。
「なっ――」
咄嗟に下がろうとするも工藤の矢がそれを牽制する。
私の足元に撃ち出された矢が足元を掠めると私はバランスを崩しかけてしまう。
位置の入れ替え。
彼らを上空へと送り込もうとし、私が逆に送り込まれてしまったのは踏ませようとした鏡の上に私が入れ替えられてしまったからだろう。
同じ空間転移の使い手として、それさえ分かれば対応出来る。
「《ミラー・フォース》」
剣先に展開される鏡。
それが剣と威力をそのまま弾き返す。
佐伯は無防備なまま顔面を自身の剣で切断され倒れた。
「な……んだよ今のは!?」
「教える義理はないわね」
工藤が矢を数本、弓に番える。
彼らの能力は朧げだが、輪郭を歪めるもの、声を偽るもの、数を誤魔化すもの、だったはず。
エンブリオが進化し、能力も向上しているのだとすれば、輪郭を歪める能力が先ほどの一入れ替えに発展したのだろう。
工藤は確か……
「串刺しになれ!」
放った矢が消える。
同時に、それ以外の場所に矢が増えていく。
こちらへと飛来する雨のような矢は……いずれも偽物。
スキルの名は《木を隠すなら森の中》。
幻術に近い能力だったはずだ。
「見える矢は全部偽物とわかっていれば……」
むしろ見えない空間にだけ注意していればいい。
そんな安直な考えはすぐに撤回しなければなくなる。
幻術と思い無視した見える矢。
それが足に刺さっていたのだ。
矢はすぐに消えていく。
だが、減ったHPだけはそのまま。
「バーカ。ダメージ算出だけはしてくれるんだよ」
「……そう」
彼女のエンブリオもまた、強くなっていたというわけだ。
他の矢も降り注いでくる。
足に矢のダメージが残った状態では全て避けるのは難しいだろう。
だから私は飛ぶ。
「フライヤー!」
弱い力で地面を蹴って飛翔する。
そのまま両手で急所を庇いながら工藤へと進む。
幾本もの矢のダメージがHPを減らす。
大丈夫。
まだ私は耐えられる。
「――ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
工藤へとタックルし、彼女を担ぎ上げるように空高く飛び上がる。
「くそっ。離せ!」
「すぐに離してあげるわよ」
高度100mを超えたところで工藤を離した。
数秒後に人の破裂する音が聞こえてきた。
「……最後ね」
地上に残して来たウリエルの下へと帰還する。
これでフライヤーの再使用まではしばらくかかってしまう。
緊急事態用の飛行手段だったが、仕方ない。
「お嬢様。残る1人ですがどうやら逃げたようです」
勝ち目のない戦いとみたのか。
田所の姿はどこにも無かった。
「マークは?」
「近くを示しております」
ウリエルは左方を示す。
深い木々に覆われ、遠くまでは見えづらい。
隠れられたら探すのに手間取ってしまうだろう。
「そう……」
だがウリエルのマーキングと鏡の移動で田所が幾ら逃げようとも追いつける。
すぐに鏡の展開を指示しようとしたが、
「ジャミラさん」
木々の向こうから、現れた。
長い金髪と鳥のさえずりのような声。
整った眉、高すぎず低すぎない鼻、白い歯を時折見せる口元、輝かんばかりに煌めく瞳。
その全てが美しいと言わざるを得ない顔と、スタイル。
私の憧れ、プシュケーさんの姿がそこにあった。
「こちらにいましたのね」
彼女は払った枝から落ちてくる葉が髪にかかることも気にすることせず、泥まみれの靴でこちらに歩み寄る。
「撤退しますわよ。先ほどの天使を操る男……思ったよりも厄介ですわ。早いところクランに戻り、総出で叩くと致しますわ」
「……違う」
「はい? 何をぐずぐずしていますの。天使に囲まれたら死んでしまいますわよ。さあ早く。貴女の鏡でクランまで引き返しますわよ」
違う。
違う違う違う違う違う。
「大丈夫。貴女が立派に戦っていたことは私が皆に説明致しますから。そうですわね……私も貴女も消耗が激しいようですし、他の方と防衛を交代しましょう。休んでいる間に仲間がきっと天使を片付けてくれますわ」
そう言いながら、髪や衣服に付いた汚れを手で払う。
靴にこびり付いた泥は槍の柄で削り取る。
「違う」
「だから何を――」
「お前はプシュケーさんなんかじゃない」
「――なんで分かった?」
彼女は、プシュケーさんの姿を真似たソレは悪戯がバレたような表情で笑う。
「細部まで完璧だったろ」
「言葉の抑揚が違う。端々の私への気遣いの仕方が違う。感情の吐露が違う。笑顔が違う。何もかも違う。プシュケーさんはスウェーコンさんをそんな粗末に使わない。それに身だしなみを整える時は鏡を使う」
幸いにも矢によってダメージを与えられた両腕だが、動かすことは出来る。
「チッ。バレちまったら仕方ねえ。だったらコイツで――」
プシュケーさんの姿を真似ていた田所が自身の姿へと戻っていく。
恐らくは見た目だけなのだろう。
外側だけの、プシュケーさんの美しさの本質を一つも理解していない偽物。
剣を構えようとする田所だが、すぐに彼は剣を取り落とす。
私が鏡を通じて彼の手を短剣で突き刺したから。
「てめえ……!」
「私も武器を使うのはこれきりよ」
アイテムボックスに短剣を仕舞う。
これで決着をつけるには、短すぎる。
「ウリエル。合わせるのは任せたわ」
「はい。お嬢様、ご存分に」
その場で拳を前方に突き出す。
ウリエルがそれに合わせて彼の顔面に鏡を展開する。
「オラぁ!」
「――へぶっ!?」
一発で田所は後方へと吹き飛ばされていく。
あら?
思い切りが良すぎたかしら。
「立ちなさい」
鏡の転移で彼を無理やりに起こす。
私は今度は吹き飛ばさないよう、ウリエルに鏡の展開位置を調整させる。
「最後は連打で行くわよ」
「はい、お嬢様!」
田所を取り囲むように四方に鏡が展開されていく。
私はただ両手でパンチを連打するだけだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」
「へげっ――べぶっ――やべっ――あだ――ごぶっ―–」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」
「ぢょっ――まっ――あ――が――」
徐々に田所の声は小さくなっていく。
だが、倒れることは許されない。
後ろからも横からも、前からも私の拳が彼を支えてしまう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」
始めは抵抗を示そうとしていた田所だが、やがてその手は静かに下ろされる。
「オラぁッ!」
そして最後の一打。
彼の肉体は木に叩き付けられ、 田所のHPはゼロとなった。
「お、おぼえ――」
「そうそう。言い忘れていたわ」
消える瞬間、田所は怨みのこもった視線をこちらへと向ける。
「私、明日転校することになっていたのよ。ついでに引っ越しもするから」
「……!?」
「じゃあね」
叩き付けられた衝撃でへし折れた木の幹が田所へと倒れ込み彼の姿は完全に見えなくなった。
「初めて声を掛けてくれたのは貴方だったわね。打算も込みだったのでしょうけど……たとえ偽善でも嬉しかったのは本当よ」
クラスメート3人のエンブリオは特に設定考えていません
田所は声を真似たり姿を真似たり。偽装系
佐伯は姿をダブらせたり位置を交換したり。空間系
工藤は数を誤魔化したりちょろまかしたり。不正系