<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
「かれし……」
どこからともなく現れたマシラギ・スルガという男。
彼は自身をレシーブの彼氏であると立場を称する。
思わずパリドーネはレシーブとマシラギを見比べてしまう。
明らかな機嫌の悪さを隠そうともしないレシーブと対を成すように軽薄な笑みを浮かべるマシラギ。
彼はパリドーネの視線に気づくと、ニコリと笑いかけてくる。
顔立ちこそ整っているために、分かってはいても騙されてしまう女性は数多いるのだろう。
そして彼の態度から、そういったことにも慣れているのだろう。
「元ですよ、元。元カレというやつです」
歯を剥き出しにして、イーとマシラギへ敵意をみせるレシーブ。
決して円満な別れではなかったと察せられる。
「はっはっは。僕はまだ別れたつもりはないけど?」
「他に彼女をつくっておいて別れた気が無いとか、頭がイカレてるんですかね」
なるほど、浮気が原因かと納得する。
古今東西、浮気は別れる原因として最も挙げられるものの一つだろう。
「浮気をされたら怒って別れるのは普通でしょう? 私はその行動に則ったまでです」
「やれやれ」
マシラギは肩をすくめて苦笑する。
その仕草もまた、サマになっている。
「まあ、いいさ。それよりも、ええと……レシーブって名前なんだね、ここでは。レシーブにキープ……君にピッタリだよ」
「あなたに褒められてもちっとも嬉しくはならないですね。ああ、この発見だけは嬉しいので感謝しますよ」
「手厳しい。それよりもレシーブちゃん。それにパリドーネちゃん」
ちゃんづけという呼称に、パリドーネは背筋が寒くなる。
一気に距離を詰めてこようとする彼に対して、男性に対して免疫の無い彼女としては、マシラギという男は畏怖の対象にしか成り得ない。
「……その態度。なるほど、見た目ほどは成熟していない、か」
「パリドーネちゃんを驚かせないでください。私の可愛いお友達なんです」
「そうだね。これは僕が悪かった。謝るよ」
思いのほか、すぐにマシラギは頭を下げてきた。
その誠実な態度に、パリドーネの警戒心は一段階下がる。
「僕は君達に注意勧告をしに来ただけなんだ。敵が迫っている。だから早くこちらへと――」
「気を付けてください。アレ、いつものやり口なんで。相手の懐に潜り込もうとするためになんだってする男ですよ」
彼の言葉に引き寄せられるように一歩踏み出そうとしたパリドーネをレシーブが引き留める。
同時に、マシラギはこちらへと左手を差し出そうとしており、それだけであれば彼の言葉通りだったのだが、何かのスキルを発動しようとした兆候である光が残されていた。
「……」
先程の謝罪の後からマシラギという男に対する敵意が薄れていた。
そのことにパリドーネは驚く。
「そもそも、現実の姿を弄ってつくられたアバターが私であると気づいた時点で誰かの介入があったことは間違いないですよね」
「まさか、愛の力さ」
「さて、どうだか」
普段よりも口調が厳しいレシーブに新鮮さを感じながらも、パリドーネはマシラギの言葉を振り返る。
「……注意勧告とは。敵とは、貴方のことなのでしょうか」
「パリドーネちゃんは僕の言葉を信じてくれるんだね」
「いいえ。レシーブが貴方を警戒している時点で私は貴方を信じられません。ですので、判断材料の一つとして捉えましょう。湖から何者か迫る気配は感じていました。貴方はそれが分かっていたのですか」
後方から、徐々に足音が近づいてくる。
こちらの居場所が完全に知られているわけではないのだろう。
右へ、左へ逸れながら。
しかし徐々に接近している。
「複数の足音……5人分ですか」
枝葉を掻き分ける音から、5人は手分けをしながら敵を探しているようだ。
5人……最低でも50ポイントの獲得のチャンス。
逃す手は無いだろう。
「レシーブ。まずは私が先手を取って彼らの姿が見えた瞬間に質問を投げかけます。数が多くとも、いいえ、多ければ【問王】のバフ量が多くなる。こちらで出来るだけ相手の戦力を削りますので……」
「パリドーネちゃん。そちらは頼めますか?」
「レシーブ……?」
共に戦おうという提案を、レシーブは先んじて断る。
その意味が理解出来ずにパリドーネは怪訝な顔をする。
「やはり、懐に入られていますね。いいですか、この人は敵ですよ。私とパリドーネちゃんの両方がそちらにかかりきりになったら、誰がこの人の相手をするんですか」
「ですが彼は、貴方の……」
「元カレです。ですから、だからこそ、味方であるはずがないでしょう?」
そうだ。
理屈ではそうなのだ。
何故、味方と数えるのはともかくとして、彼を敵から外してしまったのか。
普段の警戒心が薄れてしまった。
「こんなナンパ男はパリドーネちゃんには近づけさせませんから。ですから、対人の準〈超級〉として、そちらは頼みましたよ」
「はい!」
その声援が何よりのバフであった。
背後は彼女に任せればいい。
まずは前方の敵から始末する。
パリドーネはそう意気込み、5人が姿を現した瞬間、『このイベントの名前はなんでしょう』と問いかけようと決める。
参加者であれば誰もが知っている。
そして、少なくとも数時間以内には目にしているはずなため、制限時間も短いだろう。
反して、まだイベント名が馴染んでいなければ咄嗟に出てこない可能性もある良い質問だとパリドーネは自画自賛する。
「(来た……!)」
やがて、5人が完全に姿を現し、互いを視認したためパリドーネは質問を投げようとし、
「……、……!?」
言葉が出なかった。
「愚かしい。こんなところで、遊んでいるなんて」
「だからお前は獣なのだ」
「勉強をさぼるな。言い訳をするな」
「口を閉ざして手を動かしなさい」
「覚えなさい。解きなさい。答えなさい」
だって、彼らは常に否定の言葉で彼女を縛り付けたから。
蔑み、馬鹿にし、最後には切り捨てた。
そうやって、パリドーネの過去を踏みにじり、今を形成した。
「(な、んでここに……)」
言葉にならないために口をパクパクと動かしながら、パリドーネの思考は空回る。
そして敵が接近しているという事実から、何故彼らがここにいるかという疑問へと移り変わり、脳内を支配する。
「問い1、世界で最も人口の少ない国を答えなさい」
「問い2、ニトログリセリンの化学式を答えなさい」
「問い3、アキレスと亀を否定しなさい」
「問い4、世界最古の文学の名を答えなさい」
「問い5、私達が誰かを答えなさい」
5つの問いは、普段のパリドーネであれば即答できるものばかりであった。
だが、この時ばかりは……声が絞り出せない。
出そうとはしているのだ。
何故か、うまく音が出ないのだ。
「遅い」
「そんなことも分からないのか」
「覚えなおしだ」
「足りない」
「まだ勉強の時間は終わっていない」
「――ッ」
不正解の言葉と共に、パリドーネのステータスが下がっていく。
重圧が彼女を襲う。
感情が、トラウマが身体にまで影響を及ぼしたのか、立っていることすら叶わず、足元から崩れ落ちてしまう。
「……ほう」
同時に、彼らのステータスは上昇しているのだろう。
各々がステータス画面を見て僅かに上気した。
流石に、パリドーネの能力を知っての問いかけでは無かったようだ。
だからこそ、先程のが普段からの抑圧的な態度をとっていることの証明となる。
「その辺で、ひとまずいいだろう」
「そうだな」
ふと、パリドーネを襲っていた重圧が取り除かれたような気がした。
「あ……」
ほんの少しだが、声が出ることを確かめる。
出た。
それだけなのに、何故か嬉しい。
そして、目の前の彼らを見て、高揚していた気持ちは再度転落する。
だが、尋ねずにはいられない。
問いかけずにはいられなかった。
「なん、で……ここに……」
ゲームだなんだと馬鹿にしていたはずだ。
勉学の妨げになるからと。
こんなものをやっているから頭がおかしくなるのだと。
見向きもしていなかったのに。
「せんせ、い……」
かつてパリドーネを苦しめた5人の家庭教師。
彼らは今、〈Infinite Dendrogram〉の世界においてもパリドーネを苦しめようと立ち塞がる。