<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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19 家庭教師の再試験

■【問王】パリドーネ

 

 問いかけに応じるどころか、問いかけることすら出来ず、パリドーネの手札は完全に封じられてしまっている。

 言葉が出ず、身動きが取れず、かつて師事を仰いだ教師たちの前に倒れ伏す。

 

 それでも辛うじて絞り出せた言葉は、彼らに届いていなかったのか、無視される。

 実際に声量というものは問いかけに対しては重要であり、パリドーネのスキルは互いの言語一致と質問理解が出来なければ発動しない。

 故に、『何故先生方がここにいるのか』という言葉は彼らに対して、問いそのものもスキル自体も意味を成さなかった。

 

「さて、連れ戻す前に躾をしなければならない」

「ああ、その通りだ。獣は獣らしく檻に閉じ込め、縄で引くのだ」

「常々、言葉の意味を理解しない獣であった。だからこそ、我らで教えなければならないのだ」

「自分が何者かを、何を望まれているかを、理解させなければならない」

「ご両親も嘆いていたぞ。どうか、娘を人間に戻してくださいと」

 

 家庭教師たちはパリドーネに対して意味も意図も不可解な言葉を投げつける。

 だが、最後の言葉だけは辛うじて理解出来た。

 両親。

 長らく自身の部屋に籠り、距離を置いていたパリドーネだが、遂に両親がしびれを切らしたのだろう。

 彼女の頑固さ、あるいは芯の強さを知っているために両親はゲーム機本体を破棄するよりも、ゲームそのものを諦めるために彼らを送り込んだのだ。

 

 ならばこそ、彼らがここにいる説明もある程度付く。

 未だ分からないのは、パリドーネのアバターを知っていたことと、居場所が知られたことだ。

 だが、それは今、問題ではない。

 問題は、このままでは彼らに負けてしまうということだ。

 

「(身体が……!? また、言葉も出ない……)」

 

 一瞬だけ言葉が出たように感じたが、再びの重圧感と失語めいた感覚。

 言葉が出なければ質問は出来ない。

 彼らがこのゲームを初めて幾日程かは分からないが、《看破》で覗けるレベルから下級職だろう。

 エンブリオを含めても下級の域を出ないはず。

 だが、パリドーネが苦しめられているこの現状。

 決して過去のトラウマから来る畏怖だけではないはずだ。

 

「(そう……言葉が出ない、これはおかしなことだ)」

 

 かすれ声すら出ない。

 ひゅーひゅーと喉から風を吹くだけ。

 否、言葉どころか音が出ないのであれば、それはもはや失語どころではない。

 

「ふん。気づいたか」

「獣の勘、というやつか」

 

 家庭教師の1人がパリドーネを見下ろし睨む。

 彼は英語教師であったが、得意科目自体は世界史であった。

 世界の歴史や言語すらもパリドーネに教え込もうとしていた。

 そして、授業の最後にはいつも言うのだ。

 

『これらの歴史は全て礎に過ぎない。我らが日本国が発展した今、他国の歴史も言語も、学ぶべきは失敗だけ。最たるは我ら日本の民なのだ』

 

 日本が優れていることを証明するために世界史を学んだという愛国心溢れる差別主義者。

 それが世界史担当の教師であった。

 

「如何にも。その目を向けるべきは俺で正しい」

 

 世界史担当はパリドーネが発する言葉の端々を最も忌み嫌っていた。

 正しい日本語を、正しい日本の理解を、と迫っていた。

 本来の国語担当教師よりも厳しいくらいであった。

 

「言葉が出なくて辛いか。辛くて結構。このゲームは言語が統一されている。だからこそ、吐き気を催す。些末なお前が下らぬ言語を介するなど、俺にとっては何より唾棄すべきこと」

 

 何がそんなに嫌なのか。

 世界史担当はパリドーネへと嫌悪の視線を向ける。

 

「故にこそ封じた。お前の言葉を。俺のエンブリオは【他言崩壊 バベル】。能力は他者の言葉の封印。聞けば、お前は言葉によって力を得、言葉によって他者を貶めるらしい。相性が悪かった、というやつだ」

 

 なるほど、とパリドーネは理解する。

 確かに言葉封じとは最も相性が悪いかもしれない。

 言葉が出ないのは失語などではない、能力によるもの。

 何を乗り越えようとも、決して声は出せないということだ。

 

「そして、貴様がそこで地面から起き上がれないのは俺の躾によるおかげだ」

 

 世界史担当の横で国語担当がふんぞり返る。

 彼はパリドーネに対し、最も人間としての扱いをしなかった者。

 常に獣であると言い聞かせ、躾が必要であると授業の度に繰り返していた。

 国語とは言葉。

 言葉も満足に話せないパリドーネは獣であるというのが彼の言い分であった。

 

「言葉の重み、重圧というものを聞いたことがあるか。一方的にまくし立てられ、一方は返せず縮こまる。躾とはまさに言い聞かせ。俺に最適の能力である」

「……」

「理解出来ぬ、といった顔だな。まさか俺の言葉を理解出来ないと? ああ、ならば簡潔に述べてやろう。俺の言葉に返せなかった者は課される重力が増していく。これならば、理解できたであろう?」

 

 そのエンブリオ同士のシナジーは最高といってもいい組み合わせだ。

 言葉を話せなくするエンブリオに、話せなかった者の動きを止めさせるエンブリオ。

 未だ下級エンブリオであり、単一の力に特化しているからこそ、こうしてパリドーネを苦しめる。

 

 こうなれば、残る3人もまたパリドーネにとっては相性の悪いか、力有るものなのだろう。

 それなりの歴ある〈マスター〉に対して初心者が挑みにきたのだ。

 勝算が無ければ来ない。

 

「では、授業を始める。まずは先ほど答えられなかった化学式からだ」

 

 理科担当が前に出る。

 彼は、パリドーネに対して特別悪感情があるわけではなかった。

 ただ、真面目過ぎたのだ。

 だからこそ、パリドーネからの質問に対し答えられなかった際に最も後悔し苦悩した。

 

 彼は自身の前に幾つかのアイテムを並べる。

 珍しくも無いものばかりだ。

 どこでだって手に入るような、下級モンスターのドロップアイテム。

 

「全ての物質は原子から成り立つ。そして、元素を組み合わせることで酸素も、水も作り上げられるのだ」

 

 理科担当がアイテムに対して何かスキルを発動する。

 アイテムは崩れ、何かを残し消えていく。

 その何かはパリドーネには分からない。

 ただ、嫌な予感はした。

 

「さて、不正解に対し解答を与える。ニトログリセリン……ここでは爆薬のことだが、その化学式はこうやって、つくられる」

 

 消えていったアイテムから残った何かは、それら同士で組み合わさっていき、最後には一つのアイテムとして残る。

 それは、俗にいう爆薬であった。

 

「【錬金術】、とこの世界では言うのだったな。しょせんは下級職が作り上げた簡易な代物だ。せいぜい人が纏めて死ぬ程度。その身で応え合わせといこう」

 

 理科担当は爆薬の導火線に火をつける。

 導火線は短くなっていき、その前にパリドーネの下へと放り投げる。

 

「――ッ!」

「数人分が死ぬ威力を調合した。お前は何人分だ?」

 

 爆発する。

 轟音と光が鼓膜と網膜を震わせ、視覚と聴覚が一時的に使い物にならなくなる。

 

 何をされても、今の彼女はきっと無抵抗だろう。

 

 だが、感覚が戻り、減ったHPを確認しても家庭教師たちは先ほどの爆発以降は動いてはいなかった。

 

「さて、休み時間は終わりだ。授業を再開する」

 

 パリドーネの精神を支配したいのだろう。

 だからこそ、彼女が彼らに注意を向けている間にしか行動に移さない。

 それは、油断も慢心も無いという証。

 

 世界史担当による言葉の喪失、国語担当による重力の増大、理科担当による爆薬調合。

 しかしながらまだ授業は終わっていない。

 残り2人。

 更なる攻撃がパリドーネを襲う。

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