<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
「肉体が現実のものよりも頑強であるとは、私達の叡智なる技の実験材料としては実に好ましいものです」
社会担当は倒れるパリドーネの前で屈み、彼女の顔を眺める。
彼は人間の苦悩する顔が好きだった。
問題を解けず悩むパリドーネをみて誰よりも笑っていた。
家庭教師たちの中では攻撃的では無かった分、純粋に難問を出して来る頻度が多かったのが彼である。
「随分と旅をしてきたようです」
自身の額を軽く叩きながら社会担当はなにやら呟く。
旅。
彼は多くの世界を旅してきたと言っていた。
その中で体験してきたことを語る彼はパリドーネにとっては羨ましくもあった。
なんて自由なのだろう。
そう、憧れることもあった。
「人生とは旅そのものである。私が数多くの国を巡り、学んだことです。立ち止ってしまったら旅は終わる。そして、人生も停滞を迎える。だからこそ、人間は常に歩み続けなければなりません」
その言葉は裏を返せば、難問に躓き身動きの取れなくなったパリドーネを嘲笑うものであった。
かつては問題を解けないパリドーネを停滞した獣と称することもあった。
「さて。パリドーネ君を迎えた国々。ドライフ皇国、そしてこのレジェンダリア国家は地形そのものが魔境と呼ばれるに相応しい場所もある」
落ちれば即死するような高さの崖や滝。
針山のような岩石地帯。
煮えたぎる活火山。
パリドーネがこの世界で、自身の眼で見て知った数多の環境。
それが社会担当にとっては武器であった。
「自分の足で歩んだ。良いことです。偉人はかつて自分の足を使って日本地図を描いた。人間とはかくあるべし。旅こそ人間の務め。素晴らしきかなこの世界」
社会担当の背後から山が、針山が、滝がせり上がる。
その全てが景色として一つにまとまっている様はどこか幻想的であった。
それこそは彼のエンブリオ【物見幽残 イノウタダタカ】の力。
対象の訪れた場所を再現する能力。
無論、大きさをそのまま再現することは不可能。
未だ下級エンブリオであるために、人間サイズにまで小さくなっている。
だが、このエンブリオの真骨頂は大きさそのものよりも再現における自由度。
「見知った場所も。歩いた環境も。さて、統合されれば初対面でしょう」
パリドーネの足元が煮え滾りだす。
頭上からは絶えず岩石が落ちてきたのではないかと思う程、肉体を打つ大量の水。
思わず態勢を変えようとすれば、その先には鋭い針の群れ。
いずれも、彼女がかつて歩み、攻略したはずの環境。
「……ふむ。授業はまだまだ続けたいところですが。他がありますので」
パリドーネの肉体を虐め続けるも社会担当はあっさりとエンブリオを引っ込める。
そして、最後の家庭教師に目配せを行った。
「確率でいえば俺が最初になるはずだった」
「あなたがパーを出したからです」
不機嫌そうに、代わって前に出たのは数学担当。
両手に巨大な剣のようなものを持ち、パリドーネへと向けている。
「1は鋭く2は首を狩り3は拘束し4で死ぬ。さて、君は幾つまで耐えられるかね」
数字を武器にする能力を持つ数学担当は、轟く程の声で威圧する。
■【動物王】レシーブ・キープ
「本当に良いのかい? 今助けに入れば間に合うかもしれないよ」
まるで自分たちのことを気にかけてくれているかのような言い方だな。
そう、レシーブは感じ取った。
マシラギの顔は軽薄さをどこかへと仕舞いこみ、真剣な眼差しでパリドーネと5人の家庭教師たちの戦いの行末を眺めている。
ハラハラと、5人のエンブリオによる攻撃がパリドーネへ当たる度に顔を青くし、あるいは拳を握りしめ声援を送っている。
敵味方でいえば、赤の他人がマシラギをみれば味方に映るのだろう。
何かの事情で手出しが出来ず、ただ見守ることしか出来ない男。
レシーブはそこまで考え、鼻で笑う。
「助けに入る、ですか? 貴方の監視を解くの間違いでは?」
感情をつくりあげ再現しろ。
幼いレシーブにそう教えたのは祖父であった。
そして、感情を計算し支配しろ。
今のレシーブを形成したのがマシラギである。
異様なまでに懐に潜り込むのが上手い男。
彼は他人の感情を読み解き最適最短に関係を結んでいく。
「監視されていたのかい? てっきり僕との逢瀬の時間を楽しんでいるのかと思ったよ」
「なにを馬鹿なことを。貴方との関係は既に終わっています。恋人関係でいたかったのであれば、そうしていれば良かったではありませんか」
「ははっ。友人をけしかけて僕に浮気をさせた君の台詞かい? 僕から学べることは学んで別れを切り出したくせに」
互いの視線と言葉には毒が混じる。
レシーブはそれを不快そうに、マシラギは心地よさそうにしている。
「やっぱり君との会話は良いなぁ。他の女性達とは違う。感情的にならずに理性的になり過ぎずに、考えながら話をしている」
「私は最悪ですね。下心満載で、嘘つきで、距離感が近い人とは話したくないです」
レシーブはマシラギの一挙手一投足を見逃さないようにしながら、パリドーネを見守るしかなかった。
少しでも気を緩めれば、彼は即座に攻撃に移るだろう。
多少なりとも彼と関わってしまったが故に、レシーブは彼への警戒心を抱かざるを得ない。
それすらもマシラギの掌の上であるかもしれない。
パリドーネを単騎で戦わせる。
5人からの攻撃に嬲り殺しにされる。
分かってはいる。
だが、どうしようもなかった。
「下心満載。嘘つき。距離感が近い。ふうん。なるほどねぇ」
にやにやと、マシラギはレシーブの顔をみた。
「……なんですか?」
「やっぱり僕と君は似ているなって」
「はぁ?」
「だってさ。君が僕に近づいたのだって同じじゃないか。僕から人心誘導術を学ぶために近づいて、それでいて恋をしたと偽りの言葉を述べて。違うかい?」
違う、と。
即答できなかった。
だって、それは本当のことでしかなかったのだから。
100パーセントの下心。
絶えず本心とは反対の言葉を吐いて。
理解出来なかったから近づきすぎて。
そうして、マシラギから得られるものを得た。
いくつもの大切な何かと引き換えに。
「ああ。聞いたよ。君、この世界で人を殺したんだって」
不意に、マシラギがそう言った。
何でもないように、まるで会話の継ぎ目のように。
「酷いじゃないか。この世界の人間だって立派に生きている。心があって感情があって魂がある。それを踏みにじって自分の利益の為だけに殺したんだろう?」
「……それは」
今すぐに。
マシラギの首なり胴なり全身を殴り殺したかった。
その力はある。
必殺スキルを解放すればきっと圧倒的なステータスで打ち勝てるだろう。
だけどレシーブに戦う気力は無かった。
今の言葉だけで、いや、これまでの言葉でマシラギを倒すというよりも見張るという目的にいつしかすり替わっていたからだ。
あからさまな敵対行動をせずに、しかし味方と嘯いているからこそ、レシーブは攻撃に出られない。
心のどこか片隅で、もしかしたら本当に味方なのかもしれないと思ってしまったから。
そして今の彼女をマシラギは、弱くなったと称する。
「良いじゃないか。君は言っていたね、人間でありたいと。ならば自分の利益の為に人を殺せる君は立派な人間だ。食べるためではない、欲望の為に暴力を振るえるのは人間の数少ない特権だよ。僕は君を称賛する。僕は君を認める。ようこそこちら側へ。ようこそ人間の世界へ。それでこそ、君の祖父が求めていた感情表現の最たるもの、殺意だ」
まくし立てられた言葉はレシーブの中に溶け込んでいく。
一言一句がレシーブの求めていたもの。
自身を認めること。
気まぐれな彼女の芯を捉えること。
幼き頃の彼女の指導者がそうしたように。
彼女を導いた先で彼女を人間であると確立させる。
それこそが、レシーブ・キープの根底の願望。
彼女の祖父以外では成し得なかったことである。
「君らしく言い換えようか。救済を求める子羊のように! 君は人間であると認めた者との共感を図ろうとしているのだよ。僕に恋愛感情を見出していただろう。あれは、僕が君に恋をしていたからさ。互いの感情が強く結びつく。感情を模倣し人間を真似て近づいていく。そして君は遂に完成したんだ。君という人間は、僕という最後のパーツを迎えて完結したんだよ」
「私は……人間……」
マシラギはレシーブがパリドーネの戦闘から視線を外し、マシラギからも外し、俯く様子を見て、確信する。
戦意は失せ、警戒心も薄れ、今はただ自己の世界に入り込んでいる。
心は揺れる。
ゆりかごのように。
そして、その振り幅はマシラギ側へと大きく振られた。
「さて、ものは相談なのだけど――」