<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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21 人を人とも思わぬ

■【問王】パリドーネ

 

 無惨。

 そう言い表すのが正しいと思う程に、無様に、残酷に、今のパリドーネは惨めであった。

 

「……」

 

 既にスフィンクスのスキルは切ってある。

 これ以上相手に一方的に質問攻めにされてステータスを落とされればこの重圧だけで死にかねないから。

 重ねてきたレベルアップのおかげで超級職としては低いながらもステータスでは勝っている。

 それでも、【問王】のスキルが相手のステータスを底上げしてしまっている。

 

「……これで授業は終了だ。補修は必要かね」

 

 文字通り数字の羅列がパリドーネを襲い苦しめた。

 5人の家庭教師の攻撃がパリドーネの全身に傷跡を残している。

 

「……」

「言葉も出ぬようだ。ならば不要。次のテストまでには答えられるようにしておくことだね」

 

 何を足掻くことがある。

 パリドーネの心の内からそう必死な叫びが聞こえてくる。

 彼らの希望通りに大人しく首を垂れ、家で勉強漬けの日々に戻ればいいだけではないか。

 既に耐えられるだけの知識は埋め込まれている。

 きっと彼らの望み通りに問いに答えられるだろう。

 時折、この世界に息抜きとして遊びに来ればいい。

 この世界で勉強をしたい、などという逃げ道なんて不要だ。

 そんな言い訳がましいことをいつまで言っているつもりだ。

 

 私は獣。

 人間になんてなれない。

 誰も救えず誰も助けられず誰も導けず。

 ただ知識を蓄えるだけの獣に過ぎない。

 蓄えたところで意味なんてない。

 誰の役にも立てない。

 害になるだけの害獣なのだから。

 

「(無力……)」

 

 初めて、涙が零れそうだった。

 家庭教師の前でも両親の前でも流すことは決してなかった涙。

 だけど自身の弱さを痛感して、ようやく流すことが出来そうだ。

 それはとても悔しく、嬉しいことが嫌だった。

 こんな奴らのせいで流したくはなかった。

 

「しかし……頑丈なものだ」

「ああ。同じヒト型でもこうも違うとはな」

「レベル、ステータスというものは侮れなん。あの小娘とてスキルで封じなければ我らの脅威となっていた」

 

 死に体となったパリドーネは興味の対象外となったのか、あるいは反撃の余地すらないと判断したのか。

 彼らは考察の過程へと入っていた。

 

「最初は長居するつもりは無いと思っていたが存外ストレスの発散には良いかもしれぬな」

「遊戯も捨てたものではないといったところか」

「ならば俺達でパーティを組むとしよう。もう少し連携の幅を取るためにスキルの順を――」

 

 家庭教師たちの視線がパリドーネから外れる。

 変わらず声は出せないが、重圧は消え失せている。

 だが、動く気力すら湧かない。

 僅かに手先が動かせる程度。

 

「であれば、再度実験をするとしよう。この世界にはマウスの棲み処は幾らでもあるのだからな」

「それはいい。ヒト型ならば思考も似たようなもの。窮地にどう動くか理解しておけば今後役に立つ」

「――!?」

 

 何を言っているのか。

 その言葉が、マウスと呼ばれた何かが、決してモンスターではないことは、彼らを知るパリドーネにはすぐに分かった。

 彼らが如何様にしてスキルの熟練度を、連携の技を磨いたのか。

 

 声を出せないスキルと重圧のスキルの組み合わせを、一度の訓練もせずに行うとは思えない。

 だったらどのように行った?

 何を対象に?

 ヒト型が指すのは、小鬼の類ではないだろう。

 

「なんだその目は。ああ――まさかこの世界の人間を殺したことを非難しているつもりではないだろうな」

 

 パリドーネの瞳に示された問いに、肯定の言葉が放たれる。

 

「ヒト型を圧殺するとどうなるか、まさか現実で見ようと思っても出来まい」

「数字ですりつぶすのもな」

「薬品で溶かすのも」

「気づいていなかったわけではあるまい。俺達のほとんどが対人に特化したエンブリオばかりであると。ならば技を磨くのは当然ながら思考を持ち会話が統一されたヒト型以外に有り得ることは無い」

 

 考えていなかったわけではない。

 だが、それは彼らの仲間内で、もしくは〈マスター〉を相手にしていたのだと。

 そう楽観視していただけだ。

 これほどに欠如しているとは思わなかっただけだ。

 

「……」

 

 パリドーネは地面を手でガリガリと削る。

 

「無駄な足掻きを。そこで藻掻いていたところでどうにもなるまい」

 

 結局のところ、家庭教師たちは始めから善性など持ち合わせていなかったのだ。

 自分たちと同類かどうか。

 他者を傷付けて良い者か、傷付けられる者かでしかカテゴリ出来ないのだろう。

 彼らの中で自分は後者。

 幾ら傷付けたところで構わないと認知されている。

 

 ああ、そうだ。

 

 家庭教師たちの中ではどこまでいったところでパリドーネという小さな少女は無力で弱小な獣なのだ。

 小さく丸まっていることしかできない。

 蹴られても罵倒されても震えることしか出来ない。

 

「(違う)」

 

 そんな、獣としての自分はいない。

 どこにも存在しない。

 

 ここにいるのは、私は、

 

「(【問王】パリドーネ……私は対人特化の準〈超級〉だ!)」

 

 地面を削り、そして書き上げる。

 

「うん? 何だ。何を書いた……?」

『私の名前は何でしょう』

 

 丁寧に逆さ文字で書くことで一目見て彼らにも理解できる文章。

 互いに認知されている問いであるからこそ、解答時間は最短。

 

『質問を認めます。制限時間は5秒』

 

 文字を見てから内容を確認し、そして答えるまでに。

 平常であれば彼らにとっては即答できるはずの問題。

 だが、彼らは言葉を封じたと思い込んでいたが故に、その慢心さから思考が停止してしまっていた。

 

『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』

 

 増えたステータスに、パリドーネの身体が軽くなる。

 

「……」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 満身創痍な肉体であっても、立ち上がる力くらいはある。

 そして、立ち上がれるならば――走れる。

 

「ッ!」

 

 一直線に駆ける。

 目標は、バベルの持ち主である英語担当。

 【問王】にとって最も厄介な言葉封じを解除しなければならない。

 

「く、来るなァ!」

「俺に任せろ。結局は無言での突貫だ。俺の言葉の重みで押し潰してやる。いいか、貴様は何をしようとも無理無駄一切の妥協を許さずとも成し得ることも出来ない愚か者であり無力な小娘だ。しかしながらそれでも貴様に価値を見出してやった俺達に感謝するところではつまりそこで首を垂れて跪き――何故止まらんんん……!?」

 

 少しだが、パリドーネの走る速度は落ちる。

 だが、それまでだ。

 完全に停止するまでに至らない。

 

 何故ならば、

 

「(その重圧のスキル……ステータスが低い者にしか効果が無いようです)」

 

 スフィンクスのスキルでパリドーネのステータスが下がってしまったが故に、彼女は抵抗判定に失敗し重圧に潰されていた。

 ならばステータスさえ上げてしまえばいいだけの話だ。

 無論、質問が出来なければパリドーネはスキルの発動が出来ない。

 

 だからこそ待っていた。

 彼らが油断し、うっかり誤答なり問題をスルーなりしてしまうタイミングを。

 

 英語教師へと辿り着き、パリドーネは彼の肉体に触れる。

 

「……?」

 

 その接触に攻撃の意思はない。

 彼女はただ、触れただけ。

 意味を理解出来ず、英語担当は自身に何が起こったかを確認し、

 

「……俺の体力が!?」

 

 HPが半分近く削られていることに仰天する。

 

 パリドーネ同様に【問王】のスキルでステータスが上がっていたにも関わらず、だ。

 上がったHPであろうと、ENDすら貫通して減ってしまっている。

 

「そんな力、【問王】にもエンブリオにもなかったはずだ!」

「……」

 

 即座に【問王】のスキルを切ったため、彼の答えに対して無言であってもステータスは変わらない。

 

「おの――」

 

 反撃に出ようとするも、パリドーネは英語担当の喉元を手刀で打つ。

 呼吸を妨げられ、のけぞった瞬間、首を捻ると、へし折った。

 

「……すう、はぁ……」

 

 消えていく英語担当を見送ると、パリドーネは深呼吸を置く。

 

「しばらく、呼吸すら忘れていました。これでは脳に酸素が行き渡りません」

 

 4人を見る。

 いずれも、唖然とした顔でパリドーネを見ていた。

 何が起こったか、理解できないでいる。

 

「さて、ここからは私が教師を代わります。いつまでも先生方に教えられているようでは、未熟者の域から出られないようなので」

 

 一歩、彼らは無意識に引いていた。

 以前のパリドーネからは決して放たれることのなかった圧が、今の彼女からは滲み出ている。

 有無を言わさずに教鞭を執ろうとする彼女に彼らは何も言い返せない。

 

「――さて、道徳の授業に入りましょう」

 

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