<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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22 追憶の罪状

■【深潜水士】マシラギ・スルガ

 

 人の言葉どころか、自分の言葉すら信じられなかった。

 否、信じられなくなった。

 時と場所、場合によって幾らでも言葉を紡いでくれる口でも、数瞬前に思っていることと違うものが出てきてしまう。

 それが自分の本心ではあるのだろう。

 だけど、いつまでが本心なのか分からない。

 数秒ごとに移り変わっていく自分の心と感情。

 どこまでも相手にとって都合の良い言葉を吐きだす口。

 

 いつしか嫌気がさしていた。

 いつになったら自分の奥底はみえるのだろう。

 いつまで浅瀬で波立たせているのだろう。

 

「僕はまた君と共に在りたい。だから、君の今の居場所を、僕にも教えてくれないかな」

 

 レシーブ・キープ属するクランの本拠地を探ること。

 それがマシラギに与えられたミッションであった。

 依頼者はどのような伝手を辿ったのか、まだこのゲームでの日が浅いマシラギを見つけ出し、そしてレシーブとの関係性まで知っていた。

 手駒として、レシーブの相棒として知られているパリドーネの怨敵とも呼べる5人をどこからか連れてきて貸し出してもくれた。

 そこまでやっても成功するかどうかはマシラギの口の上手さにかかっていた。

 懐に入り込む技術を駆使し、昔の恋人からクランの情報を聞き出す。

 それだけであれば簡単な依頼であった――相手がレシーブ・キープで無ければの話だが。

 レシーブは感情を使役する。

 マシラギがかつて教えた感情を計算する術を知っている。

 彼にとって言葉通りに上手くいかない天敵のようなものだ。

 

 だが、マシラギは成功した。

 レシーブの心の弱さを見抜き、欲していた言葉を投げ、感情を曝け出させた。

 

「(賭けは……僕に天運が向いたようだ)」

 

 弱さを見られたら、人は縋るか逆上するかのどちらかの反応をみせる。

 後者であればマシラギにそれ以上打てる術はなかった。

 どのような言葉で取り繕うとも、聞く耳が無ければ入り込めないから。

 

 レシーブはマシラギの心に縋りつくことだろう。

 するりと入り込んだ言葉が全身へと行き渡り、脳に沁み込んでいくはずだ。

 もう、マシラギ無しではいられない。

 唯一の理解者を失いたくない。

 そう、思うはずだ。

 

「私の今の居場所は……」

「君のクランメンバーはどこにいるんだい? 僕にも挨拶をさせてくれないかな」

 

 レシーブが口を開く。

 その瞳は濡れている。

 普段の、借り物の表情ではない。

 紛い物ではなく本物。

 マシラギですら初めてみた、彼女の本心。

 

「寂しかっただろう。不安だっただろう。でも大丈夫。僕がいる。僕が君の絶対、唯一だ。どこにも行きはしない。やり直そう」

 

 うすら寒い台詞が勝手に口から飛び出していく。

 無論、やり直す気なんてさらさらない。

 興味はあるが、彼女を近くに置くなんて爆弾を手元に置くことに等しい。

 それが半年間、彼女と共に居たマシラギの感想だ。

 

「私のクランの拠点は――」

 

 レシーブの手がマシラギへと伸びる。

 マシラギもまた、その手を掴み取ろうと左手を伸ばす。

 この手を結んだ時。

 その時こそ、レシーブはマシラギの傀儡と化すだろう。

 

「――誰が教えるものですか」

「は……?」

 

 レシーブの伸ばされた右手は、マシラギの左手を掴まずに過ぎ、心臓を貫いていた。

 自身の胸を見て、何が起こったかマシラギは理解できない。

 

「な、んで……。完全に僕の言葉に呑まれて……」

「ええ。私の心も感情も、貴方に完全に惹かれてしまっていました。このままではまずいと思いながらも逃れることは出来ないところまで。見事なものですね」

 

 だったらどうして。

 そう言葉を出そうとし、マシラギは気づく。

 レシーブの表情は既に変わっている。

 涙に濡れたあの心の奥底の孤独は消え失せ、今は憎たらしさ満開の子供のような笑みを浮かべている。

 どこかで見たことのあるような笑み、つまりは何かの漫画かアニメのキャラクターを模倣したものだろう。

 

「なので、切り替えました」

「……はい?」

「貴方に惹かれている感情を切り替えて、敵対しようと決めた冷酷な感情へと。冷徹で冷酷な私の顔、合ってます?」

 

 ニィッと笑うその笑みは悪戯が成功したような表情であった。

 

 感情を切り替えた。

 簡単に言っているがそんなこと容易に出来るはずがない。

 好意が少しでも残されていればそこを突くのがマシラギなのだ。

 それが出来なかったということは、彼女にとって感情は集合体なのではなく、それぞれが別の試験管に入っているようなもの。

 

「……合ってないよ」

「そうですか」

 

 途端に無の表情へとレシーブは戻る。

 

「……ちぇ。失敗か。良い線まで行ってたと思ったんだけどな」

「最大の失敗は貴方ともう出会っていたということです。初対面ならともかく、貴方を知って、敵意が少なからずある私を取り込もうとすれば、その敵意を前面に押し出されるのは当然でしょう?」

 

 その当然が出来ない者ばかりだからマシラギはこれまで上手く渡り合ってきたのだ。

 こんな例外中の例外が有り触れているわけがない。

 

「……仕方ない。君への接触はここまでとさせてもらうよ。他にもやりたいことはあるからね」

 

 するりと、マシラギは心臓を貫かれた状態から脱する。

 その肉体には一つの傷さえ無かった。

 

「手応えがあまりに無さ過ぎると思ったら。貧弱が故にではなく、エンブリオの力ですか」

「そんなところだね」

 

 そのままマシラギは背後の崖肌へと消えていく。

 レシーブはそれ以上追うことはしなかった。

 

「君の友達もどうやら勝負あったようだ。僕は無駄なことはしないのさ」

「そうですか」

 

 それが最後の言葉であった。

 マシラギ・スルガは完全にレシーブの視界から消えた。

 

 

 

 

■【問王】パリドーネ

 

「授業だと?」

「下らん」

「誰に口をきいている」

「我々の時間を無駄に浪費させるな」

 

 口々に、まくし立てられる言葉に、既に怯えることはない。

 彼らは恐怖しているのだ。

 会話で押しきろうとするのは、パリドーネが口を挟む余地をなくすため。

 5人でいたのは、5人で無ければ太刀打ちできないため。

 

「4人の……かつての先生方へと質問します」

 

 【問王】の《問答有用》とスフィンクスの《難考不楽》が同時に発動される。

 もはやスキルを惜しむことは無い。

 思考がはっきりとした今、パリドーネに答えられない問いなど無いのだから。

 

「人は何故、人を殺してはいけないのでしょうか」

『質問を認めます。制限時間は30秒』

『そうだなぁ、俺も同じにしておくか。30秒だ』

 

 長い。

 それだけ、解答の難度も高いということだろう。

 

 だが、家庭教師たちはパリドーネの質問を鼻で笑った。

 

「ハッ。何を馬鹿なことを言っている。そんなこと、子供でも知っている」

「ああ、そうだ。どこまでも俺達を愚弄しおって」

 

 彼らは口をそろえて解答を唱える。

 

『法律でそう決まっているからだ。故にこそ、この世界では人を殺しても現実世界で罪には問われん』

 

 自信満々に答えられたその解答は、

 

『不正解です。パリドーネのステータスを上昇します』

『とんだ大馬鹿野郎だな。じゃ、徴収するぜ』

 

 30秒という長い解答時間であったためパリドーネのステータスは大きく上昇する。

 反対に家庭教師たちは下がっていく。

 

「なっ――」

「続いての質問。人を無意味に殺した者は、人と呼べるのでしょうか」

『制限時間――』

「そうに決まっているだろうが! 人は人だ! お前達のような獣やコンピュータとは違う! 俺達は人間であり、心があるのだ。だから、さっさと口を噤め!」

 

 制限時間を告げる声すらも待たずに家庭教師の一人がそう答える。

 当然ながら不正解。

 

「……違います。人がそう簡単に人を殺していいはずがない。人を殺せばどうなるか……人は、死ぬのです! 殺してしまえば死んでしまうのです。もう誰にも笑顔を向けられないし言葉を……愛を語れない……その機会を永遠に奪ってしまうのが、殺人と言われる行為なのですよ!」

「だからどうしたァ! 俺達が殺したのはあくまでのこの世界に生息するヒトを模したコンピュータ。現実世界では1人も殺したことなどないわ!」

「この世界の人間も生きているのです! 私達と同じように誰かを愛して、誰かの為に悲しんで……人生すら投げうつ尊い覚悟すら決められる……」

 

 その事実に気づくのが遅れるほどパリドーネは愚かではない。

 ティアンと触れ合い初めて彼らも自分たちと同様に物事を考え、この世界で生活をしていることを認識した。

 同時に、自身がどれだけ償いきれない罪を重ねてしまったかも知った。

 

「まさか、今更後悔などでもしているわけではないな? お前もまたこの世界のヒト型を殺したという事実は俺達も知っている。だが、些細なことだ。否、ならばこそ俺達を責めることなど出来はしないだろう?」

「後悔など幾らでもしています! 些細なことではない! 私は、既に償うと覚悟を決めている。彼らの為にこの世界での時間も、命も惜しまないと決めた。だから、私は貴方達をここで殺します」

「やってみ――」

 

 強化されたパリドーネのステータスは、下げられた家庭教師たちの目で追うことすら出来ない。

 辛うじて、スキルを発動し数字や地形、化学物質で身を固めようとする彼らを、その上から殴る。

 そして、触れ、殴られた先からパリドーネのHPは回復していく。

 これこそは彼女の手に入れた特典武具の力。

 【依存心 シュママ】のスキル、《差異結合》。

 本来はHPの共有化であったスキルだが、一方的に吸い取るだけのものへと変化している。

 

「数字も、環境も、危険な物質も、全く痛くはない。貴方達の言葉はもう私には刺さらない。二度と、私の家に、私の前に現れるな」

 

 家庭教師たちの眼には怯えがあった。

 彼らは優位であったから声を大きくしていた。

 だが、パリドーネは反撃した。

 小心者である彼らは、二度目の反撃を許してしまったのだ。

 

「良いですか。両親を味方にしようものならば、私は両親の前で貴方達を質問漬けにします。覚悟を決めたならば来ればいい。だけど、私の質問に解凍できなかった時は、どうなるか、分かっているでしょうね」

 

 優秀な家庭教師であるからこそ、招かれている。

 その前提が覆されれば彼らは二度とパリドーネの家の敷居を跨げないだろうし、彼らの地位は失墜する。

 教え子の問題に答えられなかった教師として烙印を押されてしまう。

 そうなれば、この先の人生がどうなるか。

 分からない彼らでは無いだろう。

 

「さようなら、先生方。その知識量に対する自信だけは学ばせてもらいます」

 

 4人の家庭教師を下し、パリドーネは過去へと別れを告げたのであった。

 




エンブリオが出てこなかった家庭教師は単純にモチーフが思い浮かばなかったやつです(正直)

精神攻撃編(関係者との邂逅編)
これにて連投終了

次のボスラッシュはプシュケーさんあたりいくか
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