<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■???
広くもなく狭くもない部屋。
端的にいえば、何もない部屋。
窓も出入り口も、本来はあるはずのものがない。
家具はテーブルと椅子が二脚ただあるのみ。
まるでそれ以外は価値が無い、必要が無いとばかりに。
部屋そのものが、今だけのために作られたかのようだ。
「……早々に脱落しましたか」
頬にハートのテクスチャを張り付けた男――トランプマン・ハートワンは肩をすくめる。
テーブルにはレジェンダリアを模した遊戯盤のようなものが置かれている。
その遊戯盤の上には幾つもの駒が様々な色に分けられており、時折割れ消えている。
トランプマンの視線の先にあるのは真白の駒であり、それらのうちほぼ同時に8つ割れた。
「貴様の言う刺客とやらは役に立たなかったようだな」
対面に座るギロチンを思わせる雰囲気の男――エクゼ・キューショナーは呆れたように鼻で笑う。
元よりエグゼはトランプマンの手駒である刺客には期待しておらず、自身がキャラ作成段階から目をかけていた者しか気にかけていない。
「精神的相性が良い者であればトリガーになるかと思ったんですけどねぇ……」
4種あるトランプマンのうちハートのテクスチャを張り付けた者は特に心理操作や誘導を好む。
それはエンブリオの進化を促すためのトリガーとも合致しており、トランプマン・ハートワンとしては過去のトラウマを引き起こし、乗り越えさせれば〈超級〉に至る可能性もあるのではと考えていた。
だが、結果はいずれも外れ。
とある者はクラスメイトへ別れを告げ、とある者は家庭教師へと叛逆した。
それでもトリガーを引けなかったのは、彼女達が既にその程度の精神的強さを得ていたという証であろう。
「これでは足りませんでしたか」
「ふん。ハートワンでは力に限界があるようだな。いっそのこと、クイーンやキング、ジャックあたりを呼んでこい」
あるいは、万能性かつ危険性を孕んだジョーカーを切っても、〈超級〉を増やすためであればいいのではないかとエグゼは考えている。
無論、増やしたその先を考えれば安易に使えない手札だ。
だが、温存したまま計画が無為に終わっては道化よりも馬鹿げたものになろう。
「はは……これは手厳しい」
自身の能力が低いことを揶揄されたハートワンは苦笑しながらも、退くことは無い。
最も能力が低いが故に最も動きやすい立場。
こうして表の管理AIからも警戒されないでイベントを起こせているのも、ひとえにハートワンがハートワンである故。
とはいえ、今以上に能力を求められるのであれば、確かにスートが上の者が必要になるだろう。
ハートキングやクイーンであれば、〈超級〉に等しい精神操作が扱えるし、ダイヤキングやクイーンであれば情報操作もお手の物だ。
だが、だからこそ、現在のイベント以上に重要な任務に彼らはかかりきりになっている。
「ですがキング達も来られない事情がありまして」
「……ふむ?」
トランプマンとエグゼは役回り上組むことが多いが、その全てが共に行動しているわけではない。
エグゼの知らないことをトランプマンは知っているし、トランプマンがいないところでエグゼが暗躍していることもある。
「僕が彼らルーキーと言っていい程の者にしか関与出来ないのは確かです。なので、キング達には相応の相手をしてもらっています」
「準〈超級〉か?」
「いいえ。それでは今と然程変わりない。宇宙人、地底人、幽霊、超能力者、あるいは人工知能……多種多様の精神性の持ち主でも許容範囲のうちであれば彼の世界はプレイヤーとして受け入れています」
そして、そういった特異的な者であるほどに世界を回し、進化を繰り返している者が多い。
「なんだ。だったら、異世界人でも連れてくるつもりか?」
それこそ冗談だろう、とエグゼは笑い飛ばしたように答えた。
だが、エグゼの言葉にトランプマンは黙ったまま頷く。
「……まさか、正気か?」
宇宙人、地底人、幽霊、超能力者、人工知能……いずれもプレイヤーになれたのは、この世界にいるからだ。
どれだけ光年が離れていようとも、地球の奥底にいようとも、この世界にいる以上は、その存在を認められている。
だが、異世界人は違う。
そもそも異世界がどこにあるのか、座標も時空も存在証明も、何もかもが未確定。
連れてくる以前に発見が困難なのだ。
「ええ。苦労しましたとも。異世界の座標を調べ上げ、時間軸を計算し、扉をこじ開け、存在ごと連れてくるのは不可能でしたが魂を模倣し、こちらの世界に押しとどめる。生半可な力では出来ない所業です」
それをやってのけた。
それだけの力を使ってみせた。
「おい……」
「ジョーカーを切りました」
そのための切り札。
最初で最後、一回きりのズルをここで行う。
ダイヤによる座標と時間軸の計算、スペードによる扉の開閉、ハートによるコピー、クラブによるペースト。
それら全てをキングに等しい力で行えるのがジョーカー。
「だが、代償はどうした。ジョーカーは決して望むべき結果を持ち帰りはしないはずだろう」
能力はあるが安全性に欠けるのがジョーカーである。
ブレーキが利かず常にアクセルを踏みっぱなし。
目的の為であれば過程も結果もどうでもいいと、そう捉えている。
「異世界から〈超級〉と成り得る人物の魂を持ち帰る。ジョーカーにはこれだけを守らせました」
「なるほど……」
それならば、問題はなさそうだ。
その先に異世界が壊れようと、エグゼが危惧すべきことではない。
「魂の模倣先はハートキングやクイーン達に設定するつもりです。我々が求める〈超級〉の枠には入れられませんが、刺激にはなる。そこに存在するだけでかき回す存在を複数、投入することになるのですから」
劇薬を用いた実験のようだとエグゼはそんな感想を心中で述べる。
そこにジョーカーを切る必要があったのかは分からないが、ジョーカーを切らなければ成せなかったことであろう。
ダイヤの上位陣がそう判断したのであれば、エグゼも異を唱えることは無い。
何よりも、トランプマンにはトランプマンとしての役割があるのだから。
「12号や13号は温いんですよ。準〈超級〉として立ちはだかる? 同じ準〈超級〉が倒しておしまいではないですか。〈超級〉を準〈超級〉が倒したその時こそ、〈超級〉に至る可能性が高まるのに」
「違いない」
「さて、そろそろ魂も定着する頃合いです。どのような人物が……あ」
と、そこでハートワンは動きを止める。
まるで自動車事故を起こしてしまった運転手のような、しまったといった顔で視線を泳がしながら言葉を探す。
「……どうした」
「あ、いえ、その……」
どう答えればいいのか。
分からないままに、ハートワンは頭に浮かんだ言葉そのままを絞り出した。
「乗っ取られました」
「うん?」
その意味を飲み込めず、エグゼは初めて鉄面皮を崩した。
「いえ、魂を模倣し定着させたので乗っ取られたという言葉は正しくはないのですが……定着させようとその根底にはハートキングやクイーン達があるので、ある程度の心理操作が可能なはずだったんです。流石にやり過ぎてはいけないので、歯止めをかけるために……」
だが、ハートワンは言った。
乗っ取られた、と。
歯止めをかけるためのキングやクイーン達を以てしても。
「そう、汚染です。ハートキングやハートクイーン達の強固な精神保護が汚染され、完全に異世界人の魂だけで定着してしまいました。精神性だけで、〈超級〉や準〈超級〉に等しい力を持つ彼らが乗っ取られたのです!」
まるで悲鳴だ。
ハートワンからしてみればキングの力など神にも等しいはずだ。
それが及ばなかったとなれば、更には奪われてしまったとなれば、世界を失ったにも等しいだろう。
「彼らは直ぐに彼の世界に降り立ちます。そして……活動を始める! どれだけの被害を及ぼすか、分かったものじゃない!」
だが、エグゼもトランプマンも裏とはいえ管理AIの一員。
直接的に〈マスター〉に手を出すことは出来ない。
「そう、焦るな」
だが、エグゼはあえて落ち着いてみせる。
大したことではないと。
「なればこそ、好機。そのような異世界の侵略者を倒せるほどの者がいるならば、〈超級〉にも至れるだろう」
結果は変わらないのだ。
〈超級〉を増やせるのであれば。
ほんの少しだけ世界の被害が増える。
焦る必要などない。