<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■偽レジェンダリア 首都アムニール
そこはまるで、戦場のようであった。
怒号が、矢が、悲鳴が、砲弾が、そしてそれ以外にも飛び交い、命が散っていく。
血と硝煙と泥が混ざったような臭いが漂い、鼻をつく。
だが現実味を帯びないのは、戦場であるということではなく、やはり魔法やスキルの存在であろう。
矢や砲弾以外にも煌びやかな光線や三大属性に連なる魔法、必殺スキルは決して現実では見ることのできない光景。
見る者によっては、自身の命が危険に晒されているにも関わらず思わず見惚れてしまう。
【狙撃名手】リーガル・ルールはそんな隙の生じた者の頭を射抜く。
「Hit」
百数十m先の人間の頭が破裂するのを確認し、リーガルはレンズから目を離す。
周囲の索敵をしつつ、音もなく次弾を装填する。
全身の迷彩は確かに自身の肉体を完全に隠しているだろう。
だが、今殺した人間の周囲にいる者が弾丸の発射位置を特定しないとは限らない。
「clear」
付近に誰もいないことを確認したリーガルはすぐにその場を離れようと立ち上がり、そして担いだ銃身に僅かに重みが加わったのを感じた。
「……チッ」
すぐにその重みは全身へと広がっていく。
そして、視界も僅かに滲む。
雨が、静かに降り始めた。
まるで諍いを止めるかのように、終戦の合図かのように。
「黒い雨ってわけじゃねえな」
昔みた映画のような汚染物質を含んだ雨ではないようだ。
《殺気感知》や《危険察知》も反応はせず、その雨に危険は無いと知らせる。
イベントであっても天候は動かしているんだな、とリーガルは考える。
それはそうだろう。
朝、昼、晩と時間が流れるのであれば、風は雲を運ぶのも道理。
雨雲がたまたまこちらに流れてきたのだろう。
「……?」
なぜかリーガルは違和感を覚える。
だが、その正体まではつかめずに、ひとまずその場を離れようと歩き出す。
どのみち雨が降っていてはリーガルの戦闘力は落ちる。
滲む視界の中ではスキル補正があっても命中率は下がるだろうし、雨粒で弾丸は僅かに沈むであろう。
ならば他に場所を移し、そちらで活躍しようという考えだ。
「クランの奴らはもう半分か。……ポイントはまだフラッグが残っているからプラスといったところ。もう少し稼ぎたいか」
リーガルの所属するクランは早々にオーナーが死亡してしまったため、大量のポイントが失われてしまっていた。
その失点を取り返そうと、各々が躍起になってはいるが、却って慎重さに欠けた行動を取ってしまい、メンバーも次々に死んでいった。
そうして残った者が後衛やサポート職ばかりとなったために、リーガルもまた点取り合戦に積極的にならざるを得なくなってしまっていた。
「剣やら魔法やらはこういう時だけ羨ましくはなるな。雨なんざ関係ない」
実際は多少なりとも影響はあるのだろうが、スナイパー程ではないだろう。
そんなことを呟きつつリーガルは次なる戦場をどこにしようかと模索し、
「……!? 違う、そうだ、違和感は……! この雨が降り始めた時からか!」
違和感の正体にようやく気付いた。
「《殺気感知》……《危険察知》……クソッ、反応が無い。スキルのセンサーがぶっ壊れたわけじゃ無ぇ。だったら……ああ、クソ、これは、この雨は……人為的なものだ」
ライフルのレンズを覗く。
雨粒で滲んでしまってはいるが、それでも無いよりはマシだ。
戦場ど真ん中を、そこに立つ〈マスター〉達をより詳細に知るためには、視力の補正は必要になる。
「ちっくしょう! やっぱりだ! 奴等、棒立ちになっていやがる!」
レンズの先は戦場。
剣やら魔法やらを放つ〈マスター〉が幾人もいる……はずであった。
だが、今はその〈マスター〉達は皆、呆然と立ち尽くすばかり。
いや、何らかのスキルを放とうと動こうとはするのだ。
途中でその動きが止まってしまうだけ。
違和感とは《殺気感知》と《危険察知》の両方に一切の反応が無かったこと。
始めは雨に危険性が無いからだと安易な答えで満足してしまった。
危険がないのならば良いではないかと。
だが、違う。
ここは戦場だ。
常に攻撃スキルで溢れているし、リーガルは1人の〈マスター〉を殺し、反撃を恐れて移動しようとしていた。
その時点で《危険察知》くらいは反応があっても良いはずなのだ。
あるいは、範囲攻撃に巻き込まれる可能性から時折反応があった。
それら全て掻き消えた。
雨の後から。
ならば、この雨は何らかの意図あってのもの。
即ち、
「【戦意喪失】だと……!?」
すぐにこの場から立ち去るのが賢明な判断だったとリーガルは後悔する。
違和感を覚えたにもかかわらず、そのまま雨に打たれ続けることにメリットなど無いのだから。
むしろこうして、正体不明の攻撃に晒されることとなってしまった。
【戦意喪失】。
それは歴戦の〈マスター〉であるリーガルにも聞いたことのないものであった。
いわゆる、特殊状態異常の一つであり、精神系に数えられる。
その効果とは、他者への攻撃行動の禁止化。
剣は振れぬし魔法は放てぬし銃は撃てぬ。
たとえダメージの発生しないものであっても、それが害する目的となるのであれば、使えなくなってしまう。
とはいえ、自身を回復したり、移動も特段制限されることはない。
場の鎮圧のみを目的とした状態異常である。
「いや……使用者のみは攻撃が出来るんだとしたら一方的な嬲り殺しになるじゃねえか……!」
平和的どころか、より物騒な状態。
いっそのこと雨に殺傷性が含まれていたほうがまだマシであったかもしれない。
「そんなことはしませんよ」
レンズを覗くリーガルの背後から声がかけられた。
「……!」
「驚かないでください。心臓でも止まったら一大事ですからね」
振り返ると、そこにいたのは修道女のような姿の少女であった。
リーガルが視線を向けたことに気づいた少女はニッコリと笑う。
一般的に見れば可愛い部類の入るだろうが、この状況では異質さが目立つ。
「アンタ……〈洛陽創世会〉の人間か?」
修道女……つまりは宗教に関係する人間の可能性。
そしてこのイベントにおいて宗教とは〈洛陽創世会〉。
その質問に少女はムッとした表情をつくる。
「失礼な。私をあんな暴力的な人達と一緒にするなんて」
頬を膨らせるも、少女はしかし攻撃的な行動に出ることは無い。
「でも、良いです。許しましょう。神は無粋な争いも諍いも好みません。みんなで手を取って、歌って踊って、平和的に和平を築きましょう」
少女はアイテムボックスからギターを取り出し演奏を始める。
かなりパンクであった。
「……」
少女の衣服に似つかわしくない楽器と演奏に言葉を失くす。
だが、失っている時間はそう長くなかった。
音楽に合わせて身体が動きだす。
そう、自然に……ではなく不自然に。
「あはっ! 良いですよ。音楽とは平和の証。物騒なものは捨てちゃいましょう」
レアモノのライフルを身体は勝手に投げ捨て、音楽に合わせて踊りだす。
「これは……これがアンタのエンブリオの力か!」
「いえいえ。これは【音楽家】系統のスキル、《シャルウィダンス》です。演奏者の音楽に合わせて踊るだけの決して害の無いものですよ」
そのままリーガルは隠れていた茂みから飛び出し、戦場へと歩を進める。
無論、肉体が勝手に、だ。
少女の演奏がリーガルの肉体を運んでしまう。
「やめ、ろ……」
「人殺しは喜んでやっているのに? 殺さないことを何故そんなに苦しそうにしているんですか?」
リーガルの言葉に対し少女は首を傾げる。
これでは生き地獄だ。
戦う力を奪われ、無力化され、踊るだけの人形にされてしまっている。
戦場にはリーガルと同様の運命をたどっている者達が輪になっていた。
「さあ、仲間に加わってください。遠慮なんて要りませんよ。みんな、仲間ではありませんか」
輪を作る者達は悔しそうな、苦々しい表情ばかりであった。
嬉しそうなものは一つも無い。
「オイ! 俺達を自由にしろ!」
「そうだ! ここは戦場だぞ!」
少女が輪に近づいたことで、そして少女の演奏に合わせて踊らされていることに気づいた〈マスター〉達が怒りをぶつける。
だが、少女は涼しい顔でそれを受け流す。
「戦場であったのは先ほどまでです。今はここはキャンプファイアーの会場のようなもの。雨の降る限りはみんなで歌って踊って楽しみましょう」