<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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25 光の御名において 前編

■【魔法少女β】プシュケー・アーチ

 

「く、来るな――」

「(あちらは1,2,3……5)」

 

 悲鳴があがる。

 

「くそっ――」

「(4,5,6……こちらは8)」

 

 諦めた声がする。

 

 目的の場所に辿り着くまでに一体幾つの命が散っていったか。

 プシュケーは数えない。

 数える暇がない。

 

「……こちらも!」

 

 迫る10体の天使をスウェーコンで弾き飛ばす。

 その間隙を縫うように2体の天使がプシュケーの懐へ入り込む。

 1体は触れる寸前にスウェーコンの柄で叩き落としたが、もう1体は間に合わず左腿へと手を伸ばされた。

 

「すぐに何も起こらない……からと油断はできませんわね」

 

 先程から数えていたのは規則性。

 周囲で死んでいった〈マスター〉達はいずれも天使に触れたことがトリガーとなって死亡している。

 HPが徐々に減っているのではなく、瞬時にゼロとなっているため、ダメージの発生というよりも何らかの特殊状態異常に近いものなのだろう。

 ならば何体の天使に触れられたらアウトなのか。

 

「どうやら耐久性……ENDに依存しているみたいですわね。私であれば8体程度かしら」

 

 明らかなタンク職では10体以上の天使が触れなければ死なないし、後衛職や回避盾のような役割の者は5体程度で死んでしまう。

 上限は分からないが、自身の耐久性に見合った天使に触れられたら死ぬ。

 

「見切りましたわ」

 

 むしろ、その程度の甘い条件だったかとプシュケーは安堵する。

 そもそも一撃必殺が存在するこの世界。

 数回も受けて良い攻撃と考えてみれば、生易しいものだ。

 

「それに、触れた天使もまたこちらは迎撃できる」

 

 左腿の天使を摘まみ、一思いに握りつぶす。

 天使は断末魔をみせることもなく、ただ消滅していく。

 

「これで私はまだ無傷同様、と」

 

 ならばまだ先に進める。

 どうやら他の〈マスター〉達もそのことに気づいたようで、遠くの天使よりも先に自身に触れたものから処理を始めている。

 

 今、周囲の〈マスター〉は彼ら同士で戦うことはせず、ただ天使が飛来してくる方角へ目指し走っていた。

 

「なあ、アンタ……“綺羅星”だな?」

 

 その中の1人がプシュケーへと声をかける。

 

「ええ。私こそがハイパーウルトラアルティメットビューティフルスターで間違いありませんわ」

「はいぱー……? とにかく、その美しさと自尊心は間違いなさそうだ。この辺りで生き延びている俺達全員で手を組まないか? 勿論、あの天使の出どころを叩き潰すまでだが」

「ふぅむ……」

 

 果たしてその行為に美しさはあるのか。

 プシュケーは少し悩む。

 一時的な停戦ならまだしも、手を組む。

 もしも敵が1人ならば、集団で囲むことになるだろう。

 

「勿論、ポイント目当てに否を唱えるやつもいた。アンタもそうだというのなら無理強いはしないが……」

「ポイントは別にそこまで気にしていませんわ」

「だったら――」

 

 空中に浮かぶ巨大スクリーン。

 その麓までおよそ百m。

 遠距離攻撃を可能とする者であれば必殺スキルの発動も視野に入れた頃、戦局は更に動いた。

 

「止まって!」

 

 そう周囲に呼びかけながら、プシュケー自身も急停止する。

 彼らの眼前で天使達は一部を残し、一か所へと集まっていく。

 

「何か……様子がおかしいですわ」

 

 一部だけは未だ空を駆け〈マスター〉達を始末しようと迫っている。

 だが、その数はかなり減った。

 ほとんど牽制レベルであり、たとえ触れられてしまったとしても死ぬまでの数では無いだろう。

 

「天使たちが……合体していく?」

 

 一か所に集まった天使達は1つの巨大な天使へと成りつつあった。

 体躯10㎝が1mに、10mにと徐々に大きくなっていく。

 

 そこへ、パチパチパチと手を叩く音が響く。

 

「ようこそ。〈洛陽創世会〉は別に門戸を閉ざしているわけではありませんが、ここまで来られた皆様であれば特別な対応をさせてもらわねばなりません」

 

 巨大な天使の傍には1人の若い男が立っていた。

 “天使長”とも呼ばれていたアークヴェルトという男だ。

 彼の頭の上には輪が浮かんでおり、その輪の中から小さな天使が幾体も幾体も溢れてきている。

 

「我が愛くるしい天使たちの歓迎はどうでしたか。普段であれば触れるのすらおこがましいのですが今回は特別です。その対価として少しだけ、対価もいただきましたが」

「対価ってのは命か?」

「全然少しじゃねえよ」

 

 憤る〈マスター〉達の言葉をアークヴェルトは涼し気な顔で流す。

 

「神秘が降臨するには対価が必要となるものです。いつの世も、それに気づけるか気づけないかは愚者を見分けるにうってつけだ。あなたがたは……どうでしょうか」

 

 首を傾げるアークヴェルトに対し、返答は――

 

「《クリムゾン・スフィア》!」

 

 ――火球。

 

 放ったのは先程プシュケーに同盟の提案をした者であった。

 

 巨大な火球は天使を丸々呑み込んでいく。

 ぼうぼうと揺らぐ業炎は藻掻く天使を残らず平らげようと広がる。

 なるほど、一か所に集まり敵は力を蒐集させようとしていたみたいだが、こちら側としても一度に倒すチャンスであったというわけだ。

 アークヴェルトの頭上から天使が補充されていくが、燃え広がる天使が他の天使に触れ、炎が伝染していくことで巨大な天使を構成していた大部分が燃えおちた。

 

「やったか!」

 

 火球を放った〈マスター〉はアークヴェルトの切り札らしき巨大な天使を倒したことでガッツポーズをし――全身が炎に呑まれた。

 

「……え?」

 

 隣で炭と化していく、先程まで生命だったものにプシュケーは驚きつつ、被害が自身にまで広がらないよう距離を置く。

 どうやら足元の草花さえ燃えていないことをみるに、何らかのカウンタースキルが発動されたようだ。

 

「(ジャミラさんの《ミラー・フォース》に近しいもののようですが……軌道上に跳ね返されたようにはみえない……。あるいはダメージの反射?)」

 

 否、巨大な天使は未だ燃えている。

 

「やれやれ……」

 

 と、アークヴェルトが肩を竦めながら、巨大な天使へと小さな天使の供給を止め、別の場所で巨大な天使の生成を再開する。

 既出の巨大な天使は消滅し、隣で新たな天使が完成していく。

 誰も、その天使に手を出す者はいない。

 先の者と同じ末路を辿ることは必須だと理解したからだ。

 

 小さな天使達が臆した〈マスター〉らに迫る。

 彼らは先ほどまでの戦意を失ったかのように、天使達から逃げようと身を引く。

 ダメージの転嫁などというものを見せられてしまった今、安易に天使を倒すという考えが出来なくなってしまっていた。

 もしも眼前の天使全てがダメージを転嫁するのであれば、もはや逃げるしか手は無いだろう。

 

「――そんなわけありませんわ」

 

 だが、そんなことが出来るのであれば最初からやっている。

 プシュケーはスウェーコンで天使の群れを次々と裂いていく。

 

 プシュケーの肉体にダメージは……無い。

 

「皆さん! あのダメージが返ってくるのはあの巨大な天使のみですわ! そちらには手を出さずに――」

「よっしゃぁ! いくぞぉぉぉぉ」

 

 プシュケーの行動に感化されたのか、〈マスター〉の1人が天使の群れに突撃する。

 剣士として腕が立つのか、手に持った剣は天使を寄せ付けず、天使を1体足りともその身に触れさせない。

 そしてそのままアークヴェルトへと接近し、彼へと剣を振り下ろす。

 

「《主よ、彼らに償いの機を》」

 

 だが、それよりもアークヴェルトの掌から1体の天使が躍り出る。

 その体躯は1mほどのものであり、表情は豊か。

 小さな天使が静的な印象を受けるのであれば、こちらは動的とでも表そうか。

 

 天使は剣士の振り下ろす剣に自ら身を差し出す。

 剣士は天使に構うことなくアークヴェルトを斬ろうとし、天使を両断したと同時に彼もまたその身を二つに別つこととなった。

 

「……みえましたわ」

 

 その光景をプシュケーは確かにみた。

 輪とは別の場所、アークヴェルトの掌から出た天使。

 明らかに別物の天使。

 

 複数体に触れられたら死ぬ天使と、ダメージをそのまま返す天使。

 2つの天使を使い分けるスタイル。

 それがアークヴェルトという男の戦い方だろう。

 

 巨大な天使はただの集合体に過ぎず、よくよくみれば中枢部に幾体かのダメージ転嫁の天使が紛れていた。

 

「さて。そろそろあなたの番ですかね――プシュケー・アーチさん」

 

 気づけば、プシュケー以外の〈マスター〉は全滅していた。

 そして、それを待っていたのだろう。

 天使は動きを止め、アークヴェルトはプシュケーへの名を呼ぶのであった。

 

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