<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「あら。私を存じていましたのね」
「それは勿論……名だたる戦士は警戒していますとも」
美しさで名が知れ渡っているわけではないのかと少しの落胆をしつつも、プシュケーはスウェーコンを握りなおす。
厄介なのはアークヴェルトよりも天使だ。
それも、触れたら死ぬ小さな天使。
こうして会話している中でもどこから迫っているか分からない。
「扱うエンブリオはワルキューレ。神の戦場に降り立つ乙女とは……」
「そちらこそ。天使のエンブリオとは実に美しいではありませんの」
一度は目を奪われたエンブリオだ。
能力はともかく、その姿は天使らしく美しい。
「そうですか……褒められると素直に嬉しいものですね。彼らは【救済天使 フランダース】……あのフランダースの犬に出てくる天使がモチーフのようです」
「ああ……そっちがモチーフになりましたの」
主人公の少年や犬ではなく、最後にお迎えにくる天使がモチーフになろうとは。
それはそれとして、フランダースという物語を表してはいるのだろうが。
あの物語の救いを象徴する存在ではある
「ダメージ転嫁の方はジョブスキルですわね。確か“天使長”と呼ばれていた……将軍系統の超級職で【天将軍】があると聞いたことがありますわ。その系統でしょう」
「正解です。【天将軍】が奥義《主よ、彼らに償いの機を》。フランダースとは別物の力ですが、僕は両方に天使を司る能力を与えられました。だからこそ”天使長“と呼ばれるのです」
別系統だからこそ天使の姿が異なっている。
そして、それさえ分かれば、攻略法はみえてくる。
「プシュケー・アーチ。僕はあなたを勧誘します」
「……なんですって?」
「その美しさ。強さ。象徴としては相応しい。“天使長”、“磔刑”、そこに“戦乙女”が加われば、〈洛陽創世会〉は目的を果たすために動きやすくなるでしょう」
「ろくでもない目的ですわよね。知っていますわよ、次なる世界でしたわね……今を諦めた貴方方に貸す力などありませんわ」
プシュケーがスウェーコンを振るう。
アークヴェルトは掌から表情豊かな天使を生み出すと、それを盾のようにスウェーコンの軌道上に巡らせる。
プシュケーは慌ててスウェーコンを引き戻すが、その隙に巨大な天使が拳を振るう。
巨大な天使……それは小さな天使の集合体だ。
拳にも幾体もの天使が紛れており、拳に触れるということは幾体もの天使に触れることとなる。
それはつまり、天使の即死能力の条件を満たすということであり、絶対に避けるべきものだ。
プシュケーは巨大な天使の拳を避けつつスウェーコンで拳を引き裂く。
幸いにも、その拳に表情豊かな天使はいなかったようでプシュケーにダメージは転嫁しない。
「運が良かったですね」
「運ではありませんわ。【天将軍】由来の天使……そちらはそう多くは出せませんわよね。せいぜいが5,6体……貴方の周囲に5体、そちらの巨大な方には1体でもいるかどうか」
「……そこまで見抜きますか」
「あてずっぽうですわ。でも、当たりのようですわね」
幾ら超級職といえども強力なものほど制限がかかる。
複数体の強いモンスターを召喚するのであれば、その複数体もコストが多数にかかるか、召喚数に制限があるはず。
そのプシュケーの推測は当たっていた。
「勧誘失敗、と。……ではご退場願う他ありませんね。天使を増やしましょう」
アークヴェルトは溜息をついた後、改めて必殺スキルを唱えた。
「《
■【天将軍】アークヴェルト
経営に失敗したのは、単に自分が今回の世界に順応していないから。
多重の債務も、差し押さえも、もはやどうでもいい。
かつては絶望の淵に立ったものだ。
家族も友人も失い、頼れる先も無かった。
自分を置いていった妻子も、裏切った友人も、皆、いなくなった。
義母を通じて娘へ宛てた手紙も終ぞ返ってくることはなかった。
誰も救ってくれない。
誰も期待してはいけない。
このまま首を括り、ならば少しでも借金の返済にあてようとした時、その会に出会えた。
『〈洛陽創世会〉で新たな世界へ飛び込んでみませんか!』
聞いたことも無い宗教の勧誘チラシであった。
いつからそれがポストに入っていたのか分からない。
幾枚もの督促状に紛れており、一緒にテーブルに投げ捨てた時、その一枚だけが床に落ち、拾い上げた際に目に入ったのだ。
人生など投げ捨てるだけのものだと思っていた。
借金を返しつつ細々と暮らすか、借金のことなど考えないために死ぬか、その二択だった。
だからいっそのこと投げやりな気持ちで〈洛陽創世会〉へ訪れた。
新たな世界とはどういうものか、興味があった。
そこで待っていたのはどこにでもいるような中年の男だった。
周りから教祖と呼ばれるその男は、アークヴェルトの言葉を聞くと、一度だけ頷き、
「お辛かったでしょう」
とだけ、同情の言葉を述べた。
少しだけ、安堵と共に肩を落とした。
安堵は無理な勧誘をされなかったから。
壺でも買わせられるかと思った。そんな金も無いが。
だがそれ以上に、もしかしたら自分の話を真摯に聞いてくれるのではないか、そういった期待もあった。
男の言葉はその一言だけ。
そして帰る際に借金と同額の入ったカバンを渡された。
新手の詐欺かと疑い、すぐに自分を恥じた。
先の男の声はそんな安っぽいものでは決して無かったからだ。
そして、深い感謝のお辞儀と共に、アークヴェルトは〈洛陽創世会〉への入会を決めたのであった。
あの時、何故大金をすぐに渡されたのかは分からない。
自分の何がそこまで教祖様に目をかけていただけたのか。
ただ、教祖様の言葉は、声は、安らぎを感じる。
偽りだらけのこの世界の中で、信じたいと思わせてくれる。
裏切られ続けたアークヴェルトにとって、それは救いそのものだ。
「貴女にも安らかな眠りを……プシュケー・アーチ」
アークヴェルトの必殺スキルである《
とはいえ、即死までの条件もあり、それは相手の耐性を超えなくてはならないということ。
天使が触れる程にその耐性は下がっていき、一定の閾値を下回った瞬間、《天使の取り分》は機能する。
加えて、【天将軍】は天使に特化した軍団指揮超級職である。
《軍団》は配下の天使の数を増やせ、フランダースの天使もまたその枠のうちに入っている。
加えて、【天将軍】の《軍団》はとりわけ指揮に長けているようで、天使達に細かな指示も可能となる。
天使を一か所に集めて巨大な天使を形成させたのもこの力のおかげだ。
複数体の接触を条件とする《天使の取り分》も、複数体が一か所に集まっていれば満たしやすくなる。
これだけでも【天将軍】とフランダースのシナジーは十分。
そこへ奥義である《主よ、彼らに償いの機を》で守りを固めることで更にアークヴェルトの戦術は盤石となる。
〈洛陽創世会〉の中でも“磔刑”と並んでツートップと呼ばれる実力者だ。
生半可な〈マスター〉では束になっても相手にならない。
「まだ眠りには早いですわ」
そして、今アークヴェルトの眼前に立つのは生半可どころではない実力者。
彼女の隣にはいつの間にか、斧を手にした小さな少女が立っていた。
「美容の為に早寝早起きはかかせませんけど――」
プシュケー・アーチの手にある槍が黄金の輝きに包まれる。
「会ったばかりの殿方の前で熟睡出来る程、呑気な性分ではありませんもの」