<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クラン〈洛陽創世会〉拠点入り口
「おいおい、俺を呼び出す程か? このくらいなら1人でもやれただろうに」
プシュケーの隣に立つ少女、ブリュンヒルドは犬歯を見せ、主を挑発する。
「呼び出す程ですわ。他のワルキューレでは荷が重いでしょうし、なによりもあの天使の相手は……」
ブリュンヒルドの手に握られた斧を見る。
錆びに塗れた分厚い刃だが、切れ味は見た目ほどに落ちていない。
どころか、この斧は神の領域に入っている。
「スウェーコンよりもドラグロットの方が良いでしょうから」
神話級武具【分斧双翁 ドラグロット】。
プシュケーがスウェーコンを得物とするため、自然ブリュンヒルドへとアジャストした新たな武器である。
「俺は雑魚処理か」
「本体よりも面倒な手合いですわ。……ああ、嫌ならば仕方ありません。あなたが可愛らしく応援してくれるのであれば、1人で何とかしてみましょう」
「……チッ」
好戦的なブリュンヒルドはただ憎まれ口を叩きたかっただけのようで、舌打ちをした後にドラグロットの刃先を巨大な天使へと向ける。
「ま、いいさ。マスターを助けるのも俺の役目だ。話は聞いている。即死とカウンターね……何とかなるだろうさ。まずはあのデカブツを叩けばいいんだろ?」
「それで十分ですわ。細かなものはこちらで」
「応!」
ブリュンヒルドは小柄な体躯を生かし、地面すれすれを駆ける。
対する巨大な天使は大振りな攻撃しか行えない。
そも、小さな天使の集合体だ。
集まって、1体のように攻撃出来るだけでも相当な精度。
ブリュンヒルドは天使の攻撃をすり抜けるように足元へ辿り着き、斧で斬りつける。
「では、あちらは任せるとして。私は貴方と決着を付けさせてもらいますわね」
プシュケーもまた、アークヴェルトへと対峙する。
迫り、アークヴェルト周囲の笑う天使を潜り抜けると、彼目掛けてスウェーコンを伸ばす。
「僕自身に戦闘力は無いと、読んでいますか」
「ジョブもエンブリオも底が見えましたわ。これ以上の輝きはないのではなくて?」
プシュケーの言葉にアークヴェルトは苦笑する。
確かに彼女の言葉通り。
アークヴェルトの手札は全て見せている。
これ以上、彼に使える手は無い。
スウェーコンはアークヴェルトの胸元に届く――寸前に阻まれた。
彼の頭上から降り立った一機の車いすによって。
「……!」
「遅かったですね――“磔刑”」
車いすに拘束された小さな少女。
彼女こそがアークヴェルトと並ぶ〈洛陽創世会〉の戦力。
「アッカウントが脱落しました。その後処理に時間がかかりました」
「ああ……地雷処理ですか。お疲れ様でした」
“磔刑”と呼ばれた少女に許されているのは右手指を動かすことのみ。
たったそれだけで車いすを操作している。
何度かスウェーコンを伸ばすも、その全てが車いすによって弾かれる。
プシュケーは迂闊に近づけない。
”磔刑“のアークヴェルト以上の底の知れなさと、単純なつよさを感じ取ったからだ。
「……手伝いますか?」
「いえ、もはや十分でしょう。天使の補充もできました。あなたは、あなたの任を」
「……そうですか。ああ、それはそうとして」
“磔刑”は一度だけプシュケーへと振り返る。
「懺悔も、祈りも、救済も……求める時点で弱くなる。だからそれを捨てた私はつよく、あなたの強さは私には通用しない」
“磔刑”はアークヴェルトの言葉に小さく頷くと、その場から去っていく。
およそ車いすでは出せないであろう速度で。
「……あれは」
「ああ。見た目こそ車いすですが、〈マジンギア〉の一種ですよ。特注ですけどね」
そういうことを聞きたかったわけではないが、あの速度やスウェーコンを弾いた謎は解けた。
「では“磔刑”によって時間も稼げましたことですし……反撃といきましょうか」
アークヴェルトの背後から夥しい数の小さな天使が羽ばたいていく。
密かに生み出し続けていたのだろう。
それらを一斉にプシュケーへとぶつけるために。
「流石の貴女もこの数の前には――祈るしかないでしょう」
天使はプシュケーへ、ブリュンヒルドへと飛んでいく。
そこに笑う天使は混ざっていない。
触れれば即死する天使のみ。
「であれば、祈るよりも示すまでですわ。私の美しさを」
スウェーコンを回転させ、プシュケーはワルキューレのスキルを発動した。
「《
瞬間、プシュケー以外その場全ての身体が穿たれた。
「範囲攻撃ですわ。一定以下の攻撃に限り届けることができますの」
「……!」
小さい天使達は残らず消えていく。
アークヴェルトの腹にも無視できない傷がつく。
だが、それ以上の衝撃は、プシュケーに一切のダメージが無いことだ。
それは、有り得ないことだ。
プシュケーのスキルは巨大な天使を構成していた巨大な天使すらもかき消した。
ならば、そこに配置していた笑う天使もまたダメージを受けているはず。
《主よ、彼らに償いの機を》は間違いなく機能して――
「機能が止まって……いる!?」
いない。
笑う天使もまた、《度重なれど相せず》にて消滅した。
なのに、《主よ、彼らに償いの機を》はプシュケーにダメージを返していなかった。
「よくやりましたわ。ブリュンヒルド」
「ふん……マスターのオーダーを果たせたようでなによりだ」
その手に握られる斧――ドラグロットの錆はいつの間にか消え、刃が煌めく。
刃に触れた対象のスキルを停止させるスキル。
それがドラグロットに備わった能力である。
即死も転嫁も残らず停止してみせたブリュンヒルドとドラグロットに称賛を送りつつ、プシュケーはアークヴェルトに尋ねる。
「まだ手はあります?」
「……」
彼は無言で全身に小さな天使を纏わりつかせる。
「天使の装甲……僕が少しでも貴女に触れることが出来れば僕の勝利だ」
アークヴェルトは走り出すも、そのステータスは将軍系統である【天将軍】を基本としたもの。
決して高いものではなく、プシュケーであれば尚更見切れる程度の速度であった。
「一つ聞かせてください。僕の天使は美しいでしょう?」
「ええ、そうですわね。一度だけ、目を奪われましたわ」
「だったら……美を絶対としているはずのプシュケー・アーチは何故美しい天使達を攻撃出来たのでしょうか」
スウェーコンを叩き付けられる寸前。
彼女の言葉はアークヴェルトの耳に届く。
「美しいことと、最も美しいことは別物ですわ。私の方が上――それだけのことですの」
視界は闇に包まれる。
アークヴェルトは自身が死亡したことを感じ取る。
同時に、プシュケー・アーチの失われない輝きを知る。
絶対の自信、それが彼女の支えであろう。
そして、その陰にはきっと弛まぬ努力があったことも、アークヴェルトは過去の経験から察した。
きっと、無数の痛みと、無数の諦めと――それでも選び続けた信念の結晶だ。
彼女の影に宿る“努力”を、アークヴェルトは見逃さない。
ならば、自分はどうだった?
現世を嘆いたのは、崩れ去った信仰を呪ったのは――己自身を信じ切れなかったからではなかったか。
死の最中にあって、彼は不意に、奇妙な感情を覚える。
これは嫉妬か、羨望か。
それとも――惹かれたのか。
「(ああ……もしも)」
全てを喪ったと錯覚した時に出会ったのが教祖ではなくプシュケー・アーチだったとしたら。
あの心地より声色の持ち主でなく、美しい賛歌が自身の心に入っていたとしたら。
「(もう少しだけ……今の世界でも頑張れたのでしょうか)」
アークヴェルトは静かに己が死を受け入れる。
同時に、次に目が覚めた時はもう少しだけ今の世界にしがみ付いてみようと心に決めた。