<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【剛剣士】ワン・フー・ウー
銃口が、剣先が、鏃が、その全てがワン・フー・ウーへと向けられる。
“磔刑”の行う操作は指先の少しのボタンとスティックのみ。
たったそれだけで“磔刑”は同時に展開した武装全ての攻撃を行動に起こす。
「発射」
「やらせるかよ!」
「させません」
だが、それら全ては目標へ到達する前に2人の少女により叩き潰される。
先程まで一触即発であった2人によって。
「どこのドイツか馬の骨か分かんねーけどよ、ソイツは私の贄だ。悪魔から贄を盗むとどうなるか、教えてやるよ」
「彼は私の弟子です。この不良娘に誑かされないようとしていたところですが……あなたもその類ですか?」
両者、乱入者を睨む。
獅子と虎に睨まれたようなものであるが、”磔刑“は何も感じないと無表情に受け流す。
実際に、“磔刑”は2人に対して何の脅威も抱いていなかった。
幾ら2人が武に通じていようとも、倒せる自負があったから。
「3名纏めて殲滅を開始――」
「――僕1人だ」
車いすから新たに展開された砲身。
それをワン・フー・ウーが蹴り飛ばした。
「姐姐も、エウリィ……お姉ちゃんも、ここは僕に戦わせて。いや、違う……僕が戦わなければいけないんだ」
何故か、そう心の底が訴えかけていた。
“磔刑”の相手を他の誰かに任せてはいけない、と。
彼女が車いすに縛られている理由も。
宗教団体に属さなければならない理由も。
この世全てを諦めたような表情も。
ワン・フー・ウーは気になったし、気に食わなかった。
「……ふうん? ま、別にいいけどね。贄みたいな眼から悪魔みたいにギラついた良い目になったじゃん」
「弟子の進む道を誰が阻みましょうか。分かりました、この不良娘が手を出さないように私が正しておきます」
「誰が手を出すかよ」
邪魔が入ってしまったが、妹妹とエウリィは再度拳を交わし始める。
こうなれば、如何なる助けも邪魔も、立ち入ることは出来なくなった。
そして、ワン・フー・ウーもまた、助力を乞うことは出来なくなった。
“磔刑”は不思議そうに妹妹とエウリィをそれぞれ見て、最後にワン・フー・ウーへと視線を戻す。
「不可解です。どう考えても、3人で私を囲んだ方が勝率が上がるのに。あなた1人では足掻くだけ無駄でしょう」
「そうは思わない」
妹妹と戦った時も。
エウリィと戦った時も。
格上と認め、そして勝てないと分かればもう抗うことはしなかった。
だけど、”磔刑“を相手にした時は。
今だけは、違った。
恐らくは、今回も格上相手の戦いだ。
底の知れない余裕も、未知数の能力も、漂う威圧感も、彼が此れまで倒してきたモンスターとは一線を画す。
近いのは、それこそ神話級UBMであったグランザルムだろう。
それほどに、この“磔刑”と呼ばれる少女に勝てるビジョンが浮かばない。
「勝てないかもしれない戦い。負けるかもしれない戦い。それがどうした」
「……?」
「良いか、よく聞け。僕は、有頂天だった。自分を強いと過信し、強さをひけらかし、暴力を振るいながらこの世界を歩いてきた」
数あるオンリーワンの力の中でも一握りの力を手に入れたと喜んだ自分がいた。
戦闘系エンブリオの中でも特に戦闘向きの、単純にステータスに関わる力だ。
そして、その上限に限りは無い。
相手が強いモンスターであるほどに自分は強くなれるし、その力を纏えれば、強いモンスターであろうと容易く蹴散らせるようになれる、と。
だが、その実態は仮初の力を手に入れた中身の伴わないもの。
装備全てを剥がされた時、ワン・フー・ウーという少年は微塵も強くないということを思い知らされた。
「僕は弱いよ。だから、お前と戦う」
「意味が分かりません。先ほどから、何を言っているのでしょうか」
「勝って強くなる。それだけは、ラショウモンが有ろうと無かろうと変わらない事実だったんだ。強いから勝つんじゃない。強くなれば、勝てるんだ」
「……ならば、私の強さを示しましょう。あなたの言葉のほとんどが理解出来ませんでしたが、その一点だけは同意します。ただし……強いから勝つ、強くなった者も勝つこそが道理です」
接近戦において、相手が幾多の武装を持つ車いすであろうと、ワン・フー・ウーという格闘家は己に利があると踏んでいた。
先程から車いすから展開される武装は砲台を始めとした銃器ばかり。
“磔刑”本人が貧弱であるステータスだから武器で補っているのだろう。
それはワン・フー・ウーとて同じであり、車いすと装備という違いこそあれど、接近戦であれば格闘術を学んでいる自身が劣る理由が無い。
離れてしまえば車いすの銃器で蜂の巣にされてしまうだろう。
だからこそ、決して離れず、近づいたまま倒すしかない。
「――世界を歩いた、ですか。所詮はこのレジェンダリア内をでしょう? 井の中の蛙ですね」
ワン・フー・ウーは頬に熱を感じた。
同時に、視界には分厚いブレードが映る。
「ドライフ皇国トップクラン<叡智の三角>……その技術の粋であるマジンギア。見た目で侮るのは愚かです」
「……エンブリオじゃなかったのか!」
知ってしまえば、そうかと納得する。
同時に、安堵する。
ならばこの車いすは、マジンギアと同等の性能を持つし、その程度の性能でしか成り得ない。
一般に普及しているものは亜竜級相当だったか……高く見積もっても純竜級と考えるべき。
威力は……高いだろう。
そして、機械特有のギミックの多さ。
純竜級に相当するといっても、純竜級のモンスターを相手にするのとは違う。
「マジンギアなら、壊して止める」
脚部分――タイヤを狙う。
ゴム製で空気を含んでいるのかは不明だが、とりあえずタイヤを破壊すれば動きは鈍るだろう。
手刀を作り、槍のように突き出す。
ちょうど、エウリィが見本を示していたものだ。
爪は無いし、レベルも各段に低いため、それこそ見様見真似だが、ステータスで劣る気は無い。
まだ必殺スキルの効力は切れていない。
一点に狙いを定め、繰り出された手刀は、
「単調故に単純。此れまでの相手同様に」
その場で高速回転するタイヤ自身に阻まれた。
「!?」
「ホバークラフトです。リニアモーターカーです。原理はさっぱりですが、つまりはそういうことです」
よく分からなかったが、タイヤを動かさなくても、車いすそのものは地面から浮き上がり、移動が可能ということなのだろう。
なるほど、よく見れば地面にタイヤ跡は無かった。
先程の登場も、戦場の空を駆けることが出来るという車いすの能力があれば、突然現れたように見せかけるのも可能なのだろう。
「ぐあっ……!」
「回転するタイヤに自ら指を入れたのです。その程度で済んで、運がいいようですね」
手刀を作っていた右手の爪が何枚か剥がれていた。
微細なダメージと出血。
戦闘を継続するのに問題は無いが、今のワン・フー・ウーがダメージを受けるのであれば、今後はタイヤに触れるのは叶わないだろう。
場所によっては、そのまま削り取られる。
「攻撃は終わりましたか? 今度はこちらの番でいいでしょうか」
“磔刑”は再度ブレードを車いすのアームレスト部分で構える。
右手のスティックで操られるブレードはワン・フー・ウーの喉元へ食らいつこうとし、何とか仰け反ることで回避する。
「――ッ」
「ふむ」
“磔刑”は少しばかり頷く。
まるでワン・フー・ウーという人間を値踏みするかのようだ。
人形のように表情を変えることなく、次なる一手を試しながら。
「ぐ、う、……!」
何とか攻撃を避けるも、休む暇など与えられない。
相手は生物で無くマジンギアだ。
踏み込みが足りないならば、より前進するのみ。
その場で踏み止まることも、進むために一歩踏み出すことも無く、ただスティックを更に前に傾ければ、ブレードは喉へ食い込んでいく。
仰け反ったことで生まれた僅かな時間でワン・フー・ウーは両手でブレードを挟み込む時間を確保できた。
真剣白刃取りというには不格好にブレードを掴むが、それでも致命打の進行は防げた。
「ならば、これはどうでしょうか」
“磔刑”は更にボタンを幾つか押し、ワン・フー・ウーの額に銃口を宛がった。
終わらない武装展開。
静かに引き金は引かれる。