<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【戦士】クリアント
結論から言えば、クリアントが初ログインしてから1カ月。
累計して15回デスペナルティとなった。
死因は全て亜竜級モンスター【マッドドロップマウス】との戦いによるもの。
手を変え品を変え、あらゆる戦術を用いて戦いを挑んだが、全て返り討ち。
誰かが見れば呆れ、止めただろう。
だが、彼は友人を作ることなく、ログインしては戦いを挑みデスペナルティとなり、ログイン禁止となっていたために碌な人間関係を築いていなかった。
ここで、真っ当な戦術眼を持ったプレイヤー、あるいはティアンであっても彼の戦い以前の経過を知っていれば不思議に思っただろう。
1カ月も経っているのに同じモンスターに負け続けるのはおかしい、と。
曲がりなりにも〈マスター〉であり、エンブリオもある。
1カ月もジョブ育成を行えば亜竜級程度であれば倒せるくらいにはなるのではないだろうか。それも1カ月、同じモンスターを相手にしているのだ。行動パターンくらいは把握できるはずであろう。
だが、その点に関してクリアントは真っ当ではなかった。
彼は目的のために諦めが早かった。
「戦士、騎兵、拳士、兵士、剣士、盾士、槍士、狩人、弓手、鎌士、魔術師、従魔師、僧兵、暗殺者、襲撃者……これで15か」
クリアントは指折り数える。
15のジョブ。
1か月間の中の1日のログイン禁止が15回……つまりログインした日数が15日。
それが示すのは、彼が毎ログインごとにジョブを変え、【マッドドロップマウス】に挑んでいたということだ。
勝つまで挑み続ける。
死が前提の戦い。
ティアンと違い、ある意味不死身の〈マスター〉であれば使える手段であり、分からなくもない。
だが、ジョブを変える。
育てるのではなく自身の適性を探しつつ亜竜級モンスターに挑み続ける。
当然ながら街から亜竜級モンスターに辿り着くまでに戦闘をいくつか挟むとはいえ、レベルは1桁前半。戦士を取った初日と強さにおいて差は無いに等しい。
「全部だめだなぁ。なんか、合わない」
サブ職業が増えることは多少はマシなのかもしれないが、使わない職業はリセットする必要がある。
2つか3つくらい試してみれば良いくらいであり、15の職業を試す前にやることはあるだろう。
【適職診断カタログ】を試さなかったわけではない。
ただ、適性が見つからなかっただけだ。
正確には、多すぎた。どれも似たり寄ったりの適性数値の高さであったのだ。
まるで、どれに就いても同じだろう、と言われたような気分であった。
「次は……これか」
次に選んだジョブは諦めの早いクリアントにとっては真反対のようなものであった。
ステータス補正も低い。
……亜竜級モンスターと比べればどの職業であっても補正値の差などゼロに限りなく等しいが。
ともあれ、最初に選んだ戦士をリセットし、ジョブを変更する。
武器は変わらず大剣を装備できるらしい。
デスペナルティの連続で金銭に困っているため武器の変更もあまり出来ない。
それを言えば杖を持たない魔術師となった時は本当にお粗末な見た目であっただろう。
攻撃を避けることも出来ずに【マッドドロップマウス】に一撃で倒された。
その時よりは今回のジョブの方がいくらか戦えるだろう。
近距離戦闘職業だ。
上手くスキルが発動するかどうか、それが自分に合っているか試してみるのも面白い。
「よっしゃぁ、来い」
16度目の【マッドドロップマウス】との戦闘。
他にこのモンスターを討伐していないのであれば同一個体なのだろう。
2日に一回……こちらの世界に換算してみればおよそ3日に現れる弱き存在をいい加減に鬱陶しくなったのか、興味なさげに【マッドドロップマウス】は腕を払う。
それだけでクリアントの低ステータス如き倒せる。
……が、何も無駄に15回も殺され続けてきたわけではない。
間一髪、獅子の体躯から繰り出される腕薙ぎを躱す。
「っ!?」
だが、HPバーは無情にも2割程削れていく。
武器で防いでも8割程削られた初戦。あの時とステータス差はほとんどない。
つまり、ガードをしたとしても次の一撃は耐えられない。
生きるには……倒すには、完全に避けきるか今くらいの掠る程度の躱し方が3回しか許されていない。
「……」
剣を構え直す。
ガードは捨て、攻撃に重きを置く。
どうせ避けるしかないのだ。
武器を避ける際に邪魔にさせてはならない。
「Gooooooo」
低音の唸り声を上げながら鼠頭はその前歯を見せる。
これまで3回程味わった死因。
強烈な噛みつき攻撃だ。
クリアントは武器を構えたままバックステップにて躱し、攻撃に転じようとした瞬間……勢いそのままに体当たりしてきた【マッドドロップマウス】に腹を打たれた。
「――かはっ」
これもまた、クリアントがいつまでも【マッドドロップマウス】を倒せない理由の1つ。
戦闘技術において目を見張るものがないのだ。
戦えば戦う程に、慣れこそすれ劇的に技術が飛躍することはない。
行動パターンを知ったところで推測が上手くいくことは少ない。
逆に、過信したところで他の攻撃に曝されてしまう。
「……あーあ」
HPは見るまでもなくゼロ。
体が光に包まれる。
今日もまた雑魚を一蹴したと、【マッドドロップマウス】が背を向ける。
「……」
それをクリアントは黙ってみる。
HPが0になった体で。
【死兵】。
特攻隊とも言うべき死を前提にしたジョブの1つ。
その唯一のスキルが《ラスト・コマンド》である。
HPが0になった時、頭と繋がっている部分のみスキルレベルに依存するが、1分と動くことも出来ない。
だが、敵は今背を向けている。
クリアントが死んだと思い、油断している。
1分弱。その時間を手に入れ、クリアントは動く。
剣を構え、踏み出す。
そして行動に移ろうとした瞬間であった。
『へえ、【死兵】ですかー。これまたマイナーなの選んできましたね。というかこの一カ月で15回……今日を合わせれば16回ですか。どれだけ死んじゃっているんですか』
手の甲の紋章が光り輝く。
それはエンブリオの孵化。
1カ月という時が経ち、ようやく彼のエンブリオが活動を始めた。
驚くだろう、1カ月も彼はエンブリオ無しで戦っていたのだ。
驚くだろう、1カ月も彼のエンブリオは動かなかったのだ。
それもそのはず、彼は愚直なまでに【マッドドロップマウス】への特攻を続けていただけなのだ。
ジョブを変えても、結局は無謀な戦いを続けていただけ。
1カ月の行動に変わりなどない。
むしろ、エンブリオの方が痺れを切らして出てきたに近いかもしれない。
『でも……それだけ死んでしまったからこそ私が私だったのかもしれませんね。マスター……先輩を助けるために私という後輩がいますけど』
手の甲から放たれた紋章は形作っていく。
徐々に人の姿に。人の色に。
形は整えられ、彩られていく。
「さあ先輩! 私と共に――」
「GoA?」
そして、彼のエンブリオが完全に生まれた時、
「GooooooAA!!」
光に気づき、クリアントがまだ生きていると知った【マッドドロップマウス】がクリアントに食らいつき四肢を分断し、《ラスト・コマンド》の効果が打ち消される。
「――たた……え? うそでしょ」
「それはこっちの台詞……」
クリアントが最後に見たのはあっけにとられた表情をする少女であった。
黒く、泥に塗れたセーラー服がよく似合う10代前半くらいの少女。
その少女もまた、クリアントがデスペナルティになると同時に光となって消えた。
「……Goa」
いったい何だったのだろうと1匹残された【マッドドロップマウス】は首を傾げる。