<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【自由人】イテカ
諦めることを知っていた。
だけど、諦めないことも知った。
「……魔女の一撃」
先程、少女が発した言葉を反復する。
魔女の一撃――恐ろしい響きの言葉であるが、その実態は単なるぎっくり腰。
経験した者であれば、確かに恐ろしいが……だが、生死を駆ける戦闘場面において、切った張った以上にぎっくり腰が致命的になるとは思えない。
「(だけど無意味な言葉で私を混乱させようとしているようには見えないッスね……。何かを狙っている? 違う……もう術中のうち、……!)」
【眼王】の力が無い今、イテカには眼前の少女の名くらいしか分からない。
トールマウス……その名前には憶えがあった。
クラン〈御邪魔女連合〉の中核メンバーにして、バフデバフが主となる魔法使いたちの中でも異端となる純粋な戦闘タイプ。
トールマウスの技量そのものは大したことはないのだが、何故か彼女の前では動けなくなり、自らその身体を攻撃の前に晒してしまうのだとか。
その噂をイテカは自身の肉体で味わった。
ハンマーを回避出来ず、無防備なまま受けてしまった先程を思い出し、右足の不調を確認する。
「(……動く)」
右手も、右足も、左手も、左足も、その全てが思うままに動いていた。
指先も、普段となんら変わりなく。
何故、あの時だけが動かなかったのか。
地面に何か仕掛けられた痕跡も無い。
イテカの肉体そのものが何かあったとしか思えないのだが……今はその気配すらない。
「魔女の一撃は静かに迫り、てめえの体を浸食するのさ」
地面に転がるイテカへ追撃を行おうとトールマウスはゆっくりとハンマーを担ぐ。
幾らEND主体のリビングアーマーがあるとて、そう何度も食らってはいられない。
歩み寄るトールマウスへの対処を考えながらイテカは立ち上がろうとし、
「……!?(また……!?)」
膝が、手が、言うことを聞かなかった。
「テリトリー型の肉体の操作権を奪う類のエンブリオ……スか?」
呟くような問いに対する返答は、ハンマーによる一撃であった。
「――づっ」
またも転がりながら、イテカは左腕を伸ばし、受け身を取る。
「(左手は動く……?)」
動く時と動かない時。
その違いは何なのだろう。
条件付きでイテカの身体はトールマウスのエンブリオによって支配権を奪われている。
もしくは、喪失している。
「魔女らしく呪いを振り撒こう。クラン〈パルプンテ〉……イテカだな。大した首ではないが、我が最強なる魔女の一撃により大魔女様への贄と捧げよう」
◇◆
そのエンブリオの名は、持ち主が謳う通りに【九覇雷管 ウィッチショット】という。
TYPE:テリトリーであり、一定範囲内の者はとある条件を満たされない場合にのみ、肉体が操作出来ないという罰を課す能力を持つ。
直接魔女の名前が入っているエンブリオであり、クランメンバーらにはかなり好評である。
トールマウスの頭が残念でなかったら、後方支援役としてはこれ以上ない活躍を見せたことだろう。
だが、それでも彼女は前衛としても一定の強さを誇る戦士となった。
魔女の中では選りすぐりの。
「ふむ。さすがに硬いな」
ハンマーを振るうこちらの方が疲れてしまう、とトールマウスは武器を地面に下ろす。
まるで爆弾でも使ったように地面には幾つもクレーターが空いている。
慣れない武器を手にしているため、イテカを殴る際に間違って空いてしまった穴だ。
「イテカ……なんでアタシがてめえのところに来たか分かるか?」
返答はない。
僅かなHPのみ残り地面に伏したイテカの表情は土に汚れ見ることも出来なくなっていた。
それでもトールマウスは会話を続ける。
「アタシら〈御邪魔女連合〉の名は知ってるか? 別に知ってても知らなくてもいいぜ。ああ、クラン名くらいは別に問題ない。だけどよ、アタシらメンバーも忘れたと、そう言うわけじゃないよな。殺し合った仲だもんな」
〈御邪魔女連合〉のメンバーは、オーナーを除いてその全員が元【魔法少女】シリーズに就いていた過去を持つ。
同シリーズでもっと強力な少女がいて道を諦めざるを得なかった者、卑怯な者によって追放された者、年齢を重ねたことを機に去った者……理由は様々であるが、彼女達は魔女である前に魔法少女であった。
トールマウスの場合は、何度リセットを繰り返しても外れを引いてしまったが故。
火や水、雷を操る固有能力を欲していたのだが、得られるのは無呼吸活動やステータス偽造、果てには自爆しか出来ないωに就くこともあった。
魔法少女なんて碌なものじゃない。
去ろうとする彼女を止めようと、電撃使いの魔法少女が言葉を掛けてくれたのだが、強力な力を持つ者に言われたところで、自身が惨めになるだけであった。
己が最強を証明するためにも、魔法少女などという幼い力に頼ってはいけない。
否、あんなものはあってはならないのだ。
トールマウスの中で否定した力は、やがて嫌悪感へと変わっていた。
「だが、てめえはまだ見所があるぞ、イテカ! 【魔法☆少女】となったクャントルスカや、βにしがみ付くプシュケー・アーチとは違い、自らの力で超級職となったてめえはアタシらの仲間に相応しい。【巨人王】のガキはまだダメだな。あれはθのスケールアップバージョンみたいなものだ。せめてサブから外したら考えるとしよう」
【魔法☆少女】以外のシリーズ全てが超級職の礎として……まるで贄のように扱われていたこともトールマウスの苛立ちに拍車をかけていた。
トールマウスはイテカの頭に足をかける。
泥に塗れた顔を更に踏みにじり、超級職に就く猛者を下に見ることで、自身が高いと錯覚するために。
「……結局、諦めたんスね」
「は?」
ピクリ、とイテカの手が動いた。
頭に置かれたトールマウスの足が次第に持ち上げられていく。
ギリギリと、足に食い込む指にトールマウスは思わず顔を歪ませる。
「私と一緒っス。無理だ、合ってない、早かった……言い訳ばかりの言葉を並べて、都合の良い方ばかり追い求めて……アンタの場合は魔女クランに辿り着いた」
「煩い……その手を離せ!」
「いや、別に説教をしているつもりだとか、非難とか……そんなことじゃないんスよ。ただ……」
イテカは顔をあげる。
そして、立ち上がる。
多少のぎこちなさは見られたが、もう動けなくなることは無い。
突き飛ばされたトールマウスは反対に地面に尻もちを付く。
イテカとトールマウス、先程までと逆の構図。
それは攻勢すらも覆ったことの表しであった。
「逃げたアンタが魔法少女達を逆恨みしているだけの話、スよねこれ。別に魔女が至高だとか思えないス」
「ぐ……く……」
イテカの言葉はトールマウスにとっては図星であった。
魔法少女の力をうまく扱えなかったから、だから比較的扱いやすい魔法使いのジョブを取り、研鑽し今に至る。
そして現在の自身を肯定するために最強の力を手にしたと、魔女の一撃こそが最強と謳っている。
「呪いと、そうアンタは言ってたっスね。確かに、仕組みが分からなければ突然動けなくなるこの状態は呪いに近いかもしれないス」
◇◆
その必殺スキルの名は《
このスキルが発動されたが最後、彼女のテリトリー内では身体制御が自動で動かせなくなる。
“自動”とは、たとえば肩を挙げようとした際に、肩が挙がることだ。
……つまりは、人間は肩関節を屈曲運動させて、肘関節を伸展させて肩を挙げるわけだが、当然ながら一々そんなことを考えてはいない。
上方のものを取ろうとすれば手を伸ばし、後ろを振り向こうとすれば全身がそれに則った動きをみせる。
それこそが自動制御運動。
《
上方のものを取るならば肩を屈曲させ、後ろを振り向こうとすれば片側の股関節を伸展、内転外旋させたと同時に体幹の回旋を――と全ての動作に指令コマンドが必要となる。
これを満たさなければ、当然ながら指令の行き渡っていない箇所は動けなくなり、固まってしまう。
右手を出そうと右手を動かせば動くが、避けようと動こうとしても動けなかったのは、このためだ。
常に動けないのではなく、条件を満たしていない時にのみ動けなくなる。
無理に動こうとしても動けず、ぬかるみに嵌っていく。
それもまた魔女の呪いが如く。
「魔女の一撃を解いたというのか……!」
「完全に解除できたわけじゃないッス。今でも気を抜けば身体が動かなくなるッスからね」
だが、とイテカは目の前でハンマーを手に持つ少女を見る。
これだけの力……無差別を条件とすることで能力を維持しているのだろう。
であれば、持ち主すらもその対象。
トールマウスの戦闘技量の低さにも頷ける。
「さあ、見せてやるッスよ。投げ出すことに関しては私の方が上……その果てに手にいれた力を」