<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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36 彼女にとっての 1

■クラン〈パルプンテ〉陣地付近

 

 眼前に幾つもの銃口が向けられたと同時に、ワン・フー・ウーは叫ぶ。

 少しばかり視線をある方向に送ると、意を決するように、自身の立ち向かうべき相手に向き直る。

 

「《因果流転悪行応報》!」

 

 出し惜しみなど出来ようはずが無かった。

 持ち得る限りの中でもとりわけ防御性能に偏った装備を編成し、その上で必殺スキルによって強化する。

 これによってワン・フー・ウーの補正されたENDはかつてを取り戻す。

 総計10万のENDの前では、マジンギア程度の性能から吐き出される弾丸など豆鉄砲に等しい。

 全身の装備が弾丸を弾き返してもなお、

 

「ならば、こちらです」

 

 そこに立つワン・フー・ウーを見て、“磔刑”は新たな武器をマジンギアから展開する。

 光を帯びたブレード。

 先々期文明に奴隷に持たされていた武器であり、その能力は“ジャイアントキリング”。

 彼我のステータス差が高い程切れ味を増す武器だ。

 かつては、ジョブをあえて失わせた上で持たされていた。

 

 車いす型のマジンギアを操縦しているとはいえ、“磔刑”の本来のステータスはそう高くはない。

 更には、制限と拘束されている今、そのステータスは低下すらしている。

 マジンギアを操縦するDEXが際のところで残されているくらいである。

 

「切り札というわけか」

 

 自身の高ステータスを見たうえで取り出された武器だ。

 それが自身に対抗できるだけの力を持っていることは理解している。

 

 だからこそ、ワン・フー・ウーは刺し違える覚悟で、肉を切らせたうえで骨を断ち切るために、“磔刑”のブレードの前にその身を晒す。

 

「……」

 

 瞬く間にワン・フー・ウーの右腕、胴、左脚の装備が剥がれる。

 その中身すらも斬られており、攻撃の手が僅かに乱れる。

 

「……ッ、だが、まだだぁぁぁぁぁ!」

 

 残った左腕の装備は生きている。

 装備を失い、下がったステータスのまま“磔刑”をマジンギアごと左腕で掴み上げる。

 

「……斬れない!」

 

 “磔刑”はワン・フー・ウーの残った装備を刻もうとするが、それは叶わない。

 ステータス差が生じたことで生まれていた切れ味は、装備が破壊されワン・フー・ウーのステータスが下がったことで鈍くなっていた。

 

 ならば、と装備が剥がれ生身となっている部位に向け刃を振るう。

 

「《瞬間装備》!」

 

 だが、ワン・フー・ウーは刃と自身の肉体の間に盾を装備し割り込ませる。

 黒い盾はブレードを弾くだけでなく、表面の棘で刃を傷付ける。

 

「ッ!」

 

 流石にマジンギアをひっくり返されたら面倒だと考えたのか、“磔刑”はワン・フー・ウーの左腕を解こうとする。

 至近距離から展開される弾丸の嵐、鈍ってしまってはいるがそれでも先々期文明の遺産であるブレードを用いて抵抗する。

 

「焦ってはくれるんだな」

 

 だが、彼女の焦燥はワン・フー・ウーも感じ取っていた。

 だからこそ、冷静に対処出来た。

 弾丸は盾で受け、ブレードは身を翻し避ける。

 落ち着いたからこそ存分に技術を振るえる。

 これだけのことをやってのける技は持っている。

 

「殺しはしない……だけど、この戦場では大人しくしてもらうぞ!」

 

 残った装備だけでもマジンギアをひっくり返す力はある。

 左腕でマジンギアを持ち上げ、右足でマジンギアの足を払おうとした瞬間……。

 

 初めて、“磔刑”が小さく笑った。

 

「(――え?)」

 

 だが、それを確認することはワン・フー・ウーには出来なかった。

 投げ飛ばす直前。

 全力を出そうとする寸前に彼の残された装備は全て壊れ、マジンギアの下敷きとなったのだから。

 

 

◇◆

 

 

 “磔刑”は敵の力が装備によって強化されることを確信に近い形で予想していた。

 その補正値までは知らない。

 ただ、装備があることが目の前の男の強みであることは、ある意味で同類である“磔刑”だからこそ見抜けていた。

 

「(まさか……ここまで本人が弱いとは思いませんでしたが)」

 

 恐らくはエンブリオからステータスの補正は皆無。

 装備補正の強化か何かにスキルを全振りしているタイプなのだろう。

 もう少しワン・フー・ウー本人のステータスが高ければ、幾つかの装備をブレードで破壊した時点で追い打ちをかけ倒しきっていたのに。

 彼本人のステータスの低さによって命が助かったとは皮肉な話だ。

 

「(とはいえ、もうここまでのようですね)」

 

 全身の装備を失ったワン・フー・ウーを見て、決着は近いと感じ取っていた。

 同じように装備を整えたところで、似たような状況はまた作り出せる。

 

 装備でステータスを上げるのならば装備を破壊すればいい。

 装備を破壊できるだけの攻撃力が無いのならば、装備の耐久力を減少させる類の武器を使えばいい。

 

 【毒術師】系統の用いる装備破壊系の毒に通ずる、腐食特性を織り交ぜた弾丸。

 その残弾数を数えながら、“磔刑”はふと自身の表情が緩んでいることを自覚する。

 

「(笑っている……私が?)」

 

 そんなことは無い……自身の顔に手を伸ばそうとし、両手共にまともに動かせないことを思い出す。

 彼女の手はまともに動かない。そういう制約と拘束を受けている。

 動くのは指だけだ。

 マジンギアを動かす指のみ、それだけが彼女に許された唯一。

 だから……表情が動くなど考えられるわけが無かった。

 

「(いえ……別に表情に関しては制限も付けてはいない、けど……)」

 

 そもそも何に対して表情が……感情が動いたのだ。

 分からない。

 勝利の確信があったから?

 そんなことは此れまでもあった。

 相手が無様に策に嵌ったから?

 別にそれに対して面白くもなんともない。

 

 だったら何で……

 

「(なんで私の胸は……高鳴って……)」

 

 鼓動が早まる。

 現実世界では死に直結するだけの、嬉しくもないバイタルサイン。

 

「次の……装備に……」

「……まだ立ち上がりますか」

 

 マジンギアを押しのけワン・フー・ウーは立ち上がる。

 彼の手に抵抗することは不思議と無かった。

 その行動の行末を見たくなったのかもしれない。

 見届ければ、“磔刑”は自分の今の状態が何であるのかを理解出来ると思ったから。

 

 ワン・フー・ウーはふらふらと、おぼつかない手つきでウィンドウを操作している。

 戦闘中であり、今の行動にどれだけ隙が生じているか、それさえも気にする余裕は無いのだろう。

 

「……《因果流転悪行応報》」

「無駄です」

 

 新たに取り出され、必殺スキルによって強化された装備を、“磔刑”は腐食化の弾丸によって瞬く間に破壊する。

 

「(やはり、回避は苦手なようですね)」

 

 恐らくは高いステータスに任せた戦いの期間が長かったのだろう。

 時折、技術の高さを伺わせる行動はみせるが、それも付け焼刃を思わせる。

 根底にあるのは才の無さ。

 力に溺れる弱者だ。

 

「(……動かない、か)」

 

 今度は自身の表情が微塵も揺るがないことを確認する。

 先程のは何か、バグでも起こっていたのだろうと納得する。

 肉体だけでなく、もしかすると脳みそもどこかおかしくなっているのかもしれない。

 それをすぐに可能性として挙げてしまう程度には“磔刑”のリアルの肉体は致命的なまでに壊れている。

 ……いや、先天的にバグだらけな状態で生まれてきてしまっている。

 

「大人しくしてもらうと言いましたね……それは驕りから来るものですか? 強大な力を手にしたから、弱者を飼い殺そうとする……そんな思考から生まれた言葉ですね」

「……違う。僕は、お前のことを知らない。何があったのか……何でそうなったのか……。だけど、戦いを楽しんでいるとは思えない。この世界を楽しんでいるようには見えない! むしろ苦しんでいるようにもみえる……教えて欲しいんだ。お前は、何を考えているのかを」

 

 やはり、甘いと“磔刑”は彼の言葉を一蹴する。

 善性だろうが他者を気にかけられる時点で、恵まれていることは明白。

 そんな人間は、吐き捨てる程見てきた。

 気にかける程度で、救った気になられたくない。

 自分はその程度では決して救われないし、救われたくもない。

 

「何を考えているか、ですか。良いでしょう、教えましょう」

 

 装備を失ったワン・フー・ウーにマジンギアのアームで掴み上げる。

 ギリギリと、なるべく痛みと苦しみを与えるように掴む力を強くしていき、彼を吊り上げる。

 

「『早く死んで次の世界で幸せになりたい』、だ……このボンクラが」

 

 渾身の力で投げ下ろす。

 装備を全て失ったワン・フー・ウーに抗うだけのステータスは残されていなかった。

 

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