<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【剛剣士】ワン・フー・ウー
――バーカ、私のことよく見とけよ
何度も何度も見てきた。
それは試行錯誤などではない。
その域にすら達せなかった。
出来たのはただの反復。
それでも形に出来たことは少なかった。
――ゆっくりでいいんですよ。貴方には貴方のペースがあるんですから
それは遠回しに、自分の物覚えの悪さを指摘されているようだった。
天才と呼ばれる者達がどれだけ努力をしているかは理解しているつもりだ。
だが、努力の量だけならば、自分も劣ってはいないと……そう自負していた。
質で敵わないならば量だけでも……。
だが、それすらも思い違いだった。
量でカバーできるのは質を担保された者だけなのだ。
長い鍛錬も。
短い反省も。
いつか自身の糧になるのだと。
そう思い、積み重ねてきた。
それでも結局分かったのは、天才とは住む世界が違うということだけだった。
姐姐も姉弟子も、あちら側の住人なのだ。
比べるまでもなく。
比べることがおこがましい程に。
努力のカタチが違っていた。
それでも何とか、技として、覚えられたものがあった。
姉弟子に学んだたった一つの技。
それは、強大な敵を破るのに一役買ってくれた、大切な技だ。
それだけは、それだけは、ただ一つそれだけは、自身のもの。
とても弱い僕の、一つだけ誇れる強さと呼べる技なのかもしれない。
――陰気なこと言うからいつまでも贄なんだよ
――あの娘から覚えたことを強さと呼んではいけません
きっとそんな言葉でも溢してしまえば、2人には突っ込まれるのだろう、拳と共に。
◇◆
「……ァ」
装備の破壊と共に下がったステータス。
立て直す暇など無く“磔刑”による猛攻がワン・フー・ウーの態勢を崩す。
たった一つの手で、指の動きだけで巧みにマジンギアを操作し、強化されたワン・フー・ウーをいなすその様は、どこかの誰かにも似ていた。
マジンギアのアームに掴まれ、持ち上げられた中で吐かれた“磔刑”の本音にも思える言葉。
それは此れまでとは違い、汚く乱暴な言葉。
だが、ワン・フー・ウーはその言葉遣い以上に、内容が気にかかっていた。
「(死にたい……か)」
次の世界とはどういったものか分からない。
宗教団体に属している、と仲間は言っていた。
ならば、その宗教の教えに関係するものなのだろうとは思う。
次の世界で幸せになりたい……どうぞなればいいとは思う。
それは誰だってそうだろう。
幸せになりたくない者なんていない。
だけど、“死にたい”は別だ。
早く死にたい……それはかつて、ワン・フー・ウーも同じことを考えていたからこそ、引っかかった言葉。
あの日、英雄を失った時、惨めな自分を殺したくなった。
殺して死んで、楽になりたかった。
だけどなれなかった。
それは、自分を救ってくれた英雄を否定することになるから。
その結果、あのような暴虐自棄となってしまったことは反省すべきことだが。
「死なせられないな……」
思わず、言葉に出していた。
きっと彼女にとっての英雄もいただろう。
彼女を救いたいと願った者が多くいただろう。
それらを否定することは、させることは彼には出来ない。
“磔刑”の操作するアームがワン・フー・ウーを地面へと叩き付けようと力を込める。
今の彼のステータスは装備を失い大きく下がっている。
力づくで抗うことは出来ない。
それでも手を伸ばす。
アームの根本へと。
触れたところで、アームや接続部分の破壊も出来ないのに。
「――ふっ」
小さく息を吐く。
何度も何度も見た。
実際に自身の身でも受けた。
それでも身に付かなかったのは、偏に自身のステータスの高さ故。
現実世界との乖離が、技の模倣を困難とさせていた。
体感速度が、怪力が、技術習得を邪魔していたのだ。
漸くだ。
何度も何度も見て、何度も何度もその身に受け、何度も何度も反復し、姉弟子から学んだ技。
だが、習得しようと必死に練習した技はその限りでない。
他にも幾つもあり、そのいずれもが、ステータスの高さ故に失敗していた。
だが、今は違う。
装備の破壊により下がりに下がったステータス。
残った装備もENDに偏っているため、AGIもSTRもジョブ由来とほぼ同値。
これでも現実世界に比べればまだ高いが、そこは反復練習の多さで埋められる。
その“青さ”は何度も見た。
仰ぎたくなくとも仰いできた。
今度は、彼女にもみせてやろう。
伸ばしたワン・フー・ウーの右腕を軸としてマジンギアがまるで壊れたかのように回転する。
「……!?」
操作性を失い、”磔刑“はバランスを保とうとするも既に遅い。
何よりも、マジンギアはワン・フー・ウーを殺す為に前のめりになっていたのだから。
マジンギアは回転する。
その場でくるりと、天を仰ぐように。
「――ぐ、ぅッ……!?」
その技の名は知らない。
姐姐も姉弟子も決して教えてはくれなかった。
まるで使えるようになったら自分で決めろとばかりに。
「廻天」
合気道の力の流れ、柔道の投げ。
その複合のような技。
彼は知る由も無かったが、彼の学ぶ流派の師範代レベルでも習得が困難とされる技の一つだ。
組手でもまともに扱えない技を、実践で息をするように扱っていた2人の師から学んだ、2つ目の技。
おそらく同じ状況でも次は上手く繰り出せないだろう。
今上手く出来たのは、偶然。
たまたま、“磔刑”から感じられる殺気と呼吸が分かりやすかったため、合わせられただけだ。
「どうだ……空の色は」
「……」
“磔刑”からの返答はない。
呆然と空を仰いでいる……わけでもなさそうだ。
言葉を探している、そんなようにもとれた。
「これで決着が着いたとは言わない。だけど……少しくらい、教えてくれないか。さっきの言葉の意味を。僕が相談に乗れるかは分からないけど……」
そして、言葉を探しているのはワン・フー・ウーも同様であった。
“死にたい”などど思う人間に気休めも、軽い同情も、却って怒りを買う。
だからまずは話を聞こうという姿勢で臨んだのだが……、
「――ハッ、死にたいの意味なんざそのままに決まってるじゃねーか。やっぱりボンクラだな、てめーは」
可愛らしい顔立ちから、そんな言葉が出てきてはワン・フー・ウーも動きが止まる。
だが、その隙を彼女はもう狙うことはない。
先程の技を警戒してか、あるいは戦意が無いのか……。
ともかく、対話を選ぼうとしたワン・フー・ウーの言葉に乗っかった。
「そんなに知りたきゃ教えてやるぜ。この私の惨めでありがちな、お偉くも有り難い此れまでから得られた人生観ってやつをな」
そうして、彼女は此れまでの全てを吐き出した。
身の上も、周囲への苛立ちも、ねじ曲がってしまった自身の性質も。
そうして出会った〈洛陽創世会〉という宗教。
「わかるか? みんな、私をみて安心するんだ。嗚呼、ここまで酷く無くて良かった、来世ではみんなで幸せになりましょう、今世では私の方がまだまともねって。酷い世界の中でもより酷い人間をみれば、まだ頑張れる。私はな、マスコットなんだ。こんなのでも次の世界で幸せになるために頑張っているから、みんなも一緒に頑張りましょうっていう客寄せなんだ」
それが分かっていてどうして……。
その疑問が顔に出てきたのだろう。
“磔刑”はそれに答えるように続けた。
「もう、諦めるしかねーだろ? 信じられねえくらい嘘くさくても、もしかしたら次の世界があるかもしれないって、縋るしかねえだろ。だってよ、そんなことでも考えねきゃ……」
自殺も出来ない肉体でどうすりゃいいんだよ、と最後に彼女はそう問う。
助けてくれ、どうにかしてくれ。
諦めきったはずの彼女の視線はそう訴えているようだった。
何か思いもよらない解決策がワン・フー・ウーから飛び出してくれるのを期待するかのように。
「……っ……ぁ……」
だが、彼の口からは言葉が出ない。
気休めの同情も、安易な解決策も、慰めの言葉も。
どれを出そうとしたところで、それが嘘くさいことがすぐに分かってしまうから。
そして、それすらも予想内だったのだろう。
すぐに“磔刑”は先ほどまでの無の表情へと戻る。
「……そう、ですよね」
マジンギアを起こし、言葉から彼への興味を失くしたかのように、感情を隠した。
「誰にも頼りません。誰かに縋りません。私は次なる世界へと旅立つ、そのためにこの世界を無情に生きる。苦しみ、嘆き、傷みを受けながら。貴方がそうするように、私は枷をこの身に纏い――振り払う」
それは、彼女の必殺スキルの発動準備が整ったことを示していた。
両視覚、両聴覚、嗅覚、味覚、触覚、四肢、そして思考速度。
それら12の身体に制限をかけ、かけた分だけ自身のステータスを上昇させる必殺スキル。
「――《