<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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38 彼女にとっての 3

■“磔刑”という少女

 

 次なる世界を信じました。

 ――信じるしかなかった。

 

 教祖様の教えに導かれました。

 ――導かれるしかなかった。

 

 この世界においてクランにお誘い頂き、教祖様のお役に立とうと奮闘しました。

 ――戦うしかなかった。

 

 他に選択肢などなかった。

 選ぶための手も足も無かった。

 あるのは、言われるがままに動かされる、枷の付いた手足のみ。

 世界も神も教祖も、このゲームの世界すらどうでも良かった。

 現実の肉体に嘆き、恨み、本音をひた隠しにしながら卑屈になっているのと同じだった。

 

 どちらでも良かったから、どちらも選ばなかった。

 結果、私は〈洛陽創世会〉にとって都合の良い人形となった。

 手にした力は自身の肉体に枷を付けるというもの。

 ――嗚呼、ここでもまた、逃れることは出来ないのか。

 むしろ、現実よりも悪化していた。

 なにせ、自身で枷を増やさなければならないのだ。

 枷が無ければ弱く、枷を付けることがデフォルトとなる能力。

 こんな力……要らない。

 こんな力……無くなって欲しい。

 そう、願うことすらも許されない。

 これがお前なのだと、これがお前のあるべき姿なのだと。

 誰かに宣告されたように感じた。

 

 

◇◆

 

 

「これが私の……」

 

 その世界に入り、初めて得た自身の力。

 此れまでは何の感慨も無く達成感も得られず、無気力に世界を呪っていたが、その瞬間だけは僅かに胸が高鳴り――次の瞬間に再び地に落とされた。

 

 そのエンブリオの銘は【剛健不屈 ヘラクレス】。

 固有スキルはたった一つのみ。

 《十二の枷(アンチェインホープ)》という、自身の肉体に枷を付けるというもの。

 両目、両耳、鼻、味覚、全身の触覚、両腕両足の操作、思考速度にそれぞれ枷――【拘束】の状態異常をかけ、残された肉体を強化するというものだ。

 

 そして、このスキルには多大なデメリットが存在する。

 それは――

 

「こんなの強制発動みたいなもんだろ……ッ!?」

 

 このスキルは一応、アクティブスキルである。

 発動しなければ、肉体に枷は無い。

 だが、その場合は全ステータスに大幅なダウンが強いられる。

 その減少率は前衛職にでも就かなければまともに歩けないくらいだ。

 ログイン初日は片目と片耳に枷を付けて何とか街を散策した。

 

 数日が経ち、彼女は気づく。

 片目と片耳の枷があれば動く程度は赦される。

 だったら……戦うには更に枷が必要だ。

 自身の存在意義を示すには、枷を課さなければならない。

 枷がある状態こそが自身なのだ。

 

 教祖からはマジンギアが与えられた。

 曰く、これが一番良いのだと。

 枷が付いた状態でも彼女が戦うためにはこれしか無いのだと。

 

 それから更に幾日も経ち、エンブリオは瞬く間に進化を遂げていった。

 枷をかければかけるほど、すぐに進化していく。

 まるで彼女が枷をかけることを強いるように。

 第一形態から同一のスキルしか得られず、強化はされたものの、むしろ【拘束】すら強力となっていく。

 “磔刑”は通常、マジンギアを操作するための最低限の機能を残し他は拘束を受けることで【高位操縦士】でありながら専門超級職並の思考速度と右手の操作性を得ていた。

 加えて、“磔刑”は長い時間を思考のみで生きてきた。

 元より長けていた思考速度はより攻撃的なものへと加速する。

 

 いつしか、戦闘時以外でも縛られていることが当たり前となった。

 

 そうして、この世界と現実世界の彼女の有り様が混同し始めた頃、彼女に必殺スキルが芽生えた。

 《十二の枷(ヘラクレス)》。

 固有スキルと同じ表記には少し首を傾げた。

 エンブリオの中には固有スキルと必殺スキルが同期しているものもあるという。

 この必殺スキルもその類であった。

 

 “磔刑”は、この必殺スキルをみて、漸く理解した。

 この世界はどうしようもなくゲームの世界なのだと。

 少しばかり似たようなものだと笑い諦めていたが……結局は異なるものだった。

 頑張れば強くなれるゲーム世界。

 頑張ってもどうしようもない現実世界。

 

 どうしたって現実世界があってのゲーム世界だ。

 ここは逃げ場所。

 あそこは地獄。

 

 分かっていた。

 少しばかり力を手にしたと勘違いしていた。

 だけどこの世界で強くなるということは……

 

「現実の惨めさを思い出すだけだったんだ」

 

 

◇◆

 

 

「《十二の枷(ヘラクレス)》」

 

 枷が外れていく。

 彼女を縛っていたアイガードやイヤーマフ、左腕や両足を縛っていた拘束が解かれる。

 

「……」

 

 モニター越しで無くなった世界を見て、彼女は何を想うか。

 白黒世界も、機械音声も、今この瞬間だけはハッキリと本物を感じ取れる。

 

「ああ……自分の眼で見て実感したぜ……お前、私と同じくらいの子供だろ」

 

 こんな、子供に何を期待していたのかと怒りが沸く。

 無垢で無力で無意味なものに何が出来るのだろうか。

 

「なんだ……その力は……」

「これか? 羨ましいか?」

 

 吐き捨てるように、“磔刑”は笑う。

 凄まじい速度で上昇していくステータスに、しかし振り回されることは無い。

 思考速度も操作性能も上昇した彼女のステータスは制限時間こそあれど、その時間内は無敵に等しい。

 

「時間が勿体ない。光栄に思えよ……この状態で相手してやるんだからな」

 

 そのステータスは、かつてワン・フー・ウーが妹妹やイテカ達と戦った時以上に高いもの。

 STRを始めとした基本ステータスが15万を超えている。

 

 《十二の枷(アンチェインホープ)》によって受けていた枷を全て取り外し、連続戦闘時間に比例した強化バフを受けられる。

 これこそが“磔刑”の必殺スキル。

 偉大なる英雄を冠するに相応しい力だ。

 

 軽く手を薙ぐ。

 それだけでワン・フー・ウーへと突風が巻き起こる。

 耐えなければ、その場から飛ばされてしまいそうなほどの強烈な風を肌で感じていた。

 

「……」

「……ッ! 《因果流転悪行応報》!」

 

 ワン・フー・ウーは咄嗟に、身を固めた。

 全身鎧を、大盾を、構える。

 それらは次の瞬間には一蹴されていた。

 

「なっ……」

 

 砕かれた装備をみて唖然とする。

 まるでグランザルムとの戦いを思い出させるようだ。

 

 高いステータス。

 加えて、彼女には技があった。

 

「――流石に頑丈だな」

 

 そして、“磔刑”の攻撃はただ蹴っただけで終わらない。

 装備が砕け、中身が晒されたならば、そこに次なる一撃が放たれる。

 

「(――ッ! やばいやばいやばいやばい……!!)」

 

 《瞬間装備》を重ね、更なる装備を必殺スキルで強化する。

 あれだけ妹妹と集めた純竜級装備も、“磔刑”によって一掃される。

 アイテムボックスに貯めた装備が減っていくことに焦りを感じる。

 

 ならばと、“磔刑”を転がそうと手を伸ばそうとする。

 ――伸ばした手が寸断される。

 そのイメージが頭によぎり、それ以上は出なかった。

 

「おいおい、逃げてばっかかよ!」

 

 “磔刑”は楽しそうに笑う。

 先程までの、無の表情の彼女は消えていた。

 枷からの解放感からか興奮しているのだろう。

 

 回避と防御に専念するワン・フー・ウーを弄ぶように彼女は攻撃の手を緩めない。

 一方、ワン・フー・ウーは《瞬間装備》のクールタイムが明けるまでは避け続けるしかない。

 必死に攻撃を受け流し、避け、装備の破壊を最小限に抑える。

 

「……そろそろ時間だな」

 

 その強力さ故か、《十二の枷(ヘラクレス)》の時間制限は短い。

 遊び続け、スキルが解かれてしまえば、またもマジンギアで戦わなければならなくなる。

 そうして、その身に枷を付けることとなる。

 

「……」

 

 “磔刑”はワン・フー・ウーをみる。

 幼い少年。

 見た目こそ大の大人だが、その中身は全くの別。

 自身とそう変わらぬであろう同年代の少年に対して、内心溜息をついた。

 

「(そういえばこいつは……言わなかったな)」

 

 救ってやるだとか。

 助けてやるだとか。

 軽い気持ちと共に投げかけられる言葉を今日は聞かなかったと思い出す。

 

 まさかコイツから聞きたかったのか?

 いいや、と首を振る。

 むしろ逆だ。

 聞けばそれこそ、だ。

 

 言わなかったからこそ、この必殺スキルをみせたのかもしれない。

 

 大男越しに少年の素顔が見えた気がした。

 どんな感情だろうか。

 怯え、諦め、哀しみ……そのいずれとも似つかない。

 

 まあ、いいさと切り替える。

 もはやどうだっていい。

 

 遂にはワン・フー・ウーは持ち得る純竜級装備を全て失い、その場に膝をつく。

 “磔刑”は拳を作る。

 

 残された必殺スキルの制限時間も僅か。

 この一撃で終わるだろう。

 

「――ハ」

 

 ――ガリガリガリ

 

 なにかを削る音が聞こえた。

 

「なんだ……ッ?」

 

 ガリ、ガリ、とそれは地面を、岩を、木々を、触れたものを削り取る音であった。

 6本の腕を振り回し、視界に入る全てを破壊しながら突き進むその男――グローゾル・ルバーツは、

 

「ツ……ヨ……イ……ィィィィィィ」

 

 “磔刑”とワン・フー・ウー。

 2人の姿を認めると走り出し、その破壊の手を伸ばした。

 

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