<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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39 彼女にとっての 4

■クラン〈パルプンテ〉陣地付近

 

 2つの拳が交差する。

 まるで、事前に約束された組手のように互いの肉体に当たることなく、拳はいなされ流れていく。

 時折、パァンと破裂するような音が響くが、それでも互いにダメージは一切ない。

 それは互いのステータスが拮抗しているからではない。

 互いの技術が、その程度の衝撃は消し去っているからだ。

 

「(チッ……やっぱうめーなぁ、コイツ)」

 

 その完成度の高さに舌を巻きながら、エウリィは次なる一手を生み出すために一歩踏み出す。

 妹妹はそれを受けるためエウリィに対して一歩下がり、間合いを取る。

 構わずエウリィは先ほど突き出した右手を下げ、左手を妹妹へと伸ば。

 

「……!」

 

 下がったことで躱せたはずだった。

 エウリィの腕の長さからは届かないと踏んでいた攻撃は、しかし妹妹の頬を掠める。

 

「……チッ」

 

 咄嗟に顔を捻り躱された。

 ほぼ必殺の一撃と思っていたエウリィは苛立ち混じりに右回し蹴りを放つ。

 妹妹は小さな体躯でエウリィの右足の下を潜り、同時にその右足をカマイタチの爪で掻いた。

 

「あまり効いていないようですね」

 

 不意打ち効果が発動していないとはいえ、カマイタチで掻いたにしては少ないダメージ量に妹妹はエウリィの肉体を見る。

 僅かに衣服が破れた程度。

 その下は皮膚が裂けたくらいか。

 

「……おい、これ一張羅だぜ。どう落とし前つけてくれるんだよ」

「知りませんよ。悪魔の力とやらで直したらどうですか?」

「んなモン、悪魔の力にあるかよ!」

 

 妹妹の挑発に言葉では乗れど、エウリィは攻撃の手を止める。

 少しばかりの攻防で目の前の宿敵に違和感を覚えたからだ。

 

「(昔とスタイルが変わってるな……。ここまで守りに徹してはいなかった)」

 

 攻撃的な彼女は影を潜め、敵の強さを推し量り利用する戦い方となっている。

 それはエウリィが、アバターネーム“妹妹”という〈マスター〉の情報の通りであり、だからこそ余計に戦いづらいものとなっている。

 

「(【機密王】の情報だと超級職をリセットした状態で神話級UBMを倒したんだよな。なんだよそりゃ……どんな縛りプレイを強要されたらそんな芸事出来んだよ)」

 

 リセットされた超級職は、妹妹の合計レベルをみれば取り戻されていると考えるべきだろう。

 ジョブ自体は妹妹のステータスからは見えないが、既に【切断姫】であることは知っている。

 今の戦いからは切断に繋がるような力は見られなかった。

 あえて使っていないのか、あるいは条件があるのかは分からない。

 ただ……力を温存していることだけは分かる。

 

「なぁ、妹妹だったな」

「はい」

「今更なんだよ……今更、私とアイツの前に出てきて、何なんだよ! 私がアイツを強くした! 私なんだ! てめえなんかじゃない、この、私が悪魔的な力をアイツに施してやった! それを今頃になって……弱くなって、しゃしゃり出てくるんじゃねえよ」

 

 

 エウリィの殺気が膨れ上がる。

 同時に、何かしらのスキルの発動する兆候がみえた。

 妹妹はそれを察し、エウリィの行動を一つたりとも逃さないよう見つめる。

 

「は、ははははは! 怖いか? この私が、悪魔のように強い私が、怖いのか!」

 

 その、警戒心を露わにした表情だけで満足だ、とエウリィは顔を綻ばせる。

 しかし発動してしまったスキルを今更ながらにキャンセルするのは勿体ない。

 どうせ殺すと決めていたのだ。

 満足するならば、殺して満足しよう。

 

「見せてやるよ、私の必殺スキルを。《接続せよ――」

 

――ガリゴリガリ

 

 だが、その瞬間、2人の耳には特徴的な音が届いた。

 

 この場の誰かが発したものではない。

 明らかな第三者によるもの。

 

 2人は互いを警戒しつつも、その音へと視線を送る。

 

「……グローゾルか」

 

 地面を抉りながら駆けていたのは6本腕の男――グローゾル・ルバーツであった。

 同じクランに所属するエウリィは、彼をみて眉を顰める。

 

「誰だよ中途半端に刺激したのは……」

 

 その表情から正気を失っていると察するには十分であった。

 彼の過去に何があったかは不明だが、グローゾルは強者を求めている。

 エウリィとしても正気を保っているうちは“強者と戦うために戦う男だな”といった印象であった。

 その程度は、この世界の〈マスター〉にもティアンにも一定数いるため、別に珍しくもない。

 だがひとたび正気を失えば……中途半端な強さを見せつけ、グローゾルを痛めつければ、彼は強者を破壊することに固執するようになる。

 戦うのではない、破壊するのだ。

 その違いに、彼がどのような意味を持っているかは定かではない。

 だが、一つだけ確実なことがあるとすれば――

 

「――あの状態のグローゾルは面倒じゃんか」

 

 もはや敵味方あったものではない。

 今のグローゾルは本能で強者を探し出す。

 ならば間違いなく強者の枠組みに入るだろうエウリィもその標的だ。

 

「別にグローゾル如きに後れを取る私じゃねえが……コイツと同時ってのは手間だな」

 

 グローゾルのことを知らないだろうが、その異質さに警戒する妹妹をみて、エウリィはどうするかと思案する。

 いっそのこと妹妹を狙ってくれればと思い、グローゾルの行き先がどこか見ると、

 

「……はぁ!? 私じゃないのかよ!」

 

 エウリィも妹妹にすら視界に映すことなく、グローゾルはある一点を目指す。

 それは――彼女らの弟弟子と、“磔刑”と呼ばれる2人が戦う場所。

 

「あのクソガキの方が私よりも強いだと?」

 

 “磔刑”を睨みながらエウリィは溢す。

 先程見た時と違い、マジンギアから降り立ち、更にはステータスに大幅な上昇がみられるが、それでもエウリィは自身の方が強いと自負している。

 信じられないと一瞬だけ怒りで頭を真っ白にさせた。

 だからこそ、妹妹の小さく発した一言を聞き逃したのであった。

 

「違うでしょう――」

 

 

■【高位操縦士】“磔刑”

 

「(このタイミングで増援……?)」

 

 “磔刑”は不可解に思いながらも、ワン・フー・ウーの表情をみて、それは違うと思い直す。

 彼のクランメンバーでなく、ただの横やり。

 そして、それは無視出来るような存在ではなかった。

 

 6本の腕が地面を擦り、壊していく。

 その破壊跡から、それは単純な力任せによる所業では無いとすぐに理解出来た。

 あの腕に触れてはならない。

 恐らくは概念的な破壊の力を付与された腕だろう。

 幾ら《十二の枷》で強化された肉体とて、まともにぶつかれば破壊されるのは自身だ。

 

 それは恐るべき速度で“磔刑”達に肉薄し、6本の腕を振り上げる。

 

「(どちらを……!)」

 

 “磔刑”の技術では6本腕の男とワン・フー・ウー、どちらも同時に倒すことはできない。

 そして残り時間からどちらかしか倒せない。

 必殺スキル発動中の“磔刑”すら倒す可能性を持つ6本腕の男。

 少しばかり技の巧いワン・フー・ウー。

 

 どちらを倒すか。

 そして、必殺スキルの切れた状態でどちらを相手にするか。

 

「ツヨイヤツ……ミツケタァァァァァァァ!!」

 

 グローゾルは迫る中、ワン・フー・ウーへと視線を移す。

 どうやら先にワン・フー・ウーからその腕の餌食とするよう定めたようだ。

 

「(……ッ!)」

 

 考える。

 考え、考え、考えが纏まるよりも先に身体が動いた。

 

「……ァ、ツ……ヨ……」

「……ふぅ」

 

 6本の腕を跳び越えて、グローゾル本体を背中から打った“磔刑”は息を漏らす。

 最後まで地面しか削ることのできなかった6本の腕はその破壊の力を消失させ、やがてグローゾルも光の塵となり消えていく。

 その顔は最期まで正気を取り戻すことなく、ただ強者の破壊を求めたままであった。

 

「……なんでだ」

「?」

「どうして、俺を庇った。そのまま無視していても良かったはずだろう」

 

 おかげで必殺スキルの効力も消え、再びマジンギアに乗らなければ立つこともままならなくなった“磔刑”はその場に座り込みながらアイテムボックスを操作する。

 その間、ワン・フー・ウーは彼女へ攻撃することも無く、己の疑問を投げつける。

 

「……別に。すぐに必殺スキルが切れることは分かっていたからな。この状態でも相手どれる、楽な方を残しただけだ」

 

 それが、理由として苦しいことは自覚しているだろうに、それでも“磔刑”はその言葉を選ぶ。

 だが、何故苦しい言い訳となるかは彼女には分からない。

 ただ、自身が倒すと決めた相手が、よく分からない乱入者に倒されるのは癪に思えたのだ。

 

「……追撃しねえのか? もうすぐマジンギアに乗っちまうぞ」

「するわけないだろ。……出来るわけがない」

 

 そうかい、と“磔刑”は言葉を返しながらマジンギアに乗り込む。

 そうして視線を妹妹とエウリィの戦う場所へと移した。

 

「あいつら……どっちも知り合いか?」

「うん。一人は姉のような存在で……もう一人は姉弟子」

「なんだよそりゃ……どっちも姉じゃねえか」

 

 呆れながらも、2人の戦いぶりにワン・フー・ウーの技の源流がどこにあるか理解する。

 

「良いのか? このままだとどっちか死ぬぞ」

「俺には……僕には手が出せる戦いじゃないよ。それに、ここまでお前を倒すのが僕の役割だ」

 

 その役割すら放棄しているんだけどな、と“磔刑”は思いながらも、しかしワン・フー・ウーと今だけは戦う気になれなかった。

 いつしか戦意が薄れており、それはあの2人の戦いの行末を見届けたいからと無理やり自分を納得させるのであった。

 

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