<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クラン〈パルプンテ〉陣地付近
妹妹の足に付けられた小さな傷。
僅かな【出血】も短い時間で癒えるような、戦闘に支障の出ないもの。
ただそれだけのはずであった。
傷を作った短刀が、刃がただの刀でなければ。
左足が使い物にならなくなり、妹妹が倒れる。
この現象は強制的に作られた状態異常に近い。
時間経過では治らず、相応に高レアな回復アイテムが求められる。
「……それは」
「は、はは……。そうだ、その姿だ! あの時……私は見れなかったけど、きっとそんなふうに倒れてたんだろ? ああ、いい気味だ。私を置いていった罰だ。今、ようやく、私の手であの時を再現出来たんだ!」
その短刀の能力の源は呪い。
妖刀である。
「これ、いいだろ? 拾いモンだけどさ、私が使うから少しばかり手を加えて貰ったんだぜ。知り合いに能力そのままに別の武器にコンバートできる鍛冶師がいたからさ」
「……妖刀の類ですか」
「そ。妖刀【曲足】……斬った相手と自分の肉体を曲げる力を持っている。幾らお前が人間離れしていようとさ、その身体は人間だ。だったら私は悪魔らしく、そこを突いてやる」
そう答えるエウリィの左膝も有り得ない方向へと曲がっている。
だが、彼女は気にせずに動く。
何故なら、今の彼女の関節に限界はない。
軟体生物の性質を取り込んだが故に、攻撃中に軌道を曲げることだって出来るし、関節を曲げられたところで痛くも痒くもない。
「……悪魔が武器ですか」
「いーじゃん、それも。フォークみたいな武器持ってる悪魔もいるみたいだし。それに私は武器を振るってるんじゃなくて、呪いを振り撒いてるのさ。悪魔みたいに、な」
1つ、2つ、3つと妹妹の肉体に短刀が振り下ろされる。
幾つも幾つも関節が折り曲げられ、妹妹はその度に折りたたまれるように小さくなっていく。
「惨めだねぇ! まさに悪魔の贄に相応しいじゃん! ほら、言えよ。助けてって願えよ! あの時はどうだったんだ? 願ったのか? 叶うはずもない願いをさ。神様は助けてくれないよねぇ! だって、強いお前が助けを求めても、神様は動いてくれないからな。どんだけ願いを込めても、助けてくれるのは悪魔だけなんだよ!」
指が、腕が、もう捻じれていない場所は無いのではないかと疑う程に、妹妹の肉体は折り曲げられる。
流石に超級職のステータスだ。
致命部位で無いが故に死ぬことは無い。
「だけどこれで最後だ」
自身もまた、捻じ曲がった肉体で尚、軟体生物であるが故に関節を戻したエウリィは最後の一振りを行う。
即ち、妹妹の首を目掛けて。
幾ら妹妹だろうと、首を捻じ曲げられては生きてはいられない。
「あれだけ強かったお前が、小さく弱くなっちまったもんだ!」
振るわれた刃は確かに妹妹へと届き、その首を捻じ曲げていく。
「ああ……これでやっと悪魔の贄に……」
小さくて、弱い。
そう、笑いながら【曲足】を振り下ろすエウリィに向けて、妹妹は小さく一言。
「ええ……そうです。今の私は小さくて弱い。そう思い込んでもらうためにここまで斬られました」
エウリィにとって今の妹妹は敵で無く、ただの獲物。
超級職であろうと、前衛系の強力なステータスであろうと、致命傷に近いダメージを負い、数多の状態異常で動けなくなった彼女を見て、まだ戦えると……戦意を向ける者はいない。
即ち、それこそ妹妹の檀上。
必殺スキルなぞ無くとも、彼女にとってはこちらの方が数多の戦いを共にした、隠し持った爪。
刃を振るわれた瞬間、妹妹もまた最後の攻撃を終えていた。
すれ違いざまに伸ばされた、妹妹の手。
たとえ折られていようとも、力が入らずとも。
届きさえすれば、その一撃は必殺のものとなる。
「《爪研ぎ》」
静かに宣言されたそのスキルの名を聞き、エウリィは自身のHPが急速に減っていくのを見る。
胸元に突き立てられたカマイタチの刃はエウリィの肉体を崩壊させていく。
「……ハハ。んだよ、それ」
「……こうもしなければ倒せなかったのです。それほどに、貴女は強かった」
それが本心であるかなど、エウリィには分からない。
ただ、そうであれば良いなとは思った。
「……そっか。私は、本当に強いんだな」
ブローチの類も全て壊れていく。
自分はここまでなのだと、エウリィは悟った。
同時に、治らない妹妹の肉体を見て、彼女もまた同様に終わりだと嬉しく、悲しくなった。
「……なあ、聞いても良いか?」
時間はもう僅かにも残されていない。
だったらここでぶつけるべきだ。
格好悪くても良い。
ただ、悪魔らしく、全て曝け出さなければならないと感じた。
「なんであの時……私にも声を掛けなかった……」
「……」
「なあ、答えろよ。別に待っていたってわけじゃない……私は後から知ったんだからな。……お前がどこぞのガキを助けるためにズタボロにされたってな」
「……すいませ――」
「謝るんじゃねよ! ああ、お前は正しい。正しいんだろうけどさ――」
だけど、正しいが故に間違っている時もある。
そんな矛盾を孕んだ瞬間は確かにあるのだ。
「そん時くらいは……悪魔に願ったって良いだろうが。一言、助けてくれってさ」
「――」
返事を聞く前に、妹妹とエウリィ、両名のは言葉を発することが出来なくなった。
きっと聞いたところで満足いくものが得られた保証はない。
だけど、言葉をぶつけただけで溜め込んだ何かが消えていく気がした。
「(……ああ、そうだ……アイツのことはどうするんだったっけかな……)」
何故か仲良く自分たちの戦いを観戦している2人の少年少女達。
そのうちの片割れを今後どのように育て上げ、贄にしようかと。
その時にまた妹妹は邪魔しに来るのかなと、少しだけ楽しみにしながら……エウリィ・リリィは完全に消滅した。
◇◆
「姐姐……エウリィお姉ちゃん……」
2人の師の死に様を見て、ワン・フー・ウーは覚悟を決めていた。
彼女達は今の戦いを通して幾つもの技を見せた。
それは彼女達からの見稽古。
強くなれというメッセージ。
「……なるほど。彼女達の強さは……確かに私を倒す可能性があったかもしれません」
いつからか、彼女の口調は最初期のものへと戻っていた。
戦意が薄れたが故だろうか。
マジンギアに乗った今でも、彼女は武装を展開する素振りさえ見せない。
「だけど2人は相打ちとなりました。私にとっての脅威は排除されたということ。残るは……」
ワン・フー・ウーを見て“磔刑”はどうしたものかと悩む。
不意打ちで今の彼を倒すことは十分にできる。
それが失敗したとて、マジンギアの装備だけでも倒せる自信はある。
だが……果たしてそれでいいのだろうか。
もう一度、あの状態で……自身の枷を全て取り外した上で、再戦を望んでいる自分がいた。
あの状態でぶつかり、ワン・フー・ウーを完膚なきまでに倒すことで、漸くこの男に勝ったと言えるのではないだろうか、と。
「明日、暇ですか?」
「え? あ、うん。まあ予定はないけど……?」
『このイベント中にそんな会話になることある?』と思いながらもワン・フー・ウーは答える。
恐らくだが、今日は防衛側であるため明日は別の役割を与えられる可能性もある。
そうなれば幾らかは自由が利くだろう。
「であれば、明日の……そうですね、こちらの時間で朝10時に私の陣営に来てください」
今も巨大なスクリーンが映し出される麓。
クラン〈洛陽創世会〉の陣営に誘われる。
……否、決着を求められる。
「陣営によるバフは除くようにしておきます。そして、必殺スキルの発動も出来るよう準備しておきます。そこで先ほど私が伝えた私の人生に対しての一言を、聞かせてください」
何も言えなかったあの時の続きを、“磔刑”は望んでいた。
彼の口からは何が飛び出すのだろう。
時間があれば、何かは出てくるだろう。
助けてやるか、それとも救ってやるか。
似たような言葉はたくさん聞いた。
もしかしたら、彼から聞いたら何か変わるのだろうか。
――きっと何も変わらない。此れからも。此れまでも
それだけを言い残して、“磔刑”は去っていった。
ワン・フー・ウーには引き留めることは出来ない。
ただ、問われた言葉への返答を考えていた。
これで1日目にやりたいことだいたい終わったかなー