<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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45 ナイト・メア・ナイト・バトル 1

■とある羊飼いの話

 

――イタイ、イタイヨ

 

 耳を劈く悲鳴。

 まだ幼い子供の悲痛なる声が響く。

 

――タスケテ、オネエチャン

 

 これは助けられなかった罪悪感が為す仕業か。

 あの時、動くことが出来なかった私が……。

 

――アア、クルシイ、イキガデキナイ

 

 父の呼吸が止まる音。

 ゴボゴボと、肺の中からどこまでもどこまでも溢れ出る水。

 

――タスケテクレ、タスケテクレ

 

 必死にこちらへと手を伸ばす。

 誰よりも偉大な父の手は、しかし私の手を掴むことは出来ない。

 

「……はは。どうやら居眠りをしていたみたいだ」

 

 時間を確認すると数秒と経っていない。

 こちらへと顔を向ける羊の一匹に何でもないという顔をみせ、向こうを指さす。

 羊は釣られて指の先を見て、こちらを振り向くことは無かった。

 

「そうだ……弟はまだ話すことも出来ない歳だった……。父は何も残すことなく川に沈んだ。私には何も言ってはくれなかったんだ」

 

 先のは夢であり、ただの幻聴だ。

 脳が勝手に作り出した、ありもしない悪夢。

 

 傍らの羊の毛を力づくで毟る。

 羊は悲鳴を上げるも、こちらに何をしてくることもない。

 

 それで何かが救われることはない。

 それで何か安らぐことはない。

 

 こんなことをしても、私は彼らに対して恐れることも怒ることもないのだから。

 

 いっそ、私のエンブリオが羊を冠する怪物や神……例えばバフォメットやタンムズであれば良かったのに。

 そうすれば、私の心の内は羊に対して恐れや怒りといった感情を向けていることが分かったのに。

 

 だが、それも無理な話だ。

 今、私の周囲にいる彼らは全てガワが羊なだけの別物。

 別物だからこそ、別の感情がそこには込められており、恐れや怒りが発散されることは決してない。

 

「スーダ……トゥアーラ……いないのか」

 

 共に魔女の家の門戸を叩いた同士はいつの間にかどこかへと消えていた。

 彼女らも彼女らで別の、何かしらの目的があるのだろう。

 

 ……。

 それに比べ、自身はどうだろうかと振り返る。

 クランの新人としては期待通りに働いた自負はある。

 だが、……だからこそ、いつもいつも、期待とは何なのかと危惧を抱くのだ。

 期待を受け、そのように在れと、そう教えられ、育てられたからこそ自分は弟を失い、父は犠牲となった。

 だったら、今回もそうなのではないか。

 皆、自分に期待をするのではないだろうか……犠牲という名の期待を。

 

「はは……やはり1人は嫌だな。私はどうしようもなく羊飼いだという呪いに蝕まれてしまう」

 

 メェメェという鳴き声だけがある。

 それは何の慰めにもならない。

 所詮は羊。

 羊は人間ではないし、だからこそ、人間の敵に成り得る。

 

「……泣き言ばかりではいけないぞ。ムートン・ラム。この名を自身に課したのは、乗り越えるためだ」

 

 羊を鑑賞する。

 羊に干渉する。

 羊が感傷する。

 

 最後に私こそが完勝する。

 

 超級職を背負い、過去を背負い、羊に纏わりつかれた人生を歩む彼女は立ち上がる。

 

「直に一日目も終わる。最後に1人くらいは仕留めるとしよう」

 

 羊たちの動きが変わる。

 一方から何者かが迫っている。

 彼らの怯え方から数は2。

 

 羊飼いは静かにライフルを構える。

 

 

◇◆

 

  

■クラン〈パルプンテ〉

 

 1日目も終わろうかという時刻。

 連戦に堪えたのか、流石の腕に自身のあるメンバーたちも疲労を顔に浮かべていた。

 

 数えると、まだ陣営に戻っていない者もいるようだ。

 ステータスの表示から生きてはいるようで、こちらに無事に戻ってくることを願うしかない。

 事前の打ち合わせ通りであれば、日付が変わるまでには戻ってくるだろう。

 

 とはいえ、ある程度の人数になれば、1人や2人、欠けていようと休憩の時間としてもいいだろう。歳の幼い者を中心に交代で休憩を取ろうというプシュケーの提案にクリアントも頷く。

 

「ワン、キシリー、夢味、イテカが休憩だな。4,5人ずつでいいか」

「ええ。加速時間の中ですもの。一度ログアウトすれば、こちらでは最低1時間は戻ってこられないと思わないと」

 

 自分は5分もあればいいかと勘定しながら、クリアントは各々の休憩時間と、その間の警戒態勢を取れるメンバーを確認していく。

 防衛、遊撃部隊に属していた者は索敵に精通している者が多い。

 彼らが残っていれば、昼間程ではないが、敵の接近にも安心できるだろう。

 

「大丈夫だぜ、オーナー! 俺の愛機の分体が飛び回ってる。何かあれば知らせてくれるぜ」

 

 そう胸を叩くバーバヤードだが、その分体も彼の操縦無くては動けない。

 故に、いつまでも1人に任せておける仕事ではない。

 

「……俺も歩きまわっておくか。まだストックも残ってるし」

 

 時間経過と共にストックが回復するのだ。

 この数時間を無駄にするくらいならば積極的に動き、多少のストックを減らしつつも敵の接近に気づけた方が良いだろう。

 

「クリアントさん、どちらへ」

「ちょっとそこまでな。暇潰しに」

「……コンビニ感覚で歩かれても困りますわ。その暇潰しが出来る時間帯と力があるとはいえ……いいえ、まあ良いですわ」

 

 でしたら、とプシュケーが一つ提案をする。

 

「そろそろワンさんが戻ってくる時間です。少し、話を聞いて頂けません?」

「話、とは」

「妹妹さんのことですわ。私達もそうですけれど、彼女の脱落は予想外。敵の力を聞けば、相打ちという形でも“悪魔憑き”を落としてくれたことは僥倖でしょうけれど、それでも彼にとっては恩師に等しい存在ですわ。多少は精神的にダメージがあるはず」

 

 確かにそうだろう。

 だが、とクリアントは自身を指さした。

 

「俺でいいのか?」

 

 オーナーという役割だけみれば、メンバーのメンタルケアも求められる仕事かもしれないが、自分でも向いていないことは分かり切っている。

 

「キシリーさんが無事に【巨人王】に就けたこと、そして以前よりも落ち着いたこと……私は評価していますのよ。彼女が貴方に懐いていることも含めて。それにクリアントさんも自覚していることですわ……貴方、大抵のことを普通にこなせますわよ」

「……そう、か」

 

 久しぶりに期待されたような気がする。

 出来るかはわからない。

 だけど、やってみようという気にはなった。

 

「任せてくれ。どうせなら全員に話を聞いて来よう」

「え、あ、いえ……別にワンさんにだけで――」

 

 背後でプシュケーが何か言っていたが、意気揚々と歩き出したクリアントには届かなかった。

 

 

◇◆

 

  

「とはいえ、誰のところから行こうか」

「まずここでワンプちゃんを選択肢に入れないのはどうかと思います!」

 

 メイデン体へと戻ったワンプがそう抗議してくる。

 周囲には味方も多く、最近では即座にルール体へと成れるから良いのだが……常在戦場とは何なのだろうかと考えさせられる。

 もし、隠密に特化した者が背後にでも隠れていたらこの瞬間クリアントは死亡していただろう。

 

「……クランメンバーと話をしに行くと言っただろ」

「ワンプちゃんを仲間外れにしないでください! 私だって立派にメンバーです」

「……。何か聞いた欲しい話でもあるのか?」

「いえ、特に。今日は先輩と2人だけの時間が多かったですしワンプちゃんはそれで満足していますよ」

「……」

「待ってください! 無言で話を終わらせないでくださいよ!」

 

 じゃあクランメンバーのところに行くかと再度歩き出そうとしたクリアントの袖をワンプは必死に引っ張る。

 

「おい、服が伸びるかもしれないだろ」

「伸びませんよ! ワンプちゃんは非力なんですから! じゃなくて! 私が言いたいのは、私の満足度とかメンタルとかは別にしても、『最初は一番大事なワンプから話を聞いていこうかな』という先輩のワンプちゃんファーストな心を持ってほしいってことなんです。居るのが当たり前、先輩が落ち着くのはワンプちゃんの隣って思っていたとしても、蔑ろにはされたくないんです」

 

 クリアントが真に落ち着くのはワンプが隣にいる時でなく、ルール体となっている時なのだが、それはそれとして。

 

「……そうだな」

 

 別にワンプの言葉を否定するつもりはない。

 確かにぞんざいな扱いをしてしまうこともあった。

 それは彼女の言う通りに、当たり前になっているからなのかもしれない。

 

「ワンプ」

「はい、なんでしょう」

「これから仲間のところへ話をしに行く」

「ええ、知っています」

「1人だと上手く話せるか不安だから付いて来てくれるか? お前の助けが必要になるかもしれない」

 

 今更、彼女と面と向かって話すことはない。

 それだけ心が通じ合っているつもりだ。

 だからこそ、求めるのは対話でなく助力。

 1人ではないからこそ、2人で1つだからこそ、ワンプに声を掛けるのであれば、これが正解なのだ。

 

「勿論です! ふふ。先輩は私がいないとダメなんですから」

 

 上機嫌にワンプはクリアントの腕に抱き着く。

 同時に、クリアントの武具達が装備した箇所から、アイテムボックスから、何かを言いたげにカタカタと震える。

 クリアントはまだ知らない。

 これから同じようにあと5回、クランメンバーではなく自身の装備達に対してのメンタルケアをしなければならないという事実を。

 

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