<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ノーチラス艦内
「クャントルスカ。この中でムートン・ラムという人物をよく知っているのは君だけのようだ。もう少し人柄や能力について詳しく教えてもらえるかい?」
「ッスね。私も噂程度に聞いてるだけですし。その噂もヒツジを共に連れているくらいしか」
ムートン・ラム討伐に向け動き出した4人。
ノーチラスは地中を進むため次第に数を増やし地上を侵略し始めるヒツジ達の一切を無視出来る。
潜望鏡で地上の様子を伺いながら、ムートンらしき人物を探すが、未だにその手掛かりは掴めない。
ヒツジ達の動きから方角までは分かるが具体的な距離までは分からないため、フィリップはより詳しい情報を求める。
「ラムちゃんはね……自分のことを呪われた羊飼いの末裔ってよく言ってたよ」
「ふむ……呪われたとは」
「望んで羊飼いになったわけじゃないんだって。一族がそうで在ったから、他に選択肢なんて無かったから、ヒツジと共にいるって言っていた」
〈マスター〉であるにも関わらず一族という言葉。
ならば彼女が羊飼いというのはこのゲーム世界だけに留まらず、現実世界においてもそうであるのか。
「だが、それだけで呪われたという言葉を使うかな。逃れられない運命という意味においては確かに呪われているのかもしれないが」
「うん。そう……ラムちゃん曰く、違うみたい。それ以上のことは教えてくれなくて、その時は私がラムちゃんのことを好きになっちゃったんだけど……」
それは教えてくれなかったのではなく、クャントルスカがラムを愛し殺してしまったことが原因なのではないかと思ったが口には出さない。
何故か本調子ではないらしいクャントルスカに対し、過度なツッコミもどうかと考えたフィリップはそれ以上得られそうにない人柄でなく、能力について尋ねる。
「エンブリオはこのヒツジ……で良いのだよね?」
「ちょっと違う……のかな。ヒツジを生み出す器官?みたいなものがエンブリオみたい。このヒツジも見た目通りのモンスターじゃないみたいで……」
潜望鏡越しにヒツジの名を鑑定してみる。
ヒツジ型のモンスターの名は【シープラント】
「【シープラント】……シープってヒツジを指す英語だよね。授業で習った。“ラント”ってなんだろ……」
ワン・フー・ウーは首を傾げた。
「……シープが英語ならばラントもまた英語なのだろうが……怒鳴るや喚く、かな。ランドだったら島国などで“ヒツジの国”だからこの現状も理屈が通りそうだったけど」
ヒツジが怒鳴る、あるいは喚くヒツジ。
だが、ヒツジはメェメェと鳴くが、そこまで大きな声なわけではない。
「エンブリオの銘は……流石に分からないんスよね」
「ごめんね。そこまでは教えてくれなかったんだ」
「……まあ、そうスよね。他人に手の内は簡単に明かさないのが常識スから」
次第に、地上を蠢くヒツジの数は増えていく。
それはムートンがすぐ近くにいるという何よりの証。
「では最後の確認だ。ムートン・ラムのヒツジ。プシュケーは凶暴化すると言っていたがその脅威度はどの程度か」
現状、全くの無害といっていいヒツジ達。
ムートンを倒すのはひとえに彼らが一斉に凶暴化した際に手に負えないと判断されたため。
「……軽く見積もっても亜竜級くらいは強い、かな」
「……」
今の【シープラント】のステータスは100かそこら。
それらが1000を超える値となる。
その言葉にクャントルスカを除いた3人は、
「……なんだ、その程度か」
「良かった……流石に一万とか言われたらどうしようかと」
「ッスね。ワンさん、試しにヒツジの装備とか作ってみるスか? 全身モコモコで暖かいかも」
と、安堵していた。
「え、あれ……?」
全体の数すらみえない無数のヒツジ達が全て亜竜級のステータスを持つ。
それがどれだけ恐ろしいことかをかつて【動物王】レシーブ・キープとの戦いで似たような状況に陥ったクャントルスカは知っていた。
だが、逆にそれ以外の皆は違う。
何故ならば、
「グランザルムの時のような一際強い個体でもいない限りは大丈夫だな」
神話級UBMであるグランザルムとの戦いを経験していたから。
あの黒いモンスターに比べればまだヒツジたちの方がマシと言えるだろう。
加えて、フィリップも、イテカも、ワン・フー・ウーも広域型として戦うことが出来る。
つまりは、数だけの相手には強いのだ。
「クャントルスカ。そもそもノーチラスの中にいればヒツジ達は手を出せない。だから私達が危惧すべきはムートン・ラムを探し出せるかどうか、ということだ」
「う、うん……そうだね?」
それはフラグというものじゃないかと思わなくも無かったが、初日の連戦を凌ぎ疲れていたクャントルスカも、その他の3人も頭が回っていなかった。
安易な解決策に縋りつき、それ以上思考を巡らせることが出来なかった。
「まあ、ともあれだね。そのムートン・ラムという人物は余程ヒツジが好きなのだろう。エンブリオとして現れるくらいなのだからね。せめて、彼女の前ではヒツジ達を倒し過ぎないよう気を遣ってあげるべきか」
◇◆
■〈パルプンテ〉陣内
「――つまり、ムートンとやらはあまりヒツジが好きではないみたいだな。憎しみ……ともまた違う。だが縛り付けられているように思える」
プシュケーからムートンの人物像、そして能力を聞いたクリアントはそう結論付けた。
「おいてめぇ。プシュケーさんのおありがてぇご高説をちゃぁんと聞いてたのかしら? どう解釈したらそんなおめでたい結論に辿り着けるんだよ」
「……」
あ“?と睨むジャミラにクリアントは言葉を詰まらせる。
クリアントにとってヒツジ以上に敵がいた。
普段はクラン運営において補助の立場で多々困らせられているジャミラの意趣返しだが、その意識がないクリアントにとって何故そこまで目の敵にされているか見当もつかない。
「まあ、そうだな。ジャミラほど否定したいわけじゃないが、ヒツジが嫌いだったなら他の能力にならないか? たとえばヒツジを殺す為の力みたいな」
自身の力が昆虫を否定する心から生まれたパズズであるバウムも頷く。
ヒツジ特攻の力ならまだしも、ヒツジを従える力。
それはやはりムートンが羊飼いであるために生まれた力に他ならないのではないか。
「いや、さっきも言ったが憎しみともまた違うのだと思う。諦めた、んじゃないかと俺は考えている」
「諦めた?」
「ああ……羊飼い以外の道をだ。だが、それでもヒツジに対しての感情は愛情だとか嫌悪だとかそう単純なものではない。だからこそ、ヒツジにも似た別物を生み出し従わせているのだと思う」
“ヒツジにも似た”……クリアントはその言葉を強調するように言う。
確かにモンスターであるからヒツジとは別物。
だが、それは今更というものではないか。
この世界の犬型モンスターや猫型モンスターが犬や猫とは別種であるように、ヒツジ型モンスターである【シープラント】もヒツジとは別物。
「……ああ、そうか。お前達はアレをヒツジ型のモンスターとして見ているのか」
合点がいった、とクリアントは呟いた。
話が伝わらなかったのはそのためか、と。
「クリアントさん……何を言いたいんですの? 貴方には一体何が……」
「【シープラント】。“シープ”と“プラント”」
モンスターの名を分解する。
分かりやすくするために。
正しく解釈するために。
「俺にはそう読めた。ヒツジを模した植物の量産品。ヒツジに近い、ヒツジではないナニカ。……残念ながら俺にはアレらが可愛くはみえないな。他の形を模倣する植物なら尚更だ」
「待ちな。<エンブリオ>からのパーソナル読みはマナー違反だぜ」