<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ノーチラス艦内
「違うよ」
フィリップの言葉はクャントルスカによりハッキリと否定される。
「フィリップちゃん。ラムちゃんはあのヒツジ達に対して、確かに少しは愛があるかもしれない。だけどね、……それ以上に、好き以上の感情が混ざってるよ」
「……君が言うのなら疑いはしない。断言できるだけの根拠は……無いみたいだが、愛や好きという感情の話だ。それも否定に関してならば君を上回れる弁舌は出来そうにないな」
「確かに私は、ラムちゃんのヒツジに対する感情を説明はできない……けど、あの向けていた目、あの目は絶対に愛じゃないって分かるんだ」
ならば一体、どのような感情が込められていたのか。
ムートン・ラムにとってヒツジとは一体どのようなものなのか。
「……ッ! ああ、そうか!」
ムートン・ラム。
改めて、その名を反芻したフィリップは自身の勘違いを認めた。
ヒツジが好き?
違う……彼女はどこまでも羊飼いだったのだ。
ヒツジが好きだから羊飼いなのではない。
生活にヒツジが必要だから、ヒツジを伴わなければならないから羊飼いなのだ。
「ムートンもラムもヒツジそのものを示す言葉じゃない! ヒツジ好きだからと受け止めていた名前だったけど、前提からして違っていたんだ!」
“
ヒツジが好きならば、ヒツジを素材として扱う名前など付けるか?
否、ヒツジ好きならば絶対に付けぬ名だ。
それは彼女が羊飼いだからこそ、ムートン・ラムという名であるのだろう。
「だ、だけどさ。ヒツジの好き嫌いなんて今そんなに関係ないよね」
「……ムートン・ラムのエンブリオが判明した後だったならば問題はなかったさ。だが、依然としてその銘すら不明だ。ヒツジが好きでヒツジを伴っているのと、ヒツジを加工品として扱う羊飼いが生み出したヒツジに関するエンブリオは全く違う……!」
始めは、レギオンのエンブリオだろうと思っていた。
次から次へとヒツジが生み出されるためキャッスル系統が混ざっている程度だろうか、と。
だが、ヒツジ一匹一匹に対しての愛情が曖昧であったならば。
羊飼いとして、ヒツジを大量に扱うことが当たり前な人間であったならば。
キャッスル系統が混ざっている程度ではない。
TYPE:フォートレスが主体の、大量生産が目的のエンブリオとなる。
「確か“最弱最悪”がそんなエンブリオだったな……。タイプはプラントフォートレスの……って、プラントってそういうことかぁ」
最初からモンスターの名にヒントはあったのだ。
ヒツジを大量生産していると。
故に【シープラント】……ヒツジの大量生産品。
とはいえ、フィリップも更に植物という意味が隠されていることには気づけない。
大量生産からの連想であるため仕方ないことではあるが。
「レギオンとフォートレスってそんなに違うの? どっちもモンスターを大量に操るイメージだけど」
「大いに違うさ! 前者は確かにそのイメージで合ってる。けどね、フォートレスは生み出す本体が〈マスター〉とは限らないんだ。むしろ別物のパターンが多い」
エンブリオの性質上、他の〈マスター〉と組むことが少なかったワン・フー・ウーには何が違うのか分からなかった。
いや、それは他の2人もだろう。
どちらも大量のモンスターという点では同様。
異なるのは、その出現地点。
「良いかい。私の勘だが……ヒツジ達の出現地点を追ってもムートン・ラムには辿り着かない可能性がある。凶暴化、という奥の手があるならば尚更だ。ヒツジを生み出す工場は囮で、生み出すだけ生み出して、後は大量の羊を凶暴化……今夜のうちに大量の〈マスター〉が死ぬだろう。彼女のクランは短期決戦の大量ポイント獲得が狙いだ」
◇◆
■クラン〈御邪魔女連合〉
「ムートンちゃん、頑張ってるみたいねぇ。うちのクランの子達はもう全員帰って来てるかしら」
「……複数名が殉死したと報告を受けています。その……トールマウスも……」
オーナーであるデミータリィの膝の上でサブオーナーの魔女ラテは小さな声にて答える。
それは気恥ずかしさから故か、内容が言いにくかったからか。
頬が赤く染まっていたことから少なくとも前者は含まれていただろう。
「あの……そろそろ降ろして」
「んー。ダメ」
笑顔のデミータリィに魔女ラテはそれ以上言えない。
なにより、敬愛するデミータリィの膝の上を自分から降りることは出来なかった。
せめて言葉だけでもと皆の前だから出たものであった。
サブオーナーとしての威厳を保とうという、彼女らしく可愛らしい行動。
「……うぅ、見るな……エイミー……」
「いやぁ~、私としては拠点内に万が一でも異変が無いか見逃しは出来ないんで、はい、ちゃんと堪能させていただきます」
本音が駄々洩れのクランメンバーを睨むも、その視線が流される。
普段は眠たげなエイミーも今は色んな意味で覚醒状態。
魔女ラテからするとむしろ扱いづらくなっている。
「……くそぅ。せめて隠蔽だけはしっかりしておけ……よ」
オーナーに頭を撫でられながらサブオーナーは忠告する。
【魔女会 サバト】……TYPE:キャッスルのエンブリオだ。
能力は拠点生成と隠蔽。
如何なる手法であっても決してみつからない隠れ家を作り出すためのエンブリオ。
加えて、拠点内では生産行動に大きなバフがかかる。
まさに“魔女の夜会”に相応しいエンブリオといえよう。
その拠点は今、アムニールを模した巨木の枝の一つに作られていた。
とはいえその巨木も本来のものよりもスケールダウンされており、地上から50m……高層マンション程の高さだ。
彼女らの真下では白く小さな物体が蠢いている。
事前にムートン・ラムからエンブリオの力を聞かされていなければ、それがヒツジであるとは気づけなかっただろう。
そして気づけなければ、此れから起こるだろう災害に巻き込まれていた。
デミータリィはともかく、他のメンバーは……サブオーナーの魔女ラテすらも逃れられなかったはずだ。
それほどにムートン・ラムの力は恐ろしい。
「アイコンは消えている……ね。死んじゃった……かぁ」
デミータリィは仲間の死にため息を漏らす。
それは悲しさに近いが別物。
遊び相手の消失、が正しいだろう。
「大魔女様……殉死者に級を据えるのはいずれまた。それよりも今夜はどういたしましょうか」
「へ? 今夜って今夜?」
「はぁ……その通りですが」
「それって……もしかして……キャッ」
幼子から夜のお誘いを受けたと勘違いしドキドキしている20代後半妙齢の女。
当然ながらそんな意味ではない。
舞い上がっているのはデミータリィとエイミーだけだ。
「大魔女様……今、地上は危険な状態であることに違いはありません。その間、我らはどう動くべきか。当然ながら我々は魔女……空を飛べる者も多数います。ヒツジ達による地上の殲滅と空からの波状攻撃……これで残存する〈マスター〉を一掃することも可能かと」
「えぇー、いいよぉ、いいよぉ」
魔女ラテの言葉にデミータリィはぶんぶんと大きく手を振った。
「暗くて危ないし、今はじっと休んでいようよ。夜更かししてるとお肌に良くないし、魔女ラテちゃんも大きくなれないよ?」
「……こちらは加速時間内なので問題はない……というか世界観、です! 大魔女様、私の背丈は持ち出さなくて結構! それに魔女なのに夜更かしがどうとか言わないでください!」
ともあれ、他のメンバーもあまり拠点の外には出たくない様子だ。
それだけ地上のヒツジ達が不気味であるし、これから起こるだろう惨状を考えれば決して巻き込まれたくはないのだから。
結局、〈御邪魔女連合〉は新参のムートン・ラムを除き生き残った全員が拠点の中でぬくぬくと一夜を明かすのであった。