<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ノーチラス艦内
「近いぞ。戦闘の準備を!」
ある地点からヒツジ達の動きが放射状に広がっていた。
その中心部こそヒツジの大量生産工場ともいえるモノがあるのだろう。
「どうするんだ? このままこの潜水艦で叩く?」
「……正直、それが一番だろうね。まだ明日がある。戦力を温存し、消耗を避けるためにはノーチラスの中で休むのが一番だ」
討伐隊を組んではみたものの、敵が個として強大であったための戦力であり、相手がただヒツジを大量に作り出すだけのエンブリオならば問題ない。
先程気にしていたレギオンとフォートレスの違いも、纏めて吹き飛ばしてしまえば些細な問題となる。
「生み出すための工場はそれで問題ないだろう。だがもし付近にムートン・ラムがいた場合は……」
「目立つッスね」
主だけを取り逃がす可能性がある。
それだけは避けたい。
「……私はこのまま潜水艦に残る。どのみち生身じゃ大した力になれないからね。ワン君も先の戦いの消耗が残っているだろうから残りたまえ」
「ってことは」
「イテカとクャントルスカに先遣を務めてもらう。付近にムートン・ラムがいれば戦闘。いなければ帰還次第ノーチラスで工場を破壊だ」
同時に名を呼ばれた隣の女を嫌そうに見るイテカ。
先日の依頼で敵よりも早く味方であるアシスタを殺したクャントルスカと2人だけで肩を並べたくはない気持ちが出かかる。
「……はぁ。仕方無いスね」
だが、良い意味で諦めのついたイテカはやるだけやってみるかとノーチラスの上部に取り付けられたハッチに手をかける。
ノーチラスの全身を浮上させようものなら即座に周囲にバレる。
こっそりとハッチ部分だけをフィリップは浮上させてくれるだろう。
「……行くスよ」
「ありがとう、イテカちゃん」
クャントルスカに手を伸ばすと笑顔で握り返される。
こうしていたら普通の人なんだけどなと思いながら自身とクャントルスカの身体を地上へと引き上げた。
「武運……とそれ以上の幸運を」
「そっちも」
◇◆
すぐにノーチラスは地中へと沈み、それきり静かになった。
今も潜望鏡で地上の様子は覗かれているだろうから下手な動きは見せられない。
地上は今もヒツジ達で溢れかえっている。
イテカは顔を顰めつつ周囲を警戒し探る。
辺り一面の白さはこの深夜では異質な存在だ。
だからこそ分かりやすいとも言える、が。
「もしヒツジの毛が白く無かったらどのくらいの数かも分からなかったスね」
「イテカちゃん。あっちの方。数がどんどん増えているよ」
「わかってるッス」
つい、クャントルスカに対しては反発的な口調となってしまう。
イテカとしても本意ではないのだ。
他の仲間に比べて多少苦手意識があるだけ。
その意識が攻撃的に漏れ出ている。
「(やっぱ気を付けないといけないんスよね……)」
「イテカちゃん、先に謝っておくね。私は今……あまりうまく戦えそうにないんだ」
歩き出す直前。
クャントルスカはイテカに自身の不調を告げる。
「……ええ。何となくは。みんな気づいてるッスよ。あの鳥女が出てきてからッスか?」
「そうなのかな……ううん、タイミングは一緒。きっかけも。……だけど、」
と、僅かに声は小さくなっていく。
イベント開始と共にクランを襲撃したダークグレーの翼を持つ少女。
ラブアンドイーズと名乗っていた女が現れてから、クャントルスカはどこかおかしくなっていた。
「(いや……おかしなのはいつもッスけど)……好きになれない相手が現れたからとかスか?」
誰彼構わず長所があれば好きになってきたクャントルスカ。
だが、今回ばかりは第一印象が悪かったためだろうかとイテカは彼女の心の内を探る。
「違うよ。あれだけ大胆に私達のクランに挨拶をしに来てくれたんだもん。好きになっちゃうよ」
「……そうッスか」
彼女基準ではアリだったらしい。
であれば、ラブアンドイーズの性質が問題か?
「翼が……エンブリオの前の形態を思い出したとか?」
「それは……うん、思い出すよ。モーちゃんのことは絶対に忘れない」
〈超級〉に至るにあたり失った相棒。
翼を持つ少女という共通点がかつての相棒を思い出させ、それ故に調子が出ないのだろうか。
「でもね、モーちゃんとあの子は別だよ。エンブリオもきっと別物。……安心して! それでも私は戦えるから。楽しいイベントだもんね。活躍してみせるよ!」
ああ、そうかとイテカは思い至った。
何故クャントルスカが不調のように見えたのか。
否、絶好調なのだ。
それを無理やりに抑え込んでいるから、抑えすぎてしまっているから、誰の目にも、彼女自身にも不調に映っている。
「好きになるとか、愛したいとか……言わないんスね」
「……え?」
「いつものアンタなら馬鹿の一つ覚えみたいに使う言葉が無いって言ったんスよ。恋して愛して食べるのがモー・ショボーなんでしょ? だけど今日は私が知る限りでは一度も使っていない」
必殺スキルも使用していないだろう。
普段の彼女ならば後先考えずに放つはずなのに。
「……まさか、とは思うスけど」
ならば成長を喜ぶべきか。
あるいは彼女だからこそ退化と呼ぶべきか。
「周囲の目を気にしているんスか……?」
誰を彼をも好きになるクャントルスカが、誰からも彼からも好きになられたいと?
だから、無暗に力を振るわずに、いざという時にとっておこうと?
そんな馬鹿げた話があるだろうか。
「さっき、活躍してみせるって言ったスよね。はは……他人を気にすることが出来るように……」
防衛側の、周囲に味方がいるから必殺スキルを使えない。
だけど役に立ちたい。
周囲の好感度が気になる。
「そんなの……普通の女の子みたいじゃないスか」
それがクャントルスカの強さを、長所を抑え込んでいた。
逆に弱くなっていた。
そしてタイミングは……きっかけはやはりラブアンドイーズだったのだろう。
自身と酷似した彼女を見たことで、自分を初めて客観視してしまったのだ。
ラブアンドイーズをみる仲間の目が、自身を仲間がどうみているか、知ってしまったのだ。
「(それも無意識に……。今、指摘したことでこの人は初めて自覚した。それが今後どう影響するか……)」
「イテカちゃん!」
「……?」
「ありがとう!」
どう言葉を投げかけるか思案していたイテカに、クャントルスカは突如抱き着いた。
「!?!?」
「そっか! 私はみんなを好きになりたかったし、好きになって欲しかったんだ! 愛も恋も一方通行だけど恋愛はお互いに好き同士じゃないと成立しない! 私は恋愛がしたかった! 一方通行だけじゃなくて相互の関係が欲しかった!」
そっか!そっか!とイテカを抱きしめたままぴょんぴょんと跳ねるクャントルスカ。
高いステータスに振り回され視界が激しく上下する感覚に、イテカは堪らず脱力してしまう。
そんなイテカをますますつよく抱きしめる。
「……ぜえ……はあ……」
ようやく離され、地面に蹲るイテカ。
そんな彼女の背にクャントルスカは、
「そうだ、イテカちゃん。私、ラムちゃんがヒツジを好きじゃない根拠を見つけたよ」
「……はぁ」
「凶暴化だよ! ヒツジが好きなら強化するだけなのに、凶暴化させちゃうんだよ! 恋は盲目っていうけどそんなの比じゃないくらい荒れ狂っちゃうんだから。ね?」
「……確かに」
何故、わざわざ強化に留めなかったのか。
強化率を高めるための制約?
それだけならばまだ良いが、それがパーソナリティに反映されたものだとしたら、かなり厄介な性格だろう。
「……ともあれ。到着みたいッスよ。あれがヒツジ工場……工場じゃなくてアレは……」
「お花、かな?」
大量のヒツジを掻き分け進んでいくと、そこには一輪の巨大な花が鎮座していた。
地に根を下ろし、空に向けひまわりのような花冠と内側にびっしりと編み込まれるようにみえる種子らしきもの。
直径5m程の花からは毎秒数えきれないほどの種子を空に放り、それらは地に降りた瞬間、ヒツジへと生まれ変わる。
スキルを使わずとも、その花の名はすぐに判明した。
ヒツジを生み出す植物など、そう多くもない。
工場名……否、そのエンブリオの銘は【羊獣工房 バロメッツ】。
紛うことなき、ラム・ムートンのエンブリオである。