<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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51 ナイト・メア・ナイト・バトル 7

■森林部

 

「そろそろ見つかり、壊された頃かな」

 

 左手の紋章を睨み、次いで右手のジュエルを撫でる。

 ムートン・ラムはあえてエンブリオを遠方に置き去りにすることでヒツジの出現位置を特定されても自身は免れるようにしていた。

 その理由は長期戦を見据えていること、彼女がこれから行う必殺スキルの発動を更に強化するため、そして……彼女自身がヒツジが壊されるための巻き添えになど成りたくはないから。

 

「ふふ……まあ、もう少し待ってて。君たちが追うべき獲物はまだ近くにないから」

 

 ジュエルの中身に優しく語り掛ける。

 ヒツジには決してみせない本心からの笑み。

 

「戻ってきた。予想以上に時間がかかったな……ヒツジ達に埋もれて見つかりにくかったか」

 

 やがて紋章に破壊されたエンブリオが戻ってきたことを確認した。

 彼女が夜間の戦闘準備を始めてから2時間。

 早ければ30分で見つかるかと思っていただけに随分と待たされた。

 そして、時間が経過していくと共に彼女の戦力は充実し過ぎてしまった。

 

「……ま、いいけどね。手に余る数のヒツジを抱える羊飼いなんていない。いれば逃がすだけだ。殺すことはしないよ……君たちが歯向かわない限りは、ね」

 

 白い毛をそっと撫でる。

 ヒツジは気持ちよさそうに鳴く。

 それを微笑ましいなどと思わない。

 無垢なる魂を模倣しただけの、ただのコンピュータ。

 そもそも無垢であることが無害とも限らない。

 

「ああ……ならば発動しよう。我が必殺スキルを以て、このイベントを終幕に導こうか」

 

 長期的にみてもこのイベントは如何に早く雑魚を狩っていくかに限る。

 いくら強い〈マスター〉であろうとポイントの上限は決まっている。

 ならば無理して倒さずとも弱い〈マスター〉を100人、フラッグを10本でも破壊してしまえばそれだけで形勢はひっくり返せない領域にまで至る。

 

 さて、ラムが必殺スキルの発動をしようかという時。

 ヒツジの動きが突如変わる。

 

 どこへと目的地も無く放流していく彼らの視線が一斉に、ラムへと向いた。

 

「……?」

 

 そんな指令、ラムは下していない。

 元よりラムにはそんなこと出来ない。

 彼女のエンブリオはヒツジを生み出すことしか出来ず、ヒツジのコントロールなど不可能。

 だから予想外の動きに戸惑うし、

 

「ふっふっふ。今回のイベント、私になんの恨みがあって野良モンスターが用意されていないのかと嘆きましたが……まさかこんなボーナスステージがあろうとは」

 

 いつの間にかラムの近くにまで移動してきていたヒツジに跨る少女に気づけなかった。

 

「さ、パリドーネちゃん。何時までも乗羊酔いしていないでシャッキリしてください」

「……獣臭い」

 

 更にもう一人、ヒツジの背に乗せられた〈マスター〉。

 

「……まあ、乗ることも出来ないわけじゃないが」

 

 バロメッツから産み落とされる【シープラント】はパッシブモンスター。

 必殺スキル発動まで決してアクティブモンスターになることはないため、幾ら攻撃しようとも反撃は無い。

 だから、やろうと思えば少女のように乗ることだって出来る。

 ただし、【シープラント】が本当に無害であると証明できた者に限るだろうが。

 

 そして、それが出来る者がここにいる。

 彼女こそは従魔師の頂点が一つ。

 それがモンスターならば、更には動物型であるならば、彼女に操れぬ道理無し。

 

「その落ち着き様、貴女がこのヒツジの主とみていいですね」

「平静に関しては君の方が上のようだけどね。如何にも、私こそが羊飼い。ラム・ムートンだ」

 

 ラムはすぐさま相手の顔を確認する。

 かつての同胞でありライバルの魔法少女ではない。

 ムートン・ラムのエンブリオを知らないのに関わらずヒツジの無害性を認知している。

 

「……何者だい?」

「【動物王】レシーブ・キープ。こちらはお友達のパリドーネちゃんです」

「……【動物王】、ね」

 

 隣の女も合計レベルから超級職であることを察する。

 その名から【シープラント】の正体も知られているだろう。

 

「へえ。貴女も超級職持ちですね」

 

 高いレベルによりあっけなく看破されるラムのステータス。

 そう、生産職系統の超級職であるラムに比べれば、レシーブは戦闘職であるためステータスも上だ。

 

「……ああ」

 

 その様子から自身の超級職がどのようなものかもバレていることを理解すると、ラムは名乗り直した。

 

「【畜産王】ムートン・ラム。ヒツジは好きかい? 腹いっぱいに満たしてあげよう」

 

 

◇◆

 

 

■【羊獣工房 バロメッツ】について

 

 バロメッツとはヒツジを咲かせる伝説の植物を指す。

 蹄まで羊毛だとか、肉はカニの味がするだとか、伝承にあるが、ムートン・ラムのエンブリオに関していえばそれらは一切反映されていない。

 大事なのはヒツジの皮を被ったナニカであれば良かっただけだ。

 ヒツジであってヒツジに非ず。

 大切なのはその一点だ。

 

 バロメッツというエンブリオの特性はヒツジの生産。

 植物が花を咲かせ種子を溢すように、バロメッツはヒツジの実を溢していく。

 秒間一匹。

 固有スキルの時点ではただそれだけの能力だ。

 とはいえ、生まれたヒツジ――【シープラント】には殺されにくいスキルが付与されている。

 パッシブモンスターである状態固定。

 あらゆる物理攻撃への耐性。

 無害なヒツジを装うための2つのスキルが彼らを延命させる。

 

 普段のラムはその物理攻撃への耐性を逆手に取り、ライフルの跳弾元としてヒツジを使う。

 あらゆる物理攻撃を弾くからこそ、弾いた先へ攻撃を加えられる。

 夥しい数のヒツジを飼いならせる羊飼いだからこそ可能な攻撃だ。

 

 そして彼女を知る者から言われているヒツジの凶暴化。

 それこそが必殺スキルである《“羊の黙示録(バロメッツ)”》はパッシブ状態の【シープラント】に溜まったヘイトをそのまま攻撃値に換算し、アクティブモンスターに変える能力。

 無害な顔をし、耐え続けたヒツジが何時までも大人しいわけがない。

 パッシブ状態の時に受けたダメージ1つに付き、攻撃時に+1の固定値。

 そして、もしも殺されたヒツジがいようものならば、更に10。

 固定ダメージを伴う攻撃を行うヒツジ達が一斉に牙を剥いてくる。

 その状態では主であるラムもまた攻撃対象。

 かつての惨状を凶暴化、と言われたのはこれが原因だ。

 

 だが、それだけでは脅威度としては然程ではない。

 なにせ1秒間に1匹の生産量。

 1時間にして3600匹といえば多いだろうが、今、ラムは一か所にではなくイベントの大陸中にヒツジを横断させている。

 3600では足りないし、2時間の7200でも足りえない。

 そう、本来では。

 

 端的にいえば、ジョブがエンブリオを壊れ性能へと変えたパターンだ。

 動植物の繁殖に長けた超級欲があった。

 繁殖系統派生超級職【畜産王】。

 

 動物を従わせるのが【動物王】ならば、

 動物をつよく育てるのが【飼育王】ならば、

 動物を多く繁殖させるのが【畜産王】である。

 

 動物を産み増やさせるためだけに特化したこのジョブの恐るべきはその生産率。 

 動物型のモンスターならば10倍。

 そして、動物がメインでありながら植物にも適応し、本職には及ばずながらも100倍程度には植物の生産にも関わっている。

 奥義にしてもただ生産量を上げるだけの能力であり、繁殖させた後は一切ステータスにも反映されない異端の生産職。

 繁殖のために動物を発情させたりもできるが、しかし対象はバロメッツ。

 そう、動物と植物が混合した工房であり、その本体は植物だから発情したところで、だ。

 ――ただし、繁殖の倍率はどちらも掛かる。

 

 動物に対しての10倍、植物に対しての100倍。

 合わせて1000倍の繁殖スピードでバロメッツからは【シープラント】が量産されていく。

 秒間で1000匹。

 1時間で360万匹。

 2時間で720万匹。

 

 もはや羊飼いの領域を超えている。

 ラムにも今のヒツジの全体数は分からないし、分かろうともしない。

 必殺スキル発動までに溜まったヘイトがどれだけあるのかも分からない。

 

 ただ、【動物王】との邂逅から僅か5分。

 この間で大陸中の状況は一変する。

 如何なる戦いも、それこそ〈超級〉同士であろうと、手を止めざるを得なくなる。

 ヒツジが逆襲を開始する。

 それだけは変えようのない未来なのだから。

 




今のところは固定値500くらいのダメージを出してくるヒツジが四方から押し寄せてくるだけです。
数的に多分途切れない。
でもそれだけ。
今のところは。
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