<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【畜産王】ムートン・ラム
「ラバに乗る騎士がいたように。ラクダに乗る兵士がいたように。ヒツジに跨る戦士というのはいかにも不格好に過ぎないと思わないかい?」
自身の手駒であるバロメッツから産み落とされしヒツジ達。
その幾匹かが【動物王】レシーブ・キープの手に落ちようと、ラムは冷静であった。
「そうですかー? 可愛いから良いと思いますけどね。もこもこでふわふわで、最高ですよ」
レシーブの操るヒツジが一斉にラムへと視線を向ける。
ラムはその視線から顔を背け、レシーブを見る。
「……。……って、あなたには今更でしたかね」
呑気に答えるレシーブの言う通りだ。
ヒツジ型モンスター【シープラント】の毛並みは最高品質。
羊飼いであるラムが飼っているのだ。
当然ながら、ヒツジとは愛玩動物でなく商品である。
肉質も毛並みも、余すことなく売り物。
品質に拘らなくてどうする。
たとえ、エンブリオ産であるため商品として市場に出すことが出来ずとも。
「そう言って貰えるならばこちらとしても嬉しい限りだ。【畜産王】のスキルである《品質向上》レベルEXがかかっているからね。そこらのヒツジよりも触り心地は良いだろう」
そう、商品としてならば【シープラント】の価値は高い。
……だが、それまでなのだ。
あくまで【畜産王】は生産職の枠組みに過ぎず、戦闘に用いることのできるスキルなど、奥義である《産めや増やせや》をバロメッツの生産量に当てることのみ。
戦闘の大半はバロメッツ由来のスキル……それも必殺スキルを切った場合だ。
それまでは、武器を扱ってくらいしかダメージを与えることが出来ない。
「(そう……それは彼女も分かっているはずなのだけどね)」
【シープラント】のステータスは低い。
たとえ【動物王】が高レベルのテイムスキルを使ったとしても、そのステータスまでは覆らない。
防御性能だけが高いヒツジ達を操ったところで何ができる。
ラムのようにせいぜい跳弾元として扱うのがやっとだ。
あとは、盾くらいだろうか。
「(……ま、ヒツジの飼い主がどちらであろうと私は良いのだけれど)」
そう、既に放牧済みである【シープラント】がレシーブにテイム状態であろうとやることは変わらない。
跳弾元としての性能は全く変わっていないし、そもそも……
「(必殺スキルを切ったが最後、彼らを操ることは出来なくなる)」
必殺スキル発動時の凶暴化。
即ち、誰の手にも負えなくなる状態では如何なる命令も聞かなくなるし、効かなくなる。
故に、ラムの選択肢は2つあった。
1つ目は、このままの状態で戦闘に入ること。
ヒツジ達を跳弾元として扱い、自身は適度な距離を保ちつつライフルでレシーブと片割れを狙う。
デメリットも特にない。
メリットも生まれないが、とりわけヒツジを操ろうとレシーブが力を割くだろうからそこに隙が生まれるだろう。
片割れの動きに注意が必要だが、レシーブ以上には前に出ようとしないため、もしかすると非戦闘員なのかもしれない。
そしてもう1つ、必殺スキルを即座に発動するということ。
こちらはメリット以上に大きなデメリットがあった。
それは、ラム自身も凶暴化したヒツジに襲われるということ。
ヒツジ達とレシーブと片割れ。
それらを相手にしても問題は無いだろうか。
「(……まあ、大丈夫だろう)」
ヒツジに後れを取ることは無い。
相手の出方次第だが、彼女らがヒツジにどう抗うか、それを見るのもまた一興。
「(うん、これでいこう)」
必殺スキルの発動。
その選択を取る。
手駒にした気になった飼いヒツジに手を噛まれてしまえ。
そう心の中でほくそ笑む。
◇◆
「必殺スキ――」
「では行きましょうか、ヒツジさん達!」
ラムの思考の何が問題であったかと言われれば、ヒツジの介入を真っ先に外してしまったことだ。
ヒツジのステータスは低い。
だから戦力にはならない。
自身がそうしてきたからこそ。
そうあって欲しいからこそ。
ラムは見落としていた。
見逃し、見過ごし、目を背けて見ないようにしてきていた。
凶暴化していなければヒツジなど安全な生き物なのだ、と。
だが、相手は【動物王】である前にレシーブ・キープ。
彼女は人間を動物にたとえて見ている。
彼女からしてみればラムはヒツジに怯える小さな犬。
キャンキャンと吠え立ててヒツジを動かしているように見えて、その実怯えを隠しているだけに過ぎない。
『まともにヒツジを見ていないのは恐怖が故』……それがレシーブの感じ取ったラムのヒツジに対する感情。
何故、怖いのか。
何故、ヒツジに固執するのか。
そんなことはレシーブにとってはどうだっていい。
別に恐怖もヒツジも、彼女たちの関係がたまたまそうであっただけであって、レシーブはそれを利用するだけだ。
そんなにヒツジが怖いのならば。
そんなに目を背けていたいのならば。
逆のことをしてみよう。
大量のヒツジに襲われてしまえば。
無害で安全と高を括っているところに恐怖を与えてしまえば。
別にHPにダメージが入ることを期待したわけではない。
ほんの少しでも戦意を喪失させられないものかなという、意地の悪い算段を付けただけのこと。
「どんな気持ちですか? 教えてくださいよ、ねぇねぇ! その表情、知っていますよ。野犬に襲われた小学生のような顔! 合ってますか? 合っていますよね!?」
「……状況としては似たようなもの。珍しく、正解です」
「あ、あああああああああああああああああああああああああああ」
そして、その算段の結果が、レシーブの予想以上に響いただけだ。
ムートン・ラムが白に埋もれる。
【シープラント】がレシーブの命に従い懸命に攻撃を与えようとするが、流石に超級職のステータス。
微塵もダメージは入ることなく、感触としては舐められているだけに近い。
ヤギ責めという拷問もあるが、ただ舐められ続けていればいずれは皮膚も爛れ肉は抉れ神経を舐められるだろう。
これが現実世界であったならば、の話だが。
だが、如何せんここはゲーム世界であり膨大なステータス差の前では幾ら皮膚を舐めようと貫くことは無い。
舐められ続け舐められ続け、ラムの眼前には歯を剥く大量のヒツジの姿があった。
「……あ、あ」
それこそがラムにとって何よりの拷問。
叫び続けようとも変わらない。
ヒツジの群れからは逃れられない。
「……嗚呼。そう、か。これで私も羊飼いの一族として真に――」
◇◆
「……今回のイベント。目的はレジェンダリアの戦力増強でしたが……ふむ、ようやく実を結び増したか」
汚染されたトランプマンが漸く切り離され、ハートワンは胸をなでおろす。
そして、朗報に心躍らせていた。
「……遅い。我が首が長くなってしまいそうだ」
「はは。ならばすげ替え……いえ、何でも。そんな時は肩でも竦めましょう」
エクゼ・キューショナーの睨みを流し、ハートワンは更に冗談を重ねた。
対面の相手もそれ以上は言わない。
それだけ、両者は浮足立っていた。
たしかに〈超級〉を増やすというのは最終目的に至るための過程に過ぎない。
だが、その過程もまた重要であり、到達が困難。
もしかすれば今回のイベントは徒労に終わりかねないと思った直後のこと。
どころか、トランプマンの汚染騒ぎで疲労困憊でさえあった。
この僥倖を、朗報を、喜ばないでいられるか。
「さあ、喜びましょう。謡いましょう。こんな時、言うべき言葉があるでしょう」
トランプマンの言葉にエグゼは鼻を鳴らす。
だが、それでも彼が口を開くに合わせて、
「「ようやく至ったか」」
それだけを告げた。
◇◆
【超級進化シークエンスを開始します】
ヒツジに埋もれ、叫ぶ彼女の耳に、短くそれだけが届いた。
最悪や……レシーブはん、アンタ何してくれてんねん……