<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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54 ナイト・メア・ナイト・バトル 10

■ノーチラス艦内

 

「……どうやら動き出したみたいだね」

 

 ヒツジ達が一斉に嘶く。

 此れまでの周囲とは一切を隔てる無関心から、一気に怒りの形相へと変わりゆく。

 それが何を指しているのか、クャントルスカから伝えられていたフィリップだが、しかし何かがおかしいと目を輝かせる。

 

「必殺スキルでは真っ黒になるんじゃなかったけ?」

 

 白と黒が混在した毛並み。

 暗闇の中蠢く彼らは体毛を一部のみ僅かな星明りに晒しているためか、体躯が奇妙に折れ曲がっているように、あるいは一層化物じみたように見せる。

 

「何かしらのアイテムで体毛を染め直した……にしては気配が妙だね」

 

 染色スプレーを使う意味など無いし、この規模でヒツジの体毛を染めることなど不可能に近い。

 唯一、特典武具の可能性も挙げられるかもしれないが、それはそれで意味がない。

 

「せっかく夜に紛れられるというのに、白が混ざるのは不可解だ」

 

 凶暴化したヒツジ。

 それが体毛を黒く染めれば、夜の闇の中では大量の奇襲者の出来上がりだ。

 わざわざ白く染めれば、そこに潜んでいることを知らせてしまうことになる。

 

「ならば、色の変化は……副産物、か」

 

 他のスキルを使い、その証として表面に出ているだけに過ぎないのではないか。

 一部のスキルでもその発動時や残数などが体表に出ることがある。

 このヒツジの色の変化もそれに当てはまるのではないか、とフィリップは推測する。

 そもそも白から黒に。

 それ自体も意味があるかと言われれば、昼間ならばそんなに意味の無いこと。

 

「隠し玉……ってこと?」

「そうだね。……隠していたのかは定かでは無いけど」

 

 此れまでに覚えていたスキルを隠し、この場面で初めて切った。

 そうであればまだ良かっただろう。

 

 だが、フィリップは……〈超級〉は感じ取っていた。

 

 これが自身と同格の存在による力であると。

 

「って、まずいよ! アイツらこっちを知覚してる! 攻撃されるよ!」

 

 白黒のヒツジ達は地中に潜伏していたノーチラス目掛け、地中を掘り進めてきた。

 鼻先、あるいは額を使い、後はステータスとスキル任せに地面に穴を空けていく。

 彼らの攻撃には今、固定で500ほどのダメージが存在している。

 それは、地面にも有効。

 地面を掘ろうとすれば、500ダメージに匹敵する穴を空けることが可能。

 それを大量のヒツジが行えば、地割れにも似た現象を起こさせる。

 

「くっ……まさかこの私が掘り起こされるかもとはね。だが、面白い! 抗戦だ! ワン、浮上するよ。備えて!」

「お、応!」

 

 残った武装で身を固め、ワン・フー・ウーはノーチラスの急浮上に耐える。

 途中に幾匹かのヒツジをノーチラスが轢き殺す。

 

「物理ダメージは通っている! やはり先ほどまでとは違うようだ」

 

 ノーチラスの圧倒的な大きさと質量にもヒツジ達は臆せず向かう。

 一心不乱に、まるで親の仇でもあるかのように。

 

「話以上にかなり凶暴だな! イテカさんやクャントルスカさんは大丈夫かな……?」

「どちらも反応はあるさ! 2人とも特典武具を持ってるからね、ノーチラスのレーダーにも引っかかっている」

 

 イテカがとりわけ多彩な武具を持っているため、ノーチラスのレーダーはイテカを見分けやすい。

 すぐさまヒツジを轢き殺し、あるいは砲弾で消し飛ばし、2人の下へ辿り着く。

 2人は潜伏し、ヒツジ達に発見された直後のようだ。

 それぞれ構え、ヒツジ達との乱戦を開始しようかという時、ノーチラスが2人を囲むヒツジ達を蹴散らす。

 

「工房らしきものは!?」

「破壊したッス! けど……」

 

 その様子から持ち主であるラムは不在であることがすぐさま分かった。

 この惨状だ。ラムはどこかに潜み、工房が破壊されたことを知るや否や必殺スキルを発動したのだろう。

 

「フィリップちゃん、このヒツジ達……私が前に見たものとは違うよ」

「……だろうね。……! ああ、やはりそうか」

 

 一瞬、フィリップは諦めたような顔をみせる。

 次いで自身のステータスを眺め、そして納得したように、ため息をついた。

 

「死んだ」

 

 そう、短く言葉を吐いた。

 

「……は?」

「え、誰が、ッスか」

 

 困惑するワン・フー・ウーとイテカ。

 誰が死んだのか、フィリップの言葉の正体は、クャントルスカが繋いだ。

 

「……フィリップちゃん」

「ヒツジには……不用意に触れない方が良さそうだ。私はどうやら条件を満たしてしまったみたいだね」

 

 フィリップの視界に映る彼女のステータス。

そこでは死亡時に発動するスキル、《光明、届かず》が記されていた。

 

「は……え、嘘だろ……」

 

 無論、フィリップには一切のダメージが入っていない。

 ノーチラスに籠り、戦闘といえばノーチラスからの砲撃くらいだ。

 まともにモンスターとも〈マスター〉とも相対していない彼女が何故死んだのか。

 その理由は分からない。

 ただ、このヒツジが原因であることは分かり切っている。

 

「……。時間がない。全力で君達をクランの陣に連れていく」

 

 5分の猶予が与えられたが、数多のヒツジを乗り越え陣に引き返せるかは困難に近い。

 そしてこの数のヒツジの中に放り出されてしまえば……ヒツジに噛み殺されるか、あるいはフィリップのように訳も分からず死ぬだけだろう。

 

 工房の破壊跡地を背にノーチラスは発進する。

 その間にもヒツジ達は怒りの形相でノーチラスを囲み、しかし砲弾で一掃される。

 

「……既に死人であるためかこれ以上はダメージは入らないみたいだね。いやー、助かった助かった」

「いや助かってはないッス。死んでるんスから。……でも、条件達成型の【即死付与】の線が濃厚スね」

 

 ならばその条件とは何なのか。

 ヒツジを殺したことか?

 ならば攻略法はこの数のヒツジを相手にし、ヒツジを一切殺さずに持ち主に辿り着けと?

それはあまりにもアンバランスすぎる。

 

「クランに戻り、対策を練るしかない。幸いにもこちらにはクリアントがいる。彼ならば幾ら無茶を重ねた試行錯誤でも答えに辿り着けるだろう」

 

 

◇◆

 

■【畜産王】ムートン・ラム

 

「ハ――ハハハハハハ! これが! これが私の心象の結果か! 結局はどこまでも羊飼いたる私が生み出した産物! ならば結末は――」

 

 白黒のヒツジを、そして彼らに与えられた力をみたラムは笑う。

 それは何に対してのものか。

 愚かな自分に。

 無垢なヒツジに。

 あるいは、ヒツジという需要を求めた消費者に。

 

 ヒツジは公平に牙を剥く。

 自身をこれまで甚振ってくれた人間達へ。

 

「気配が……ッ!」

「パリドーネちゃん、下がって! 私の支配下から外れてる!?」

 

 最終スキルである《最期は晩餐》。

 それと併用し発動された必殺スキルである《羊の黙示録》がまずヒツジ達を全ての支配下から解き放った。

 即ち、ラムから与えられていたパッシブ状態も、レシーブのテイム状態も。

 ここからは総勢数百万匹のアクティブモンスターの群れ。

 一切のコントロールもされずに、ただただ周囲の人間へと攻撃を加える害あるモンスターへと生まれ変わる。

 

「……」

 

 互いに背を守り合おうとするレシーブとパリドーネをラムは冷たい目でみる。

 身を寄せ合う姿はまるでヒツジのようだと。

 

 そして1人ボッチの自分は……羊飼いだ。

 

「シェパード達は……呼ぶ暇も無さそうだ」

 

 呼べば流石にヒツジ達の叛逆で死んでしまうだろう。

 まだその時では無いとラムはジュエルに蓋をするように優しく撫でる。

 

 ヒツジらがレシーブ、パリドーネ、ラムへと飛び掛かる。

 数で押し潰す。

 そうでなくとも、《最期は晩餐》が死を与える。

 

「パリドーネちゃん……これ、倒しちゃダメな奴だ。倒したら、こっちも死ぬ」

 

 【動物王】のスキルがラムの最終スキルを見破ったのだろう。

 近づくヒツジ達を牽制しようとするパリドーネをレシーブは制す。

 

「……そうですか」

 

 その言葉を疑うことはしない。

 相棒が、【動物王】が、ヒツジをみてそう言ったのだ。

 どれだけ馬鹿げたことを言おうと、信じる他無い。

 右を見て、左を見て、近づくヒツジ達にパリドーネは観念したように息をついた。

 

「……レシーブ。逃げてください」

 

 倒せないモンスターに囲まれ、もはやどうすることも出来ない。

パリドーネが巨大なモンスターを召喚する。

 ソレはレシーブを咥えると、ヒツジの強襲を躱ように飛び立つ。

 

「逃げ場所があるとでも?」

「無くともつくればいい。少なくとも、あなたの所属するクランは安全が確保されているのでしょう?」

「……さてね」

 

 クランメンバーは自分ら新参に心を開いていない様子だった。

 オーナーを含め、心の内を曝け出さない者ばかりだった。

 心に傷ある者ばかり集め、舐め合う魔女連中。

 あのクランの門戸を叩いたのは、自身もまた傷を癒したかったからなのか。

 

 ラムとパリドーネはヒツジの群れに埋もれる。

 間もなく、片方の山からは光の塵が漏れ出た。

 




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