<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■クラン〈パルプンテ〉
時は少しばかり遡る。
それは、レシーブがラムとの戦いに舞い戻る直前。
〈パルプンテ〉の陣営では幾度かの死を繰り返したクリアントが、解き明かしたラムの能力をクランメンバーへと伝えていた。
「――正直なところ、この状況に持ち込まれた時点でどうしようもない。誰かがラムを見つけ出し、直接叩くことを願うしかないだろう」
数多のヒツジら全てを駆逐することは到底不可能。
それに、倒せば倒す程に、バロメッツの肉を食べる量が増えるということになる。
広範囲に広がったヒツジの肉を集めることも短時間で食すことも、そのどちらもこなすことが出来る者はこの場にいない。
「これだけの規模……時間もリソースもかなりのものを割いているに違いありませんわね。しかしながら、それを許してしまった時点でラムの勝利は目前と」
「私があのヒツジ全部口の中に入れていけば……」
キシリーの提案。
それはまさにレシーブのテイムモンスターである【ハングリー・スライム】が行っている行為。
だが、スライムと違いキシリーに直接の回復手段がない。
「やめておいた方が良いだろうな。あのヒツジ達の攻撃は固定ダメージ式だ。食べる以上に足元で絶えず攻撃されるだろうし、食べ尽くすまでにキシリーのHPが先に0になるかもしれない。先の戦いでまだ手足が十分に動かせない今、食べるスピードもそんなに速くはないんだろう?」
「うん……」
グローゾルとの戦いで負った傷は未だ癒えていない。
キシリーは戦力としてはクランの中でも上位のもの。
この先を考えるのであれば、このまま回復に専念してもらいたい。
「あまり考えたくはないだろうが……俺としてはこのままやり過ごすのが一番だと思う」
余計な被害を出さないためにも、クリアントは拠点で防衛に徹する方針を提案する。
「既にメンバーに被害は出ている。フィリップと、つい先ほどパリドーネも死亡した。タイミングからしてヒツジにやられたんだろう」
敵は推定〈超級〉。
こちらの〈超級〉も1人退場しており、これ以上の犠牲は避けたい。
残り2人も対人戦が得意なクャントルスカとプシュケー。
状況をひっくり返せるような力を持ち合わせているわけではない。
「……」
そんな面々を、バウムは静かに見渡す。
彼は、理解していた。
この状況をどうにか出来る存在を、きっとクランメンバーは分かっているはずだ。
それを口にしないのは、それでも犠牲が出てしまうから。
犠牲を最小限にするには、戦わないこと。
だが、それではきっと、この戦いには勝てない。
「――このままやり過ごす。それはきっと、今だけを見れば最善なんだろう」
「バウム君……?」
だが、明日はどうだろう。
ヒツジで埋め尽くされた真夜中を耐え忍んだ先は、果たして勝利に繋がっているのだろうか。
「このイベントはポイント制だ。俺達が死んだら倒した相手にポイントが渡る。渡ってしまう」
フィリップ、パリドーネの抱えていたポイントはヒツジの主であるラムへと譲渡されているだろう。
それ以外にも、多くの、数多くのヒツジによる犠牲者達のポイントがラムへと流れ込んでいる。
「ラムとやらが所属するクランは、このままだと大量のポイントを所有することになる。ラム自身、この深夜に全力を注いでいるから明日は戦力にはならないのかもしれない。だが、現時点で作り出されているポイントの差を明日、埋める……いいや、追い越せる自信があるか?」
ラムによって百人の〈マスター〉が倒されていれば、明日〈パルプンテ〉のメンバーだけで百人倒さなければならない。
歪なイベントだ。
1人1人から得られるポイントはあまり多くない。
大量獲得をしている者が現れてしまえば、ポイント差をひっくり返すのは難しくなってしまう。
「クリアント……オーナー、お前の諦めるやり方は自然に倣ったものに近い。肉食獣が近づけば隠れ潜むように、俺達もそうするべきなのかもな。生きるだけならば、それが正解だろう」
だが、イベントに勝ちに来たのであれば。
真夜中を耐えるのではなく、乗り越えなければならない。
「皆、ありがとう。俺の為に言い出し辛かっただろう」
ヒツジをどうにかするのであれば、犠牲を必要とする。
だが、裏を返せば、犠牲を前提とすれば、どうにか出来る。
「……良いのか?」
「これが俺の役割なら、な。むしろ安心しているところだよ。相手がヒツジだから」
「ああ、そうだな……ありがとう」
バウムは2つの特典武具を取り出す。
蟻を象った鋳型と発煙筒にも似た2つの武具は、バウムにとっては忌々しい記憶を呼び起こす。
「……こいつらを使いたくはない。使いたくは無いんだが……どうしても遺伝子情報が必要だ」
バウムは次いで黒いバンダナを取り出すと、それらを自身の目に巻き付けた。
そして耳栓を、分厚い手袋を装備する。
「良いか? 俺は絶対にこいつらを感知しない。こいつらに命令は出すが、こいつらが動いているところを俺は絶対に見ない。パズズに遺伝子が必要量溜まったら、俺は必殺スキルで毒ガスを生成する。だから、それまで俺はここで座っているだけだ」
なんとも格好の付かないことを言い出して、バウムはそれきり動かなくなる。
「……とりあえず俺達は防衛に徹しよう。バウムにヒツジが到達しないように」
「それなら私達が護衛を務めるよ! バウムさん見張ってる!」
「もうヒツジは見飽きたからね! メェメェ!」
万が一バウムのところまでヒツジが流れ込んだ時の為に夢味達を残し、クリアント達は陣営の入り口付近へと移動した。
すぐ後に、バウムの下から夥しい数の蟻と蚊が世界へと広がっていく。
それぞれがモンスターを召喚するタイプの特典武具生み出された群体。
蟻はヒツジを足止めし、蚊はヒツジから血を吸い取る。
――そう、血液という遺伝子情報を。
【異蚊顕現 モストーン】により生み出された蚊型のモンスター。
その能力は、元となったUBMと同様に、血液を吸い上げるというもの。
残念ながら元のモストーンのように、生物から干からびる程に吸い上げる力はない。
ほんの僅か、現実世界の蚊のように吸い上げる程度だ。
だが、それで十分。バウムにとってはその程度で良かった。
蚊はタンク一杯にまで血液を吸い取るとやがてバウムの下へと戻っていく。
パズズへと吸い取った遺伝子情報を注入する。
幾匹も幾匹も、洞窟の内外を虫たちが行き来する。
「……バウムさんではありませんが、あまり見ていて気持ちの良い光景ではありませんわね」
「悪役の能力みたいよね」
だが、幾ら見た目が悪くとも、パズズの能力とは相性抜群。
「あ、蟻さん達がスプレーを運んでくよ」
キシリーの指さす先。
そこにはパズズの毒ガスが詰まったスプレー缶を運ぶ蟻の姿があった。
これこそは【鋳造生産 クリッピング】第二の能力。
劣化コピーの大量生産である。
蟻達に積まれたスプレー缶の中に詰まった毒ガスはパズズ本来の毒ガスよりも殺傷力は低い。
だが、本来であれば一つ箇所にしか噴射出来ないパズズの欠点を補うことが出来る。
何よりも、パズズの必殺スキルは遺伝子情報を取り込むほどに殺傷力が上がるのだ。
低くなるのであれば元を上げておけば良いだけのこと。
そのために蚊が周囲のヒツジ達から血液を吸い上げた。
「《
やがてイベントエリアのあちこちでヒツジにのみ効果のある毒ガスが噴射されていく。
〈パルプンテ〉陣営の付近にいたヒツジらは最も濃度の高い毒ガスを浴びて即死する。
間もなく、陣営の奥で1人の男が光となり消える。
だが、彼は満足げな表情であった。
此れまでに必殺スキルを使用した時のいずれよりも。
理由は言うまでもないだろう。
まあこんなメタメタな奴がいたら幾ら〈超級〉といえど、ね
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