<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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59 追加ルール

◇◆

 

 夜が明けていく。

 地上を埋め尽くしていた白と黒は消滅し、瞬く星もみえなくなり、やがて世界は新たに朝を迎える。

 現実世界よりも加速されたイベント内では〈マスター〉達は体感で1日が終わり、更に夜間も戦いどおしであった者は疲労が色濃くみえている。

 だが、そんな彼らを前にしてもイベントそのものは機械的に処理され進行されていく。

 途中に何かを挟まれようと始めからきめられた終わりへと進むために、次なるアナウンスを送り出す。

 

「……ん? 何だ、メールか」

 

 生き延びた〈マスター〉らに一律に送られてきた一通の伝書。

 そこに記されていたのは数字のみ。

 

「40? なんだこりゃ」

 

 自身の伝書に記された数字を読み上げ首を傾げる。

 そんな彼に隣にいたクランメンバーが声を掛けた。

 

「俺は20だな……。記号か? 俺が20番でお前が40番みたいなことか?」

「それにしては脈絡が無さ過ぎる……俺達のクランは2人しか残っていないから検証の仕様もない。全〈マスター〉だとしても……何の意味だろう」

 

 その数字の意味するところはすぐに分かることとなる。

 何故ならば、彼らの耳に届くアナウンスが、イベントルールの追加を告げたのだから。

 

『これよりイベント二日目を迎えるにあたり追加ルールの説明を行います』

 

 男とも女ともとれるような、個性のない平坦な声。

 まるで、というか実際に機械が読み上げているのだろうが、一切の異議を許さないという意志が込められているかのような言葉の読み上げであった。

 

『一つ目。クランごとの取得ポイント及びランキングを明示化します』

 

 イベント案内表示から現在イベントに参加しているクランの獲得ポイントと順位がみえるようになっていた。

 これであれば自身の所属するクランがどの程度の位置にいるのか、上位に食い込める見込みがあるかがすぐに分かる。

 

『二つ目。現在の順位に応じたポイントをボーナスとして与えます』

 

 そして、これこそが先の伝書の中身。

 イベント開始時に20ポイントとして振り分けられていた男は、今は40ポイント所持している状態となる。

 隣の男は20ポイント……初期が10ポイント。

 ランキングにあるクラン順位はおよそ最下位に近い位置。

 ルールとして挙げられたボーナスから、男達のクランはポイントが2倍になったのだろう。

 二日目も生き延びればそのボーナスがそのままポイントとして入ってくるようだ。

 

「んだよ……これっぽちか」

「仕方ねえよ。上位のクランの獲得ポイント見たか? 100や200じゃない、どこも四桁ばかりだ。勝ち目なんかねえってことだよ」

 

 もはや上位に食い込むことなど不可能。

 そう、男達は諦め、せめて参加賞だけでも貰うかと、既にイベント終了後のことを考え始めていた。

 

 

◇◆

 

 

「……」

 

 2つの巨大な腕を背後の空間に浮かび上がらせている男は無言でイベントの追加ルールをみていた。

 そこに興味はなかった。

 もはや男に参加する意味など無かったから。

 男の目的は別にあった。

 

 妹がどれだけ強くなったか、ただそれだけを確認するために参加したこのイベントも、もはや続ける意味などない。

 

「……ふっ」

 

 この追加ルールがあれば、妹もまだまだ楽しめただろうに。

 そんなことを思いながら、男は彼女にどう伝えようかと想像する。

 出来るだけ羨むように、悔しがるように。

 彼女が現状で満足しないように。

 

 そこで立ち止るようであれば、自分は彼女の足を引っ張らざるを得ない。

 もっと高く、もっと遠く。

 決して手の届かないところに彼女が至った時こそ。

 海の奥深くに沈め甲斐もあるというものだ。

 ――尤も、彼女はそれでも浮上するのだろうが。

 

 男は静かにログアウトすべく指を動かす。

 それは事実上のイベントリタイアの証。

 男が所属するクランは、彼という大きな戦力を失うだろうが関係のないこと。

 それが契約であり、契約が失われたのだからこれ以上付き合う義務もない。

 それに、昨夜のヒツジの進軍からクランメンバー全員を生き残らせたのも彼であるし、昼間も1人で500ポイントほどは稼いでいる。

 だから、別に良いだろう。

 〈超級〉が1人くらい欠けたところで問題は無いだろう。

 

「ああ……むしろこれで俺が足を引っ張ったという形になるのなら、本望か」

 

 男は笑う。

 そうであるならば、尚更ここでイベントから抜け出す理由が増えた。

 

 今度こそ、迷うことなく、彼はログアウトボタンを押した。

 

 

◇◆

 

 

■クラン〈洛陽創世会〉

 

 これまで何人の死を見送っただろう。

 こちらの世界でもあちらの世界でも。

 二度と顔をみなくなる人間。

 もはや思い出せぬ顔が多く在る。

 それら全てに思いを馳せることは無いし、そうする必要もない。

 教祖と呼ばれる立場となってからは信者達の死を一々確認することは無くなった。

 途中で救われた者、救われないまま死を迎えた者。

 救われて尚死んだ者……あるいはその真逆で、死んでようやく救われた者。

 教祖は彼らに対して感情を向けることは無い。

 真に向けるべき相手などもはやそう多くは存命しておらず、肉親など1人しかいない。

 肉親……妹の忘れ形見の顔だけはよく思い出すことが出来た。

 最後に見た時は、妹と似たような表情を作り出していた。

 上手くなったなと、思ったと同時に少しだけ彼女もまた同じ運命の輪の中にいると再認識させられた。

 これからどれだけの不幸が多く待ち受けているか分からない。

 どれだけの人間に笑われるか分からない。

 

 人間社会とは多数派の集まり。

 個性的な人間は弾かれるし、無個性すぎても弾かれる。

 だからこそ、住みやすい社会を作るならば自身が管理できる社会でなければならない。

 〈洛陽創世会〉はその始まり。

 ここを起点とし、基軸とし、弾かれた人間こそが弾かれない社会を作らなければならない。

 

「……とはいえ潮時か」

 

 イベントで散っていったメンバーを数える。

 大半が死に、生き延びた者も戦闘向きな人間は少ない。

 加えて、メールにて脱会届が数名から送られてきている。

 世俗を断ってきた者達が他の人間に触れ、救済されていったのだろう。

 アークヴェルトからもそれは届いており、クランとしては痛手である。

 

 戦力として数えられるのは数名ばかり。

 このイベントの追加ルールを聞いて、改めてこのクランに未来が無いことを悟る。

 

 それに……

 

「もはや会えぬのならば」

 

 イベントに参加しているクラン。

 その死亡者リストも確認出来るようだ。

 そこに挙がっている名をみて教祖は嘆息付く。

 

 気掛かりなのは……ある1人の少女だけ。

 彼女だけは決して自身の手でも、〈洛陽創世会〉でも救えない。

 手に余る存在、といえば彼女が悪い様にもみえるが、実際に彼女を救うことなど誰も出来ないことを教祖は理解していた。

 だが、教祖はそれ以上何も思うことは無い。

 身内では無いのだから。

 感情を向ける必要はないのだから。

 そう、自身を納得させ、彼もまたこのイベントから身を引くのであった。

 

 

◇◆

 

 

■クラン〈御邪魔女連合〉

 

「2位……」

 

 クランオーナーであるデミータリィはクランのランキング順位と、ボーナスとして宛がわれたポイントを見て、声を震わせていた。

 ランキングは2位。

 獲得ポイントは1540ポイントで、デミータリィ自身が所有するポイントは1000。

 初期が50であったことから20倍となっている。

 

「ほう……上出来だ。ムートン・ラムめ……所詮は新入りと思っていたが中々のものではないか」

 

 既存メンバーだけで獲得したポイントは半分以下であろう。

 一夜にしてそれだけの〈マスター〉を撃破したことを魔女ラテは素直に感心していた。

 

「……魔女ラテちゃん」

「はい、なんでしょうか、大魔女様!」

 

 1位とのポイント差はまだあるが、逆転できない数字でもない。

 温存していたメンバーもこれから戦闘に加えられることも踏まえれば、むしろこのまま快進撃を続けられるはず。

 

 興奮する魔女ラテを抑えるようにデミータリィはそのトンガリ帽に手を置いた。

 傍目から見れば頭を撫でられているようにもみえるが、当人たちも若干そのように感じていた。

 デミータリィは置いた手を左右に揺らしながら、

 

「これから先、私達は昨日以上に死ねなくなった」

「はい? いえ、まあイベントの特性上、なるべく死なないのは前提でしょうけど」

 

 今更それを言う意味があるか、と思いながら魔女ラテは言葉を返す。

 

「ちなみに魔女ラテちゃんは何ポイントになってるかしら」

「ええと……400ですね。うわ、20倍か……結構入ってるな」

「3位とのポイント差は?」

「380ですね。クラン名は……何ですかこれ……〈パッチワークメモリー〉? 聞いたことも無いクランですね」

 

 無名のクランだが、このイベントにおいてはそう珍しいことでもない。

 むしろ無名が名を挙げるために参加している節もある。

 

「そ。380か。それなら魔女ラテちゃんがそこのクランの人に倒されちゃったら逆転されちゃうね」

「へ?」

 

 敬愛するオーナーの言葉の意味が分からず、少しの間反芻し、息を呑む。

 

「……ッ! これはボーナス……などではなく……!」

「うん。むしろ他のクランに対して、かな。当人にとっては足枷。そのまま保有できていれば確かにボーナスにはなるんだろうけど……」

「逆転の目になりかねない、と」

 

 ランキング上位のクランメンバーにとっては前日よりも倒されてはならない縛りを課せられることとなる。

 デミータリィの1000ポイントに至っては、大抵のクランが上位入賞を果たしかねない程の数字だ。

 逆転を狙うならば、皆、上位クランのオーナーを狙うに違いない。

 

「それにしても……あの【魔法☆少女】が所属するクラン……〈パルプンテ〉でしたか。順位は13位……私達としてはこの順位の数字の方が色々な意味で羨ましいですが」

「なんかパッとしませんね。〈超級〉を複数名抱えている割には」

 

 オーナーとサブオーナーの絡みを見て元気になったのか、徹夜で拠点の隠蔽を維持し眠そうにしていたエミリーが口を開く。

 

「あ、死亡者リストもあるんだ……このフィリップって人は確か比較的新しい〈超級〉でしたよね。そんな人も死んでるし……期待外れってところなんですかね」

 

 数人を犠牲にしても尚、13位という微妙な順位。

 どのような戦術を組み立てていたかは知らないが、結局はその程度だったのかと肩を落とさざるを得ない。

 

「……違う」

「はい?」

 

 オーナーの呟きに魔女ラテは首を傾げる。

 膝の上から顔を覗き込む幼女に内心悶えながら、デミータリィは極めて冷静にみえるよう努めながら〈パルプンテ〉が13位に甘んじていた理由があると考えていた。

 

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