<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
◇◆
「……それで? 生き残ったのはたったこれだけか。言い訳があるならば、聞いておくが」
苛立たし気に男は組んだ腕を指で叩き、眼鏡を持ち上げる。
良く言えば几帳面、悪く言えば神経質な顔立ちであるが、内面も相応のものらしい。
彼を中心として囲むのは10を超える人数の男女。
決して彼はこの集団のリーダーでも無いのだが、務めるだけの人格を持つ者が少ないため、自他共に嫌々ながら口を開くこととなった。
「俺達で10人。貴様らで10人。ワンツーフィニッシュで報酬を上から総取りという話だったが……3位か。そうか、それだけ削られて3位というわけか」
嫌味たらしく3位を強調する男に、数人の男女が苦々しい顔をつくる。
「……ッ、てめえだって、大したことしてないだろ。そこの【竜将軍】さんと、ワケは不明だがログアウトした【潜水王】。ほとんど2人でポイントを稼いだって話じゃないか」
「左様。対し拙者らは此度の遊戯が法則を捻じ曲げられることすら知らされず。一日戦場を駆け巡り奔走。揚げ句の果てに罵倒とは」
「うるせえなこのウィーブは。左様じゃねえんだよ。見た目西洋人の癖して。覚えたての難しい言葉じゃなくてカタカナ使えや」
「翻訳が機能しておらぬようだ。刀でも磨くとしよう」
「……チッ。刀なら研げや」
金髪を後頭部で結わき、帯刀している男に対し周囲から冷ややかな視線が浴びせられる。
だが、金髪の男は慣れているのか流し、後は我関せずと話を促した。
「まあいい……全然良くはねえが。そこのウィーブが言った通りだ。俺達、継ぎ接ぎ組はあくまでアンタらの補助が役割だ。アンタらの為に強豪をぶっ潰して人数を減らしている。知ってるだろ? 幾ら強くてもポイントが大したことのない奴らだっている。そいつらを倒す労力に見合わないからてめえらは戦闘を避けていたんだ」
そしてそれを補う【竜将軍】と【潜水王】という二大戦力を有した集団……もう一つのクラン。
神経質な男の手にあるフラッグと、彼に面前と自身の所属するクランが如何に犠牲を払ったか反論する男の持つフラッグ。
この場には2つのフラッグがあった。
「“一人遊び”に“多腕”……それに“悪魔憑き”がそちらにはいたはずなのだがな。いずれも敗北したというのなら実に情けない話だ」
「メビウス杏里なら完全にメタられた奴がいたせいで死んだ。“多腕”は……多分自業自得だろう。“悪魔憑き”は敵の主力と相打ちだ」
「相打ち?」
「ああ。“限界点”……天才児様だよ。あの動きなら現実でも何かやってるな」
「知らんな」
だが、と神経質な男は考える。
今名の挙がった者達が死んでいるということは、彼らランキング3位である〈パッチワークメモリー〉の戦力など大したものではない。
しかし、二日目に新たに加わったルールではその大した戦力ではない彼らでも所有するポイントは多大なものであり、彼らが纏めて死亡することでもあれば、ランキングは大きく順位の変動をみせることだろう。
いっそのこと3位の連中を纏めてリタイアさせるのも手ではある。
「……」
「何を考えてるかはだいたいわかる、が……それを口にした瞬間に俺達は別クランだ。以降の協力関係は無効にさせてもらう」
「……ふん。勝手にしろ」
あるいは、3位である彼らを1位である自分らが全滅させてしまえば、そこで得られるポイントを合計して1位を盤石にさせてしまう手もある。
とはいえ、ここで暴れられてしまえばこちら側にも少なくない犠牲が出てしまうかもしれない。
そうなれば、他クランに狙われた時に反撃することが叶わない可能性とてある。
そう考えなおし、神経質な男は鼻を鳴らすだけに留める。
「――ねぇ、話は終わった?」
と、そこで声変わり前の幼い声が割り込んだ。
外見は10歳にも満たない幼い年頃の少年。
鱗を編み込んだようなジャケットに身を包み、小さな体躯で他の大人たちの顔を覗き込む。
これまでは彼らの後ろで興味無さそうに自身のエンブリオの装備やスキル構成を弄っていたが飽きたのだろう。
それでも話が続いていたから割り込んでみた。
子供さながらの自分本位に世界が回っているという思考。
そう、彼は7歳ながらにして……
「ああ。【竜将軍】さんがこれからどうやって敵を倒すかって算段はついた。昨夜は大人しくさせて悪かったな。たくさん寝たから代わりに今日は好きなだけ暴れてもらうぜ」
ランキング1位であるクラン〈ザ・ドラゴンズ〉の主戦力【竜将軍】なのだから。
ちなみに彼以外のメンバーに関してはクラン名に反してドラゴンに特に関係はない。
【竜将軍】がこのクラン名が良いというからこうなっただけだ。
他はほとんど彼の保護者役である。
「本当!? あのね、たくさんスキル構成とか考えたんだ。アインスはね氷でね、ツヴァイは……」
「はっはっは。それは後の戦闘のお楽しみにさせてもらうよ。今、知っちゃうと俺達もワクワク感が薄れるからな」
「それもそうだね。よし、じゃあ付いて来て! ゼクスがあっちから人の臭いがするって言ってる」
〈ザ・ドラゴンズ〉のメンバーが彼を囃し立てると得意げになり、先を歩く。
ゼクスと呼ばれたソレは、彼の背後から彼を背に乗せると進みだす。
「……良いのか?」
先程まで言い争っていた男は神経質な男に尋ねる。
このまま、『【竜将軍】の好きにさせていいのか?』と。
「仕方ない。そうしておけばこのイベントは勝ち抜けるだろうし……なによりも」
そこから先は語らなかったが、その場の全員が理解していた。
一つでも機嫌を損ねれば、そこでクランが崩壊しかねない。
それだけの力を彼は、【竜将軍】から力を得た彼のエンブリオは有しているのだから。
「……分かった。ならばここから先、俺達のフラッグはアンタらに預けておく。今となっては100ポイント程度のものになるが、俺達は一か所に留まるよりも散開した方が今後は良さそうだ。ならばフラッグは使い物にならない。壊されないためには、【竜将軍】に預かってもらうのが一番だろう」
3位である〈パッチワークメモリー〉のメンバーの方針は決まっていた。
自害はしない。
リタイアもしない。
だが、少しくらいは傷跡を残して見せる。
やることは昨日と同じだ。
ひたすらに強敵とぶつかる。
連戦を続ければ倒されるだろう。
だが、一つ箇所に集まるよりも散らばることで、彼らのポイントを多々のクランに分散させ、クラン間のポイント差を増やさないようにする。
「……良いだろう」
何よりも戦果は重要だ。
神経質な男とて、このまま【竜将軍】の腰巾着の立場に甘んじるつもりはない。
どこかで自身の有用さを示さなければ、〈三王〉の連中に近づくことも出来ないのだ。
「改めて、このパルルワール・エスプリソが貴様ら〈パッチワークメモリー〉を採点してやろう。現状は妥協点。良くも悪くも活躍と失態をみせてくれた。これ以上の失点を許すな。点数稼ぎに邁進しろ。覇道は我らにあり、貴様らは覇道を固め行く先遣者となれ」
神経質な男は――パルルワールは眼鏡を掛け直すと鼻を鳴らす。
「ふん」
「あ、ああ……だけど――」
「ふん……ふん?」
もはやふざけているのかと思う程に鼻を鳴らすが、〈パッチワークメモリー〉の面々は別のことに不安を割いていた。
「行っちまったが……?」
みれば、【竜将軍】を追いかけるようにして〈ザ・ドラゴンズ〉のパルルワール以外のメンバーはいなくなっていた。
「別に先遣隊が悪いとかじゃないけどよ……このままだと逸れちまうんじゃ……」
パルルワールにフラッグを手渡しながら既にみえなくなった〈ザ・ドラゴンズ〉達のことを思い出す。
いずれも、どこにでもいるような〈マスター〉だ。
聞いたことのない名ばかりであり、有名度でいえばむしろ〈パッチワークメモリー〉の二つ名持ちの方が上であった。……ほとんどが死亡してしまったが。
「ふん」
だが、パルルワールはそれに対し鼻を鳴らす。
「一つ、失点だな」
そして、その言葉を最後に彼は姿を消した。
靄がかかったようにとか、色が薄くなったとかではない。
突如として消えたのだ。
残された〈パッチワークメモリー〉のメンバーの手元から失われたフラッグ。
それこそがパルルワールが先ほどまでいた何よりの証である。