<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
◇◆
地上から約50mの世界。
箒で空飛ぶ者。
飛行船で空を旅する者。
空に攻撃衛星を置く者。
空に拠点を構える者。
あるいは、50m以上の巨体で地上を歩きながら上空を我が物顔で通過する者。
「……ここから落ちたら落下ダメージで即死だよね」
「ああ。だからそう気構えなくていい。ここから落ちても生きていられるくらいの化物はそういないからな」
【獣王】をはじめとした高ステータス、あるいはエンブリオやジョブスキルでダメージそのものを無効化しない限りは抗えない死。
地上を恐る恐る覗き込むワン・フー・ウーにクリアントはキシリーの手の中でも安楽にいられるコツを教える。
傍目からみれば能天気あるいは楽天的に捉えられるだろうが。
「大丈夫だよ。今の私はあんまり手に力入らないから」
「……」
それのどこが大丈夫なのか、キシリーの言葉もまた見当違いなものであり、このオーナーにしてこのメンバーが集まったのだと、改めて〈パルプンテ〉というクランのメンバーに戦慄を覚える。
そもそも手の中にいるのだからもし開かれてしまえば、地上に真っ逆さまなのだが。
むしろ力が入らないことは利点にならないのではないか。
「文字通りキシリーの掌の上だな」
「笑いごとかな、それ……」
やはり呑気に笑って見せるクリアント。
彼なりの、ワン・フー・ウーに対する緊張のほぐし方だったのだろうが、逆効果に違いなかった。
クラン対抗イベント二日目。
その一歩は、巨人による大きなものであった。
一日に回数制限のある《姫の三振り》は使わずに【巨人王】のスキルである《成長過大》により巨大となったキシリー。
彼女はクリアントとワン・フー・ウーを水を掬うように手の中に乗せると、そのまま歩き出した。
《成長過大》は込められたMPにより大きさを変動する効果を持つ。
オーナーに見せるために今回は特別多めにMPを使い、今のキシリーは約60mの巨人となった。
走らずともその一歩は20m以上を進み、キシリーの重量に耐え切れず地面は大きな足跡を残す。
無論、そんな目立つことをしていればすぐに他クランに見つかってしまうのだが、すぐ手元にキシリーからみれば小さな人間を抱えており《臆せよ我が体躯》による膨大なステータス補正があるため、幾ら必殺スキルやジョブ奥義を撃たれようとキシリーの肉体は揺るがない。
「キシリー。右足を少しだけ振り回してみてくれ」
「こう?」
そして、クリアントが手の中からキシリーに敵の位置を大まかに伝えると、キシリーはその通りに動く。
軽く足を振り回すだけで巨木も古木も軒並みへし折れ、そこに巻き込まれた〈マスター〉は空中に巻き上げられながらHPを散らしていく。
「……ッ」
そんな光景をみて、過去の自分が黒歴史となって襲ってくるワン・フー・ウー。
かつて最強を自負していた井の中の蛙である自分は本当に愚かだったのだな、と。
ステータスだけでなら装備を整えれば負けることは無いだろうが、この巨体は彼には真似できない。
大きいことはそれだけで武器に成り得るのだとワン・フー・ウーは学び、そして頭が上がらないだろう相手がまた増えたことを悟る。
「(というか落ちても生きていられる化物って……)」
目の前のこの人もそうだよなと思い、クリアントに視線を向ける。
まだそう多く会話をしたことのないクランオーナー。
何故か突然指名され、キシリーの手の中に共に収められてしまった。
“磔刑”との時間にはまだ余裕があるが、一体何の用かと緊張はする。
「キシリー。フォーカーを装備していると座り心地が悪い。どうせ両手での戦闘はまで出来ないし、外しておいてくれ」
「あ、うん」
「(姐姐はオーナーのことを強弱で測れないところにいるって言っていたけど……)」
即座に体力を回復するでもない、ダメージが通らないでもない。
殺せないわけでもなく、しかし殺しても別の肉体で蘇生する……いや、新たな生を得る。
別にそれがオーナーの能力であることに関して不満があるわけではない。
生存能力を求められることは大事で、それが重要な場面を迎えることも多いだろう。
だが、このゲームは自身の何かを反映し、それが能力の元となっている。
つよさを求めたワン・フー・ウーにしろ大きさを求めたであろうキシリーにしろ。
つよさを隠そうとした妹妹とてそうだ。
何故そんな能力となったか分かりやすければ分かりやすいほど、人格もそう捻くれたものではあるまい。
実際にはキシリーも妹妹も、あるいはワン・フー・ウーも自覚していないところで真っすぐな人格ではないのかもしれないが、それは今は関係なく。
ワン・フー・ウーはクリアントの内面を測りかねていた。
蘇生能力があるくせにそのストック数を気にかけない。
自分の死体がすぐ傍にあっても気にしない。
目の前の人間は、現実世界でも自身と世界の境界が曖昧なのではないか、そう疑いたくもなる。
「ところでワン。最近、悩みとかないか?」
唐突にそんなことを言われた。
「……?」
急にそんな親戚のおじさんみたいなことを言われても戸惑うだけ。
同時にクリアントは自分のエンブリオに『天井ですか? 狙って言っていますか? それしかボキャブラリー無いんですか?』となじられているが、念話のためワン・フー・ウーには届かない。
なのでクリアントの言葉に対して素直に考え、
「ええっと……」
今、悩んでいること。
ある。
それは、昨日戦った“磔刑”について。
彼女の置かれた状況。
救われない現実。
助からない環境。
そして未来を放棄したが故に達観した精神。
自分は彼女に対してどんな言葉を投げ掛ければいいのか。
彼女の縛られた強さに対して自分はどうすればいいのか。
目の前にいるのは大人だ。
大人は頼れる存在だ。
だからそのまま話してみることにした。
◇◆
「……」
思っていた以上の相談をされたクリアントは返答に困っていた。
てっきり妹妹が絡んだことだろうと高を括っていただけに、年齢不相応に抱え込んだ悩みに言葉を返せない。
「(恋愛相談とかそんなことかと思っていたが)」
『それはそれで先輩が答えられるわけないじゃないですか。ピュアな少年少女の恋バナに混ざれるとでも?』
それはそうだった。
もはや純情さの欠片も無い自身に恋愛は語れない。
恋愛すらも諦めてしまっているクリアントだ。
『いやそこまでは言っていないですけど。というか、愛とか恋を諦めるなってことじゃないですよ。ほら、諦めなければ先輩のことを一途に想う後輩が見つかりますから。ですから。ね? 恋に希望を持ちましょうよ』
希望を持って何度へし折られたことか。
確信を持って何度思い違いであったと笑われたことか。
『あ……そこそこの成功じゃなくて失敗の連続で諦めたパターンだった。珍しくもないですけど』
そこそこに出来てしまうから絶望し諦めたのではなく、普通に失敗を繰り返したから絶望し諦める。
クリアントの心の闇に触れてワンプは溜息をついた。
「俺……あの子に何をしてあげればいいんだろう」
ワン・フー・ウーの疑問にクリアントは我に返る。
そういえば彼の相談に乗っていたのだと思い出した。
「病気は完治しないものだって。医者でもない俺は治療することも出来ない。会いに行くのも……多分だけど全然違う国にいるから難しい。それに、今は無菌室ってのにいるみたいだから会いに行っても誰とも会えないんだって」
流石に千羽鶴とかお祈りとか言い出すことはしないようだ。
鶴に関してはそもそも彼の国では普及していないだろうが。
「……漫画とか、映画の主人公というのは、そんな無理難題でも解決してみせるんだろうな」
「そう……だね。俺は主人公じゃないから。特別な力はないから、できない」
『ちょっと先輩!? ますます落ち込ませていますけど!』
「ああ。特別な力なんてのはこの世にはない。だからワンの言う主人公ってのはこの世界にはいないことになる」
「だったら……あの子は救われない。誰も救えないじゃないか」
きっとどんな手段を使ってもその“磔刑”という少女を真の意味で救うことなんてできないのだろう。
クリアントは諦めることに関してはそこいらの人間よりも遥かに上であると自負している。
『いや下ですからね? 諦めた時点で諦めなかった人よりも偉くはなりませんよ』
そんなことはない。
諦めただけ、他のことに時間を使える。
少しでも自分に向いていることを他者よりも習得できる。
イテカがその良い例だ。
「――ああ。だから救うことは諦めろ」
「……は? なにを……何を言ってるんだよ! あの子は……あの子がどんな気持ちで……!!」
「俺は知らない。見たことのない人間の気持ちを推し量ることはできない。だからワン、お前に聞いただけの情報だけでしか語れない」
「でも……だけど……オーナーは大人だろ……。大人だったら――」
「大人だからこそ、だ。俺はお前達のように希望を語れない。希望的観測に未来を預けられない。現実的な話でしか、今できることにしか目を向けられない」
そして、誰にも“磔刑”を救うことはできない。
病気を完治させないことにはきっと”磔刑“という少女は希望を語れないのだろうから。
それだけの絶望と現実を知ってしまっている。
出来ないことに時間を使うのは、頭を悩ませるのは時間の無駄だ。
「……なら俺に出来ることって」
「やろうとするな。ワン・フー・ウー、お前が出来ないと嘆くことは、他の誰にも出来ないことだ。だけど、“磔刑”という彼女と会話したことのあるお前だからこそ、出来ることもある」
まるで問答のようなオーナーの言葉。
出来ないからやるな?
出来ることもある?
どちらなのだ。
「結局俺は何が――」
さて、2人の会話はどこか喫茶店で腰を落ち着けて行われているわけではない。
このイベント内では屈指の安全地帯かもしれない巨人の手の中ではあるのだが、しかしそれも絶対というわけではない。
キシリーは2人の会話に耳を傾けながらも周囲に注意しながら歩いていた。
バウムの遺した自動回復の効果を持つアイテムで少しずつではあるが両手の機能も回復はしてきている。
ひとまずは足元で五月蠅い〈マスター〉達を文字通り一蹴しながらも、大陸内を練り歩いていたのだが、おでこにゴーンという衝撃が起こった。
「――っだ」
足元ばかり見ていたら頭をぶつけてしまうことは相応にある。
だが、果たして頭上にも注意を払っていたらぶつけることはなかったのだろうか。
それもまた不可能に近かっただろう。
何故ならキシリーの可愛らしいおでこにぶつかったのは木の枝の1本に設置された拠点――それも隠蔽されていたものなのだから。
拠点を通じて枝そのものも強い隠蔽効果を掛けられていたために、枝そのものを避けることも遅れてしまった。
その衝撃で思わずキシリーの手から力が抜ける。
「あっ――」
思わず手を伸ばすもまだ手の感覚が薄いために片方だけ掴み損ねる。
またもやフォーカーを装備していなかったキシリーの落ち度……ではなくフォーカーを装備していたら手の居心地が悪いとかぬかして外させたオーナーが悪い。
そんな天罰が下ったのか、キシリーの手をすり抜け落下していったのはクリアントの方であった。
何とかキシリーの手に留まれたワン・フー・ウーも生きた心地がしない。
クリアントを何とか掴もうと思わず手を振り回した遠心力がもろに彼に伝わっていた。
「キシリー! 俺のことはいい……それよりも、そこに誰かがいる。俺はこいつらを引き受けるから、ワンを目的の場所に連れて行ってやれ」
キシリーの視界にはクリアント以外にも落下していく者達がいた。
彼女らは一様に、魔女のような恰好をしていた。
「でもオーナー……確かストックが……」
「気にするな。キシリーに運んでもらったおかげで一回は回復できた」
ならば、落下死の後は一つしかストックが残らないはずだ。
それをクリアントは分かっているのだろうか。
「ワン君。オーナーが大丈夫だって言っているんだよ。それにあの人達……」
落下していった魔女たちが途中で浮かび上がっていく。
「魔女ってことは……第三位クラン〈御邪魔女連合〉」
「今はまだ混乱しているみたいだけどすぐに態勢を立て直すと思う。その前にできるだけ遠くに離脱するよ」
1人だけ外見年齢が高い魔女が杖を振るう。
他の年若き魔女たちは杖の軌道に合わせゆっくりと地上へ降ろされていく。
きっと全員が地上へ降りたならば魔女たちの一斉反撃が行われるだろう。
「オーナーの戦闘に私達が邪魔。行こう」
間近で見たことがあるからこそキシリーは、クリアントの戦いに自分が必要ないことを知っている。
彼が全力を出すのに自分たちは足手纏いになるだろうと。
「……分かった。“磔刑”のいるクランはあっちの方。今は映像が見えないから大体の方角しか分からないけど」
エンブリオの持ち主が死亡したのか、いつからか〈洛陽創世会〉の面々を映し出す映像は消えていた。
だが、それが歩みを止める理由にはならない。
ワン・フー・ウーとキシリーは〈洛陽創世会〉の拠点を目掛け進みだした。
キシリーちゃんのおでこ