<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【自殺王】クリアント
「……」
地面に向けて落下――投身自殺を図る男は静かに敵の姿を再確認する。
やはり、魔女クランである〈御邪魔女連合〉であったか、と。
その名は既に知っていた。
それに何よりも脅威度も。
単純なランキング3位という立場だけでない。
その抱える戦力をクリアントはフィリップから聞いていたのだ。
「〈超級〉――“大魔女”デミータリィ」
魔女の名を冠する〈超級〉。
魔女の姿をする少女達の中に混じる、クリアントと同年代程の女性。
彼女こそがデミータリィなのだろう。
フィリップをして戦闘に秀でていると言われた彼女は、しかし今は仲間の救助に手一杯のようだ。
キシリーが衝突したことで彼女らの拠点は瓦解していき、突然の邂逅となった。
だが、先手を取れたということであればこれは嬉しい誤算であった。
「(300……500……まだポイントが入ってくるな。流石3位。相当なボーナスを得ていたようだ)」
もしここでクリアントが敗退となっても、このポイントだけでもクリアントの命以上の価値があるだろう。
そう計算してしまえるほどにクリアントは自身の命を低く見積もっている。
そして、計算の内にあるからこそ、使い切れるまで使い潰せる。
「(地面衝突まで後3秒……)」
『先輩! こちらはおっけーです! 指示通り、5人でいいんですよね?』
「(ああ。全員は時間が足りない。だが、デミータリィを中心に何人か巻き込むだけでも効果的だろう)」
何よりも、残りMP全てを注ぎ込むことで使用可能な必殺スキルは、死亡直前に切るに限る。
「《汝、自身がどちらか見抜けるか》」
魔女たちに雷が落ちる。
そのものにダメージはなく、彼女らは少しの間混乱に陥るが、すぐに状況を呑み込もうとし――隣に現れた自身と全く同じ姿の泥人形に息を呑む。
コピーされた大元はデミータリィにより浮遊しているが、彼女の助けの無い泥人形たちは地面へと落下していく。
だが、彼らもまたクリアント同様に自身の命に対して無頓着であり、何の躊躇いなく、己が使命を全うすべく必殺スキルや奥義を放つ。
巨大な火柱が、魔法陣が、まさしく魔女として相応しい必殺スキルの応酬。
しかし向けられているのが必殺スキルの持ち主であるため、魔女たちは身を以て魔女の力を思い知らされる。
「……よし、これで」
拠点崩壊時に多少ダメージがあったのだろう。
今の泥人形による攻撃で更に魔女たちの数人が削れた。
クリアントに入るポイントが魔女たちの死を物語る。
まだ高所からの投身自殺……物理的衝突ダメージによる耐性は得ていない。
衝突ダメージは汎用性もあり、得ておいて損はないものだ。
ストックはこれで1つ……最後の肉体になってしまうがこれでしばらくはワンプに肉体を預けておくことで生存確率も上げられるだろう。
魔女たちは泥人形との戦闘でキシリーを追うどころではなくなった。
クリアントは自身の仕事に満足しながら地面へ衝突する感覚に身を任せ――泥に身を包まれた。
「(……あれ?)」
即死はしない。
呼吸が出来なくなり、藻掻けば藻掻く程に沈んでいく。
泥から生まれたスワンプマンが泥に沈んでいくその様は、さぞかし滑稽であっただろう。
◇◆
「何よこれ……」
“大魔女”デミータリィは目の前の光景に絶句していた。
この世界で最も大事なものの一つであるクランメンバー。
彼女らと全く同じ姿をした者がもう一人、現れたのだ。
顔も身体も声も表情も仕草も、何から何までそっくりで。
こちらへ向ける臆病な顔さえも。
だからこそ躊躇った。
紛れもなく敵の攻撃によって起こった現象であると分かっていたのに。
大切な仲間と同じ姿をしていたからこそ、出遅れた。
「大魔女さ――」
1人が火柱に包み込まれた。
エンブリオによる固有能力で魔法スキルの形を変えることが出来る者であった。
【紅蓮術師】であった彼女は《クリムゾン・スフィア》を異なる形へと変形させ、敵を追い込むのを得意としていた。
そんな彼女はどんな表情をして死んでいったのだろう。
それを知るのも許さないほどに業火に包まれ、光となるまで燃やし尽くされた。
「――ッ」
絶叫をあげ、地面へと吸い込まれていく者もいた。
彼女の肉体に刻まれた魔法陣。
対象に掛けられたあらゆるバフ、デバフ、スキルの類を打ち消す必殺スキル。
それが自身に発動したことでデミータリィのかけた浮遊スキルが消えたことで再度落下していった。
彼女は死ぬ直前、信じられないといった顔をしていた。
それは誰に対してか。
もしかすると信じていたデミータリィが助けてくれなかったことを呪っていたのかもしれない。
みんな死んでいく。
仲間が次々と死んでいく。
助けられなかった者。
助けても尚、手の中からすり抜けていく者。
「――大魔女様」
傍らに抱きしめていた小さな少女が自身の名を呼んだ。
ふと我に返り、彼女の顔を見つめ返す。
「戦場は混乱に陥っています。今こそ、大魔女様の鼓舞が必要となりましょう」
この事態でも彼女は気丈に振る舞っていた。
彼女の性質を思えば、この状況で何もできない彼女こそが一番震え、恐怖するはずだろう。
「魔女ラテちゃん……」
「まだ、生き延びている者はいます。死んでいった者のことは後で考えましょう。巨人は去りましたが、一人地面に落下していく者がいました。皆を地に下ろし、その後、下手人の生存確認を」
「……そうね。このスキル……どうやら奥義や必殺スキルを模倣するみたいだけど発動者に選択権はないみたい。その証拠に……」
「ええ。私の偽物が《偽りの言葉にて神をも引き裂く足音を鳴らせ》を発動したようですが、今の状況で発動するのは適切ではありません。ならば攻撃魔法の一つでも使った方が良いのに」
「私の偽物もね。必殺スキルは常時発動型だからかと思ったけど……それにしても偽物が発動したのがアレでは……」
足元には泥沼が生成されていた。
それは先ほど、デミータリィが〈マスター〉数人を倒した、奥義でも必殺スキルでも無い、ごく普通の魔法スキル。
「……直近で発動したスキルに限るのかしら」
「そのようですね。であれば、対処も分かりやすい。……偽物も崩れていきます」
デミータリィの偽物も、魔女ラテの偽物も、他の魔女たちのも同様に。
スキルを発動し役割を終えた泥人形たちは崩れ消えていく。
「……凌いだみたいですね」
「あー、良かった良かった」
「大魔女様。ありがとうございます!」
生き残ったのはデミータリィを除けば僅か5人の魔女たち。
だが、それでも彼女らは自身の主への感謝を伝える。
デミータリィには救えなかった命も、魔女たちからすればそれは彼女へ決して負わせてはならない重荷。
魔女ラテを始めとした彼女達からすれば、助けてくれたことこそが真実なのだから。
「――《死線は超えられず》」
だが、降下していく魔女たちを待っていたのは無慈悲な一つの奥義。
生き延びた魔女たちは四散していく。
肉体を引き裂かれ、爆散させ、死因は各々異なる形で死んでいく。
せっかく生き延びたのに。
昨日から戦い続け、漸く安寧の時間を手に入れていたのに。
■【自殺王】クリアント
魔女たちの感謝の声が聞こえる。
泥の底に沈んでいくクリアントは、それがこの泥沼を作り出した者が受ける勝算であると泥の底から見ていた。
だが、それもまた過去の話。
常在戦場を心掛けていれば、この場面であっても感謝も油断もしてはいけない状況であった。
何故ならば、彼はまだ生きていたから。
泥に沈めた程度であれば、即死でないならば。
まだ死ぬまでに時間があるならば。
だったらもう少しだけ藻掻けるなと。
生のためにではなく、敵を殺す為に、奥義を振るう。
クリアント、デミータリィ両者にとって誤算であったのは、デミータリィは24時間以内に使用したスキルが地面を泥化させる魔法一つだけであったことだろう。
否、魔女たちを浮遊させているスキルも含まれるが、より必殺スキルや奥義に近しい攻撃系である泥沼魔法が選ばれたのは偶然に近しいだろう。
デミータリィにとっては他に攻撃スキルを使用していれば、それが自身に向けられるため、泥沼であったことは助かっただろう。
クリアントにとっては地面への衝突にしろ泥沼で溺れ死ぬにしろ、死ぬことに変わりはない。
異なるのは死ぬまでにかかる時間。
更にもう一つ、デミータリィにとって予想していなかったのは、クリアントのサブジョブ。
面倒くさがりな彼はジョブ構成に重きを置かない。
現状で困っていないのであれば、どうせスキルの互換性が無くステータスにしか恩恵が無いのであれば、このままでも構わないと考えていた。
故にこそ、【自殺王】では上がりづらいAGIを底上げしてくれる【深潜水士】をそのままサブジョブに残していたのはクリアントにとって幸運……いや、それでも命こそ助からないのだから悪運であった。
【深潜水士】、そして下級職に入っている【潜水士】……その大半のスキルは使えない。
何故なら地上では泳ぐことも潜ることも無いのだから。
海に特化したジョブを地上でも残したままであるのは何ともクリアントらしいが、肺活量の上昇という微妙なスキルは何故か残っていた。
だからデミータリィの予想に反して、地上で激突し死ぬはずのクリアントは泥沼に沈み、更に予想を覆して泥沼の中で長い時間生き延びていた。
海も泥も同じなわけではない。
沈めるための泥沼では脱出は叶わず、死ぬまでの時間が延長されるだけ。
普通の人間であればそれで諦めるところを、クリアントは、
「(……まだ死んでいないなら《死線は超えられず》が使えるな)」
【自殺王】の奥義。
こちらもスワンプマンの必殺スキルと同様に対象の行動に効果を委ねることになるが、戦場だらけのイベントだ。
戦い、傷を負わなかった者などそうそういないだろう。
問題は対象との距離が遠いために発動が難しいと思われたが、泥沼は物理的な距離は沈まないようで、彼の生死を確認すべく魔女たちも地上に降りようとしている。
尤も、そもそも落下途中であったため降下は自然なことであり、クリアントにとってはそれが僥倖であっただけの話。
《死線は超えられず》を発動するだけの猶予は与えられ、タイミングを見計らい発動すれば、戦場に長い時間立っていた者達から大きなダメージを負っていく。
完全にクリアントが泥に沈み死んだことで泥沼が消えていく。
だが、彼の戦果を示すかのように5つの魔女帽が泥沼の消えた地面の上に落ち、それもまた光へと消えていった。
必殺スキルと奥義の連続発動。
こうして〈パルプンテ〉オーナーであるクリアントはランキング3位〈御邪魔女連合〉を壊滅に追い込んだのであった。
藻がいてしまったことで自殺判定は消えました。窒息耐性はもらえていません(そんなの要らんけど)
ちなみにクリアントの必殺スキルと奥義のコストに関しては、
必殺スキルがMP全消費。
奥義はノーコストだけど相手に与えた死因が自身の耐性に無ければクリアントも受けるというリスクがあります。これで別に耐性は得られない。気軽にポンポン使っていくと自分も死にます。
最終奥義は自分の命という最大のコスト。