<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
◇◆
低く唸る回転音が過ぎ去っていく。
機関銃から撃ち出された小指の爪先程の小さな弾丸は、しかし見た目以上の威力を伴って人体を蜂の巣状に穴を空ける。
咄嗟に重厚な盾と鎧で身を守った騎士は、安堵の息を漏らしたと同時に、視界を開けるために作られた僅かな隙間から矢を穿たれて倒れた。
「どうやらこっちは全滅のようだな」
「ええ。生物の気配も感じないわね」
【航空王】バーバヤードと【射神】アシスタ……2人の準〈超級〉によって索敵に出ていたパーティー1つが瓦解した。
どちらも中・遠距離を得意とする戦闘スタイルの持ち主であるが、【航空王】の奥義による攪乱以上の効力を持つ分体の存在、そして接近されたところで一切心を乱すことなく矢を放つことのできるアシスタは近接系職業を相手にしたとしても後れを取らない。
加えて、長年共に居ることから呼吸を合わせることくらい容易なため、お互いにどのタイミングにどの位置にいるかくらいならば言葉を交わさずとも、だ。
撃ち漏らし、あるいは倒しきれなくとも互いに即座にカバーすることで彼らはパーティーを強襲しては即座に倒しきっていた。
「そろそろ休憩を挟むか。その矢筒も補給が必要だろう」
「……そうね。残数も半分を下回ったわ。油断も慢心もせずにいきましょう」
油断や慢心をし、どちらかが死亡すれば2人でいる時間が減ることになる。
それだけは死んでも嫌なアシスタは素直にバーバヤードの言葉に従う。
アイテムボックスから矢を100本纏めて取り出すと、背負っていた矢筒にそのまま押し込む。
ついでに腰に下げていたポーチ型アイテムボックスにジェムと回復アイテムを足す。
「改めてだが便利なアイテムだな。ストックが外部にあるだけで余計な荷物が減らせる」
本命のアイテムボックス、ポーチ、矢筒。
3つにアイテムを散らせることである程度の指向性を持たせられるし、矢筒に関してはそれ以外にも便利なオプションを持つ。
「まあね。それに、これと【射神】があるからほぼノータイムで速射が出来るわけだし」
アシスタの持つ矢筒は特典武具でこそないが、レアリティの高いオーダーメイド品であり、同一品質の矢に限り200本までストックすることが出来る。
加えて、《瞬間装備》にも似たスキルを持っているため、矢を放ったと同時にアシスタの手には新たな矢が収めることが可能だ。
技術補正が無い代わりに環境の一切を無視出来る【射神】のジョブスキルが組み合わせれば、再現性さえ完璧であれば瞬間的に多量の矢を同一箇所に速射することが可能となる。
「……それにこれはアンタがこの世界で初めてくれたものだし」
「え? そうだっけか」
「そうよ!」
こまめにアクセサリーや回復アイテムを贈っているバーバヤードと、高価な一点物の贈り物はこれが初めてなアシスタ。
斯様なすれ違いも日常的に行われている2人である。
すぐにバーバヤードが互いの認識の違いを理解し、謝り倒すところまでがセットだ。
「悪いわる――」
「――へえ。それ、思い出の品ってやつぅ? 欲しいなぁ。ねえちょうだい? いいでしょ、だって私もそれ欲しくなっちゃったんだもん」
だが、アシスタの手から突如矢筒は失われる。
誰かが取り上げたとかいう話ではない。
超高速で動こうと準〈超級〉である2人が見逃すはずがない。
この現象を2人は覚えがあった。
イベントの開始と同時に強襲してきた少女、その名は――
「ラブアンドイーズ……だったか」
「えー、そうだよ。正解。まさか私のこと覚えててくれたなんて、好きになっちゃいそうだな。良い? 私、貴方のことを好きになっても、別に良いんだよね?」
両手で矢筒を弄びながら頬を染める少女、ラブアンドイーズ。
彼女は地上に降り立たない。
ダークグレーの翼を羽ばたかせ、2人を見下ろすように滞空している。
「……ッ!」
「あ、その弓もいーなぁ。よく手入れされてるね。きっと大事なんだよね? 彼からの贈り物? それとも他の人? 別にどっちでもいいよ。それが贈り物だからこそ価値があるんだよね。だから私も欲しくなっちゃった」
急ぎ弓を構えようとしたアシスタの手から、その弓さえ失われる。
やはり弓すらもラブアンドイーズの手にいつの間にか渡っており、彼女は手に入れた弓と矢筒に対し満足げに頬擦りする。
「この……」
「うーん、でもよく見たら? 別に私とは合ってなさそうだし。記念に貰っておくだけにするね」
あっさりと、そう言ってのけるとラブアンドイーズは矢筒をアイテムボックスに仕舞い、次いで弓も仕舞おうとし、
「あれ?」
特典武具である弓だけは弾かれた。
「あー、そっかぁ。そういうことか。……へぇ?」
ラブアンドイーズはアシスタをじっとりと睨む。
まるでヘビのような視線を浴びるが、アシスタも負けじと睨み返す。
「返しなさいよ……ッ!」
「でもこれ、私が貰ったものだしぃ? 別に要らなくはなったけど……ぽーい」
「あっ!?」
ラブアンドイーズは森の中に弓を放る。
特典武具であるため一時的なロスト扱いにはなるが、時間経過と共に戻ってくる。
だが、今すぐそれを使うことはできないし、拾う時間は……無いだろう。
「これであなたは戦力ダウン。残りはそっちの飛行機乗りさんだけど?」
「俺と一騎討ちがお望みか?」
「えへへ。デートのお誘いってやつ? いいよぉ? そんな女なんか見捨ててさ、私と爛れたお付き合いしようよ」
ラブアンドイーズ。
所属クランは〈垣根の花〉。
〈三王〉サブオーナーであるトワコが集めた少女達で結成されたクランであり、ラブアンドイーズはその〈垣根の花〉のオーナー。
トワコ直々にスカウトされた実力は超級職に非ずとも準〈超級〉とは遜色ない実力の持ち主。
だが、トワコが見出した点は実力だけではない。
その恋愛に対するハードルの……低さだ。
「その誘いなら残念ながらお断りだな。俺は一途な男だぜ。横やりなんか入れる隙が無えっつーの」
「横やり……横やり、ねぇ」
バーバヤードの言葉に少し考える素振りを見せた後、ラブアンドイーズは
「じゃあ横やり10本入れちゃおうっかなー」
断固とした態度をみせるバーバヤードに対して好感度を高くするアシスタと、依然変わらぬままのラブアンドイーズ。
だが、ラブアンドイーズは既に確定事項として思考していた。
『この飛行機乗りを自分のものにしてやろう』と。
指を鳴らす。
その合図と共にラブアンドイーズよりも更に上空から舞い降りし9人の少女達。
彼女達は一様にして同じ規格を持ち合わせていた。
そう……翼ある少女である。
「……おいおい」
自身の取り柄である制空権が通用しなさそうな相手が多数。
10人の少女に圧倒されたように苦笑するバーバヤードを尻目に、彼女たちは恋バナに花を咲かす。
「ねえねえ、あの人良い感じだよね」
「私欲しいな。貰っちゃお?」
「だーめ。私のだもん」
「みんなで分け合いっこしましょ? 最初は私ね」
「あ、狡いです。平等に見せかけて自分だけ得しようだなんて」
「私は最後でも良いので長く楽しませて欲しいな」
「あっちの女はどうする? 殺す?」
「見せびらかすのも良いですよ。男を寝取られてどんな顔をするか楽しみ」
「せっかくだから混ぜてあげようよ。順番にさ、比べっこするの」
クスクス、クスクス、クスクス――囁くように笑う。笑い続ける。
何が可笑しいのか、何か楽しいのか、彼女たちは如何にアシスタからバーバヤードを奪い取るかの相談をする。
姦しい、とバーバヤードは思わず耳を塞ぎたくなった。
鳥が劈くような怒涛に流れる言葉。
いずれもが甘ったるい声で喋られるものだから余計に気味の悪さを感じる。
「そうだわ! まずは手足を縛り付けて隣同士に寝かせるの。 そうしたら――」
少女達の中でもとりわけ体格の良い、恐らくはラブアンドイーズに次いでリーダー格の少女が柏手を打つ。
だが、彼女が言い切らないうちに、その額に矢が突き刺さった。
「――あ、れ」
「……誰の、誰を取るだって?」
その表情はとてもではないが、冷静とはかけ離れたものであった。
手に持った新たな弓は握りしめすぎて軋みを上げている。
額を穿たれた少女はそのまま落下し、地に触れる前に消え失せた。
「……アシスタ」
「バーバヤード。こいつらは私にやらせて」
「あ、ああ……分かったぜ」
逆らうことが出来ず思わず頷きながら、だが、とバーバヤードは翼持つ少女の1人に視線を向ける。
「……だけどよぉ、俺は俺でアイツとサシでバトらなきゃいけないみたいだぜぇ」
視線の先にいるのはラブアンドイーズ。
彼女はバーバヤードの視線を受け止め、余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「アンタ……やっぱり……」
ラブアンドイーズの言葉をそのまま受け取ったアシスタは相方の不貞を疑い、バーバヤードにも怒りを向けようとする。
「俺が忘れかけてたってんならよぉ、もう一度よぉ、プレゼントし直すってのはどうだ?」
「……? それって」
ラブアンドイーズに奪われた矢筒。
かつてバーバヤードがアシスタに贈り物として渡した一品。
「どのみちアシスタ、お前じゃ相性は悪いみたいだぜ! だったら俺が相手取るしかねえよなぁ!」
「……仕方ないわね。その鳥はアンタに譲るわ。だけどその他は全部私が撃ち落とす!」
クランメンバーの1人を欠いても、未だ笑い続ける翼持つ少女達。
彼女らに向け、バーバヤードとアシスタは互いの獲物を見定めた。