<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■〈垣根の花〉について
10人の翼持つ少女達で構成される〈垣根の花〉は、国家所属クランでありながら限りなく犯罪クランに近い立ち位置にある。
その理由は、所属する少女達、各々が元居たクランを潰してきたから。
実力を以て解散に追い込んだわけではない。
いわゆるサークルクラッシャー……人間関係を破滅に追い込むことでクランの運営を成り立たなくさせてきたのだ。
オーナーと恋仲になり駆け落ちし解散。
男だけのクランの中で姫の立ち位置でメンバーを翻弄し解散。
友情と愛情を入り乱れさせ解散。
少女を除いたメンバー全員が監獄に送られ解散。
あるいは、二度とログインしなくなり解散。
解散、解散、解散、解散……レジェンダリアに籍を置くクランを幾つも潰した少女達はしかし、こう熱弁する。
『私達は悪くないわ。恋に浮かされていたのよ』
誰もがクランを潰そうなどとは考えてはいなかった。
それは《真偽判定》でも彼女達が本心からの言葉であることを肯定している。
ただ、結果としてそうなってしまっただけ。
いつも通り動いていたら、現実世界と同じように人間関係が悪くなってしまっただけなのだ。
所属クランが無くなれば彼女達は行き場を失う。
他人に寄生しなければ生きてはいけない者達ばかり。
翼があるくせに自身で羽ばたけやしない。
そういった性分なのだろう。
そんな、ラブアンドイーズを始めとした少女達を拾い集めた少女がいた。
「きゃはっきゃはっ」
「嬉しいねぇ。私達と似たような気配がすると思ったら……へぇ? そういうことかぁ」
翼持つ少女を傍に置く少女。
【禁忌姫】トワコと彼女のエンブリオ。
トワコは丁寧に丁寧に、まるで自分の身体を扱うかのように、少女達のメンタルケアを行い、彼女たちの行いを肯定した。
「仕方ないよねぇ。愛を受け入れる器が弱かったんだねぇ。だったら別のを探そう。もっと丈夫な人はたくさんいるよ。運命の人は他にもいるよ。大丈夫。誰かのものになっていたって、きっと振り向いてくれるはず」
こうして、最も素質を見出されたラブアンドイーズが率いる〈垣根の花〉は結成された。
たとえレジェンダリアの弱体化を招いた者達がいようとも。
新たなクランとして立ち上がってしまった以上は止められない。
彼女達が何を成そうとしていても、今はまだ何もしていない以上は止められない。
◇◆
霧島切子。
エンブリオの銘はセイレーンという怪鳥。
彼女の声は声圧による広範囲攻撃と魅了効果を併せ持つ。
奈良橋モコ。
エンブリオの銘はガルダという怪鳥。
彼女は自他共に傷を付けたいという目的で戦いに挑む。
サガ・マゾッド。
エンブリオの銘はサンダーバードという怪鳥。
あらゆる天候を操り、如何なる気象であっても雷を降らせ致命傷に至らせる。
図名我策。
エンブリオの銘はロック。
常識外れの怪力で相手を逃がさない。
無門六体。
エンブリオの銘はヤタガラス。
相手の不幸を願う程につよくなる。
バリ・ラトス。
エンブリオの銘はウブメ。
触れた対象を強制的に赤子の状態へと引き戻す。
ビーン・ラビッツ。
エンブリオの銘はストリクス。
自身の血液を操作し相手を血に塗れさせる。
ラス・エンデバット。
エンブリオの銘はフェニックス。
――幾度となく立ち上がり、立ち塞がる。
以上、9名の翼ある少女達。
1名は開戦と同時に額を撃ち抜かれ、残り8名がアシスタを囲うように飛び回り、
「――《五月雨》」
うち4名が撃ち落とされた。
「「「「……え!?」」」」
バタバタとまるで殺虫剤を捲かれた羽虫の如く地に落とされていく少女達。
辛うじて生き延びた者達も何が起こったか理解出来ずに困惑の表情をみせている。
「……なによ。仕掛けてきたのはそっちでしょ。分からない顔しないでよ。不条理だなんて思わないでしょ。私は何年も何年も何年も……彼の背中を追いかけてきたのよ。彼を落とすのは私なの! 今更、アンタ達になんか渡してやらないから」
【射神】アシスタ。
彼女もまた十分に実力の伴った準〈超級〉である。
こと射撃。
こと長距離からの攻撃。
こと無音攻撃においては準〈超級〉の中でもトップクラス。
幾ら相手が多くとも。
幾ら制空権を取られようとも。
彼女にとってそこまでの脅威ではない。
彼女が日々共に研鑽を積んできたのは【航空王】バーバヤードなのだ。
空を飛ぶのも、編隊し襲い掛かるのも、バーバヤードに比べたら可愛いものだ。
「……あはぁっ!」
そろそろとアシスタの真後ろで翼を広げたのは、先に額を撃ち抜かれていたはずのラス・エンデバット。
彼女のエンブリオの特性は即死しても尚蘇生できる超常的な回復力。
肉体を一片でも残していればそこから生まれ変わるかの如く彼女は蘇る。
ラスはアシスタを背後から抱きしめ、両腕を締め上げる。
「……ッ!」
後衛職であるアシスタのSTRは低い。
ラスもそれほど高いわけではないが、十数秒程度なら拮抗してしまう。
そしてその間に生き延びた少女達は体勢を整えるとアシスタに向け手を振りかざす。
予備の弓も奪い取られ、図名の怪力にへし折られる。
「……は、はは。どうせ! どうせアンタは持っているんでしょう! 実力もあって、男もいて、幸せなら私にも頂戴よ! 少しは分けてよ! 私だって幸せになりたいのよ」
「駄目なの。私には彼しかいないの。一目惚れなのよ。だって顔が良いでしょう? あの顔ならきっとみんなも認めてくれるわ。私は惨めな気持ちにならないわ」
「私は優しいから全部奪い取るなんてことしないわよ。だから、ね? 月曜日が空いてるのよ。他は埋まっているのに。月曜日だけが誰もいないの。ね?」
「働く気なんてさらさらないわ。体力もあって優しくて私を一番に思ってくれる、20代の一流企業務めがいいわ。専業主婦を希望するけど夜と週末は家事をやって欲しいわね。朝? 別に食べなくたっていいでしょう」
思い思いに重たい言葉を口々に喋り出す。
そのいずれもが理解するたびに吐き気を催す程の身勝手な言葉。
誰も彼もが自分のためだけに、自分を肯定したいがために、男を欲しがる。
「……」
他から見れば自分もそうなのだろうか、とアシスタは自分を見つめ返す。
彼女達の言葉は重くのしかかり、しかし響く程には軽々しく空虚なもの。
もしかすると……元クラスメイト達も、両親も、バーバヤードでさえも。
自分に対してはこんな気持ちだったのだろうか。
気持ちが悪くて感じが悪くて後味が悪い。
足元に小さな破裂音が響く。
見上げればそこには小さな飛行機が飛んでいた。
黄金の飛行機は……何も語り掛けてはこなかった。
それこそは信頼の証。
何も言わないことがバーバヤードからアシスタへのエール。
「ねぇ、見たかしら? 彼ったら私に笑顔を向けたわ」
「私よ。私に手を振ったの」
「違うわ。今、彼が認識したのは私よ」
「きっと私に見惚れていたのね。だからさっきからふらふらと飛んでいるの」
「でも残念。よくみたら小さいわ。私、自分より背の低い男って嫌なのよね」
ああ、そうだ。
こいつらはバーバヤードをステータスでしか見ていない。
必要としているのはバーバヤードでなく、男なのだ。
そんなやつらに、彼を見て欲しくない。
「彼は甘い卵焼きを朝食に出されるのが好きなの」
「はい?」
「共働きでも全然いいわ。私が帰って来た時、先に帰っている彼が部屋の明かりをつけて待っていてくれるのよ」
「何を言っているのかしら」
「週に一回? 出張だって耐えられないかもしれない。でもね、夜になったら電話をするの。朝はメールを待つのも楽しみだわ」
「死にかけが戯言?」
「顔が良いのは確かにそうだわ。顔も良いし運動神経も抜群だし、欠点らしい欠点は無い。みんなに優しいのは少し不安にさせるくらいよ」
「……結局アンタだって」
でも、まだそんな未来は訪れていない。
自宅で朝ご飯を2人で食べたことは無いし、2人ともまだ会社に勤めていないし、夜の電話も朝のメールも恥ずかしくてこちらからかけたことは無い。
何でもできる彼は自分にだけ優しいわけではない。
だからこそ、手元に彼がいないからこそ、不安になる。
「彼は私のではないわ」
それを口に出すことがどれだけ惨めか。
そしてそれを理解した少女達の笑みがどれだけムカつくか。
全部消し去りたいほどに。
「だから言うわ。彼は私のものにする。絶対に手放さない。アンタ達に少しだってあげないんだから!」
再度口にする。
その言葉に少女達は気圧され、手の力を緩めてしまう。
殴る手を止めてしまう。
「……は。この程度でビビってるんじゃないわよ。この程度で愛をほざくんじゃないわよ。手に入れたいのなら執着しなさい。何年もかけて傍にいてみなさい。愛すると誓ったのなら、生涯他に誰のことも好きにならないよう努力なさい!」
緩められた手が再びアシスタの身体に触れる。
それは少女達が力を強めたからではない。
むしろ少し距離を置こうと、翼を動かそうとしていたくらいだ。
「《
だが、それよりもアシスタの重力が上回る。
少女達を、周囲の木々を、何もかもを吸い込まんとアシスタは黒く染まっていく。
「な、にこれ……」
一番近くにいたラスが真っ先に吸い込まれると、全身が粉微塵となり、蘇生することなく死亡した。
他の少女達も懸命に逃げようとするも逃れる術なく次々と吸い込まれ、死んでいく。
僅か30秒。
しかし少女達にとっては30秒もの処刑時間。
未だ空を巡るバーバヤードとラブアンドイーズを除き、アシスタの周囲の人間は全て消え去った。
「愛は掴んだら離さないものよ」