<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■とある自分勝手な男について
出る杭は打たれる。
ならば杭は出なければ打たれないのか。
そんな疑問を抱えながら生きてきた。
世の中は不平等、不公平、不公正に満ち溢れている。
勝者になろうと努力した者に限って敗者に配慮しなければならず。
弱者が好き勝手にのたまう癖に強者は鎖を付けられて動けない。
そんな環境ばかりであった。
そんなところで数十年生きてきた。
気づけば勝者なのか敗者なのか、強者なのか弱者なのか。
どっちつかずになっていた。
勝者のように奪い取られず、弱者として甘い汁を啜って。
強者のように縛られず、敗者として大きな顔をして。
世の中を上手く、美味く、巧く渡り歩いてきた。
だけどそれは自分のためだけだった。
誰かの為になんてことは考えなかった。
そんなことは考えたことは無かった……はずだった。
「……はは。いつの間にか慈善事業に手を染めているとはね」
きっかけは覚えていない。
多分、テレビのドキュメンタリー番組か何かで見ただけだろう。
施設に預けられた小さな赤子。
母を亡くし、高熱の中で生死を彷徨っている小さな小さな生き物。
そんな赤子を見た瞬間、男の中の何かが変わった。
父性本能か、もしくは愛玩動物として惹かれたのか。
どうやら施設運用に困っているという内容の番組だったらしい。
男は少しずつ貯めた貯蓄から生活に困らない程度に寄付していた。
しばらくして施設からお礼の手紙が届いた。
返事を書いた。
赤子は助かったのか、今はどんな生活をしているのか。
なんて返事が返ってきたかは覚えていない。
だが、寄付したことに後悔は無かった。
それだけは今も覚えている。
そして寄付は今も続けている。
◇◆
「世の中は不公平なことばかりだ。だけどな、お嬢ちゃんは既に【巨人王】っていう杭を持ってしまった。杭は打たなければならない。平らにしていかないと、突き出た杭で傷つく者が現れるんだ」
ウチデノコヅチの能力は更に追加で使わせた。
岩にぶつかり、小石のように小さくなった。
計2回。
ロールスライスの経験則では後1回か2回はウチデノコヅチのスキルを使えるだろう。
だが、もはやウチデノコヅチの間合いも見切った。
短い手足。
小さな体躯。
思考もあまり早くは無いだろう。
デザインされたとは思えない外見……現実の姿をそのまま反映させている。
きっと、キシリー・キシシキも本来は突き出た杭では無かったはずだ。
弱者として、敗者として振る舞わなければならないはずだ。
デンドロ世界ではうまく立ち回れただけの結果に過ぎない。
そんな彼女はこの世界では英雄に等しくも、現実世界に買えれば打ちのめされるだけ。
……突き出た杭では無いならば現実で打たれてはいけないのに。
「だけど全部飲み込むしかない。仕方なかったと、諦めて、不幸になることに身を任せるしか無いこともある。お嬢ちゃんにとっては今がその時だ。強くなったならば対策される。おじさんのような相性の悪い人間に付き纏われる。能力は使い切ったかい? 手札は全部出したかい? 残念ながらイベントを楽しむ時間は終わりだ。おじさんも心苦しいよ。本来はお嬢ちゃんのような子供こそがゲームを楽しむべきだ。おじさんのような大人達が裏でコソコソと考えて罠を張るべきではないんだ」
だけど、仕方ない。
明日の希望のため。
夢見る子供のため。
今日一人の子供が不幸になることは避けられない。
「明日になれば恨み言も受け入れよう。後日になったらちゃんと遊んであげよう。なに、日曜日はまた来るさ。月曜日になったからといって学校を渋ってはいけない。次第に慣れて、そうやって大人になって、おじさんのようになっていくんだ」
子供に拳を振るうのは本当に心痛い。
これがゲームでなければロールスライスはとっくに心折れていただろう。
これが報酬の為と割り切らなければすぐに拳を下ろしていただろう。
だが、仕方ないことなのだ。
たかがゲーム。
十分遊んだだろう。
子供ならば、子供だから、ゲームにのめり込み過ぎてはいけない。
現実に帰らねばならない時もある。
幾度と加えた攻撃も、小さなダメージであれど積み重なっていけば、状態異常も増え、致命傷に近づいていく。
まるでレイドボスを相手にしているかのようであった。
膨大なHPに高いステータス。
一手間違えば、こちらが致命打を与えられかねない。
だが、それももう終わりだ。
結局、〈パッチワークメモリー〉のメンバーも到着しなかった。
それでも1人で【巨人王】を倒すことが出来た。
杭を打つ槌となれた。
「……?」
何かがふと頭に浮かび上がった気がした。
ロールスライスはそれが何か分からない。
「……最初に、足止めが使命って言っていたよね。おじさんは、そう言っていた」
「うん?」
「私を倒しに来る想定じゃなかった。でも私はこうして追い詰められている」
「……? そうだとも。杭は打ち付けられた。嬉しい誤算というやつだ」
ふとキシリーは周囲を気にし出した。
子供特有の集中力の欠如だろうか。
ロールスライスはキシリーにダメージを重ねていく。
「武器もそう。剣も盾も持っていない。徒手空拳。私と同じ。攻撃を避けることだけに特化している。時間稼ぎを目的に職業も構成している」
「……ああ。それがどうかしたのかい?」
隠す理由もない。
ロールスライスのジョブは回避あるいはダメージ減算に重きを置いた構成。
少しでも仲間の到着までの時間を稼げればそれで良し。
「どうしたっていうか……確認? 気になったから」
「そうか……この状況で質問ができるのならばきっと将来は大物になれるのだろうね!」
皮肉めいた言葉に、キシリーは僅かに嬉しそうに表情を緩ませた。
まさかそのまま受け取られるなどとは思わなかったロールスライスは拍子抜けする。
「でも良かった……あと一回だけ残してる」
「残した? 一体なにを……?」
ロールスライスはすぐに思い至る。
ウチデノコヅチの使用回数。
2回使用し、残り回数は不明であったが、それがあと1回なのだろう。
自ら手を明かすなどとは、やはり幼稚。
もはや脅威は残っていない。
速やかにHPを削るきり、キシリーはここで敗退させる。
「HPはこれだけ減ったけど心配していないよ。バウムさんに回復アイテム貰ってるから」
それがロールスライスに向けているのか、キシリーが自分の行動を確認しているのかどちらでもいいことだ。
【巨人王】で無くなったキシリー・キシシキは恐れるに足らず。
そう報告し、この戦いは終了だ。
「まずはこれ……解除」
キシリーが小さな何かをロールスライスに投げる。
「……? ッ!!」
それが何なのか、小さく過ぎて視認までにラグが発生した。
気づいた時には、真横にあった。
巨大な岩が右から横殴りにぶつかってくる。
先程キシリーがウチデノコヅチで小さくした巨岩。
能力を解除したことで大きさを取り戻していた。
「まさか……ッ!」
ガリバーのルールは巨大化と人間大の大きさを封じているだけだ。
それも、生物に限った話。
巨岩には適応されていないし、小さくなったものの大きさを戻すこともガリバーは何の制限もかけていない。
「良かった。これで私の勝ちだね」
堪らず左へとたたらを踏む。
だが、体勢を崩すまでには至らない。
キシリーがロールスライスへと真っすぐ岩を投げて来なかったことが幸いした。
横からのエネルギーであるために、キシリーの膂力が直接ぶつかっては来ていない。
「解除」
「……?」
再度、キシリーが能力を解除する。
今度は何も投げて来ない。
そう、警戒したところで無意味だ。
攻撃は足元からやってくるのだから。
「……ッ!?」
腹部を突き抜ける衝撃。
それは、最初に小さくされた一本の木。
足首程度の大きさの木は、3m程の背丈へと戻り、その戻るエネルギーでロールスライスを高く跳ね飛ばす。
「……ッ! (まずい……態勢を整えねば……!)」
地上ではキシリーがウチデノコヅチを仕舞い、再度メリケンサックを装備していた。
効果は未だ不明な特典武具。
だが、それで殴られてしまえば今度こそ致命傷だ。
絶対に回避してみせる。
「お。おおおおおおおおお!!」
この際、落下ダメージだけは受け入れる。
ロールスライスはキシリーの攻撃が当たる寸前、一つのスキルを発動した。
「《フル・スロットル》」
【赤闘布】奥義。
その効果は、どんな態勢であっても身を翻すことが出来る。
それだけの効果であるが、発動までの時間にラグは無く、即座に身を翻せるため、緊急回避として使うことが出来る。
キシリーの拳がロールスライスの頭上すれすれを過ぎていく――
「……! 良し……ッ!?」
――瞬間、地面に強く叩き付けられていた。
「あ……え……」
一撃。
それだけでロールスライスのHPは全て無くなっていた。
「なん……」
彼は知らない。
キシリーの特典武具が攻撃の命中補正であることを。
普通の特典武具であれば攻撃そのものに効果を付与するが、命中補正など、持ち主の技量不足を指摘するようなもの。
出る杭どころではない。
出ていないからこそ、その特典武具は存在していたのだ。
「……はは。おじさんも見誤ることは、あったものだ、ね」
周囲の大きさが戻っていく。
ガリバーの効果が消えているのだ。
ロールスライスは少女の成長を。
不平等な状況から持ち直したキシリー・キシシキという存在を喜ぶ。
「(あの赤子も今はどこかで……)」
生まれた時から不幸であったあの赤子も今はどこかで幸福に包まれているかもしれない。
キシリー・キシシキがロールスライスという不平等を跳ね除けたように。
■【巨人王】キシリー・キシシキ
「……よし。HPは回復できた」
使ってしまったスキルは仕方ないが、とりあえず戦うコンディションは整えられた。
元より、【巨人王】とフォーカー頼りの戦闘だ。
ウチデノコヅチが無くともキシリーの戦闘スタイルはそう変わらない。
「――ちぇ。なんだよ。やっぱり使えないな、3位は。まだ生き残ってるじゃん」
声と共に幾つもの牙がキシリーに突き刺さる。
手が、足が、身体に、傷が出来ていく。
「流石に頑丈だなー。良し、僕の怪獣とバトルだ! そっちは怪獣マスターが怪獣パターンだね。僕の怪獣たちとどっちが強いか勝負だよ!」
声の主の姿は見えない。
いいや、視界を埋め尽くす数の……巨大な竜が主を隠している。
「……く、……このぉ!」
竜を引き剥がし、殴り、それでも他の竜たちに食いつかれる。
やがて巨大な少女は光となり消えていった。
キシリーちゃんには私からの愛を以て負けてもらう
この子も普通ならステータスお化け過ぎて、暴れられると困るのよね