<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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74 その地獄で笑ってやる 1

◇◆

 

 言うべき言葉があった。

 伝えるべき感情があった。

 

 妹妹とエウリィ・リリィ。

 2人の姉弟子の戦いはワン・フー・ウーに勇気を与えるに十分なものであった。

 つよさに繋がるものであった。

 

 その後の新たな超級ムートン・ラムとの戦いも、散っていったクランメンバーはいずれも自らのつよさを示し、決して犠牲とは呼ばせないものであった。

 

 夜が明け、朝が来たる。

 オーナーであるクリアントの言葉の意味をキシリーは彼女なりに訳してくれた。

 

 ワン・フー・ウーは“磔刑”を慰めに来たのではない。

 彼女と戦いに来たのだ。

 

 クラン〈洛陽創世会〉の拠点はあからさまと言っていい程に分かりやすかった。

 常に拠点頭上の空にモニターが映し出されているのだ。

 これはオーナーの頭がお花畑なのか、何も考えていないのか、あるいは何か策あってのことなのか。

 ワン・フー・ウーには読めない。

 読むだけの判断材料を、〈洛陽創世会〉の情報を知りえていない。

 だが、もうモニターは何も映していない。

 何もない、木々や草むらといったただの風景だけを映し出している。

 イベント開始からあれだけ騒いでいたメンバー募集やメンバー紹介を映し出さなくなってもう随分と時間が経つだろう。

 それだけの余裕もなくなってきたのだろうか。

 

「……あのモニターはエンブリオの能力によるもの。少なくとも、クランの人はいるってことだ」

 

 モニターの内容はともかくとして、未だ生きているのならば、その能力の持ち主も生きているということ。

 “磔刑”は拠点に来いと言った。

 場所は言わなかったが、あのモニターがあるからだろう。

 

 もし違ったとしてもモニターの持ち主に問えばいい。

 ……もしこれが罠だったとしたら、それはそれだ。

 “磔刑”がワン・フー・ウーを出し抜こうとしたのであれば、それもまた彼女の意思を感じるだけ。

 

「……?」

 

 不意に、モニターがブレた。

 ノイズが走ったかと思うと、徐々に歪み始め、1分と経たないうちにプツンと、まるでテレビのスイッチを切ったかのように消えてなくなってしまった。

 

「……まだ少し距離はあるんだぞ」

 

 ここから走っても数分はかかるだろう。

 平地、見晴らしがよければ別に良いが、拠点は森の中。

 拠点を作るからには開けた場所ではあるだろうが、森の端からではその正確な場所までは分からない。

 モニターありきで拠点を探そうとしていたワン・フー・ウーにとってはモニターの消失は予想外。

 焦りながら歩を進める。

 

 だからこそ。

 焦燥感に駆られたからこそ、ワン・フー・ウーは思考を狭める。

 何故モニターが突如消失したのか。

 その理由を考えるには至らなかった。

 

 

◇◆

 

 

「……やけに人の気配が少ないな。いや、少ないどころか……感じない」

 

 〈洛陽創世会〉が待ち構えるでもなく、歓迎するでもなく。

 そして、その他のこの時間まで生き延びた〈マスター〉と衝突することもなく、ワン。フー・ウーは森の中を進んでいく。進めてしまっている。

 多少の戦闘は覚悟していただけに拍子抜けし、楽観的になる。

 

「ああ、そうか。話を通してくれているんだな。僕がこの時間に来るから」

 

 〈洛陽創世会〉がワン・フー・ウーの妨げにならないように道を開け、どころか他クランのメンバーを足止めしてくれているのかもしれない。

 それは先ほど遭遇した人間を小さくする能力の持ち主、ロールスライスの存在もあってのこと。

 彼もまた偶然出くわしたというよりも自身らを待ち受けていたような印象があった。

 彼のような者が〈洛陽創世会〉にもいるのだろう。

 そんな考えでワン・フー・ウーは進んでいく。

 

「……戦闘はあったんだな」

 

 爆発の跡をみつけそんな感想を述べる。

 焦げた臭いは薄い。

 昨日にあった戦いの余波だろう。

 

 進めど進めど。

 戦闘跡はあっても、人の影は見当たらない。

 確かに人はいた跡はあるのに。

 そして、つい先ほどまで誰かが戦っていた痕跡が見つかっても、まだ見つからない。

 

「相打ち……ってことなのか?」

 

 どれだけ上手く隠れているのだろう。

 だが、それでも生き延びたクランメンバー全員を隠す程のことが出来るだろうか。

 何よりも、昨日のクランの挨拶からして、そんなことをするとは思えない。

 

 何か、〈洛陽創世会〉からしても予想外のことでもあったのか。

 

「まさか……誰か強い人が来てクランが全滅したとか」

 

 それは十分に有り得た。

 このイベントには超級が少なからず参戦している。

 二日目で終わりが見えてくる頃合い。

 出し惜しみなく全力を尽くそうとする〈マスター〉もいることだろう。

 

「……ッ」

 

 ならば悠長に歩いている暇など無い。

 体感時間からしてもう拠点に着いても良い頃合いだ。

 必死に音を探り、“磔刑”を探した。

 

「――て」

「……!」

「――けて」

 

 人の声がした。

 “磔刑”のものではない。

 若い男の声。

 だが、この森の中で唯一かもしれない手がかり。

 ワン・フー・ウーは声のした方へと進む。

 

「……ここか! 誰かいるのか。返事を!」

 

 そして、開けた場所へと辿り着く。

 モニターで映し出されていた景色とほぼ同じような場所。

 違うのは……そこに倒れる人間だけ。

 

「あ……あ……なんで、こんな、ことを……」

「私達が一体なに、を……」

「同士のはず……乱心したか」

「教祖様のお言葉なら、アレは君の勘違いだ。だって――」

 

 〈洛陽創世会〉のシンボルマークを身体に刻んだ者達が死屍累々の体で倒れていた。

 まだ辛うじて生き延びている者。

 今まさに消え行く者。

 

 その中で唯一人だけ。

 車椅子型のマジンギアを乗り捨てた彼女だけが、自身の脚で立っていた。

 

「“磔刑”……!? 一体何があったんだ? この人達は……!?」

 

 何が起こったのか、唯一の見知った顔である彼女にそう尋ねる。

 分かっていた。

 この状況が何を指し示しているのか、理解できないはずが無いのに。

 

「ああ……もう時間でしたか。来て、しまったんですね」

 

 彼女の瞳は濡れていた。

 “磔刑”は昨日見せなかった感情を見せていた。

 

「君! 奴を止めてくれ! “磔刑”は混乱しているんだ! 突然我々を――」

「煩い」

 

 “磔刑”は短くそう返し、手に持った小さなナイフか何かを投げる。

 恐らくは既に必殺スキルを発動しているのだろう。

 膨大なステータスから投擲された武器はたとえ武器そのものの攻撃力が低かろうと、投擲エネルギーがそのまま肉体を貫き、叫んでいた男の息の根を止める。

 

「ワン・フー・ウー。もう、別に何もしなくていいですよ。何も言葉を私に与えなくていい。だって、次の世界すら私には保証されないのだから」

 

 “磔刑”はワン・フー・ウー以外の人間を全て殺す。

 同じクランの……〈洛陽創世会〉のメンバーを。

 

「何を……仲間だろ! 僕にはよく分からないけど、みんなお前と同じ世界を目指していた――」

「だからその世界なんてものは無いんですよ。……はは。薄々には感じていました。その場限りの優しい嘘。みんなを納得させるだけの偽物の思想。私もちゃんと詐欺師に騙されるだけの、惨めな人間だってことを再認識させられたってことです」

「……!?」

 

 それは、ワン・フー・ウーにとっては既知のものだった。

 当然ながら〈洛陽創世会〉の言う次なる世界など信じていない。

 だからそれを“磔刑”と戦い、伝えようとしていた。

 

 だが、きっと彼女も知ってしまったのだろう。

 ……それを言ってはいけない人物から伝えられたのだろう。

 

「教祖が引退を宣言しました。曰く、もう稼げたからこのゲームは、ひいては〈洛陽創世会〉は必要ない。楽しめる者だけで楽しめ。逃げたくなったら逃げればいい、と」

 




ひたすらに主人公以外がド修羅場を迎えるイベント
いったい誰がこのイベントを楽しめているんだろう……?
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