<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
◇◆
「随分と見ない間に良い顔つきになったじゃねえか」
妹妹にクランに誘われ加入した翌日のことだった。
ワン・フー・ウー改め、ウェン・フーユェイは妹妹に祖父を尋ねるように言われ、道場を久しぶりに訪れたのであった。
一時期はもう一人の姉弟子であるエウリィに技を磨いてもらっていたのだが、このゲームに嵌ってからは足が遠のいていた。
稽古をサボっていたという事実が戸を叩くことを躊躇わせる。
だが、それではいつまで経っても妹妹の祖父に、師に会えない。
ええいままよと道場に入った彼を待っていたのは、いつもの師の姿であった。
「俺の孫も、あの不良娘もそうだが、若い奴は成長が早いもんだ。少しばかり落ち込んでると思えば、良い顔しやがる」
「……その」
「ああ、別にいい。お前が今気にしていることは、もう気にするな。俺が気にしていないんだから、お前がいくら気を揉んだところで仕方ねえってことだ。それよりも、だ。ここに来たのは、どっちの指示だ?」
どっちというのは、2人の姉弟子のどちらかということだろう。
「姐姐に……」
「ああ、そっちか。ふうん? まあそりゃそうか。まだ不良娘の方に会うには早い、か。良し、分かった。少しばかり稽古をつけてやる」
道着を投げられた。
着ろということだろう。
師もいつの間にか着替えており、既に構えに入っている。
「す、すぐに着替えます」
天井を見ながら必死に肺に空気を取り込んでいた。
何度投げられただろう。
何度死をイメージさせられただろう。
それでも身体のどこにも傷は無い。
一切、痛いところが無い。
「ま、こんなところだな」
師はウェンが道場に入って来た時と全く変わらない表情でこちらを見下ろしていた。
「……全然ダメだった」
「考えていることは分かる。あの2人と比べるな。アイツらは他の奴らと違って獲得経験値100倍のボーナスを持っているようなものだ。そんなのが普通に血の滲むような鍛錬を積んでるんだから、俺の次くらいには強い」
「だったら……僕は2人の100倍はやらないと」
「……そう、考えちまうよな」
それはそれでいいのかもなと師は呟く。
「悩みでもあるんなら聞くぜ?」
「……強くなりたい、です」
「地道に稽古をすることだな。上辺の強さは剥がれやすい。自分の軸となるところを少しずつ磨いて鍛えるのが一番だ」
ラショウモンというエンブリオを持つ彼にとっては痛い話であった。
「だがまあ、それでも強くなりたいんなら、自分の長所でも見つけることだな」
「……僕にあるんでしょうか」
「あるさ。誰にだってある。もし見つからないってんなら弱さに埋もれてるんだろう。だから、いいか? もし強くなりたいんならよ、長所を見つけたいんならよ、弱さから目を背けちゃいけないのさ。向き合って初めて、自分の強いところも見つけられるんだからな」
■【剛剣士】ワン・フー・ウー
頭の中は晴れていた。
身体は軽かった。
きっと、何をやったらいいのかはっきりしたからだ。
“磔刑”……この女の子を救わない。
救ったら、それは彼女を弱者であると認めてしまうから。
僕は彼女に手を伸ばすことはしない。
僕は彼女の隣に立つ。
共に強くなるために。
そのために、今、彼女を倒すだけの力が僕にはあると示さなければならない。
「来い……“磔刑”!!」
「……このっ!」
少しずつ、死ぬまでの時間が延びていく。
あと2回。それが僕の命の猶予。
それまでに“磔刑”を……いや、それよりも先に、彼女のタイムリミットの前に――
「ハッ! ぶんぶんとぶん投げてくれやがって。だったら近づかれる前に――」
“磔刑”は僕の右足に向け手を伸ばす。
これまで受け身であったが、遂に攻めに入った。
投げられ、そこからの攻防で追い詰められていると考えたのだろう。
故に順序を崩してしまえば僕の攻めも崩れる、と。
「関係ない!」
右足が“磔刑”の手によって砕かれる。
HPは8割も失った。
それでも、致命傷ではない。
「足か心臓を狙うべきだったな。いくら攻撃力が高くても部位欠損程度で僕は止まらない」
左足のみで重心を保つ。
そして両手は“磔刑”の肩、腰にそれぞれ触れ――
「また空をみせてやる!」
彼女の身体は宙を舞う。
「――っ“」
彼女のHPはほとんど減っていない。
減少した数値も僕の攻撃そのものでなく、投げて地面に叩き付けられたことによる落下ダメージによるもの。
「多少、技があったところで力も爪もないお前が! 俺に勝てるとでも思ってるのかよ!」
「思う! まだ足りないかもしれない。僕にはエウリィお姉ちゃんのような力も、姐姐のような爪も無い。だけど……今から強くなれば。お前に勝てるだけの力を、爪を、ここで、身に着ける!!」
左足も”磔刑“に潰され、そのまま胴を抜き手で串刺しにされた僕は【出血】ダメージによりHPが0になる。
「これであと1回っ……!」
「分かったぜ。一撃だ。心臓か、頭だったな。ならこの一撃で決めてやるよ。未来は無ぇ。過去に縛られろ。弱い奴は見栄えが少しばかり良くなったところで弱いままだ。理不尽な暴力に晒されて、俺のように死んでいけ」
“磔刑”は僕の急所部位に狙いを定める。
腕や足といった、即死しない場所を攻撃しても反撃されると見越してのことだ。
“磔刑”の手刀が僕の胸を貫く。
「……ッ」
同時に僕の手が“磔刑”の腕を掴む。
「無駄……ぁ!?」
否。
決して無駄などではない。
急所を貫かれようと僕の力は揺るがない。
「……お前の手を離すものか」
「くそ……ブローチか! いつの間に」
この瞬間だ。
たったこれだけの隙を作るためだけに、今まで装備していなかった。
「装備の付け替えには慣れているんだ。こんなこと……手元を見なくてもできる」
だが、【出血】と部位損傷によるダメージが僕のHPを急速に減少させている。
いつまでも時間があるわけではない。
「――チィッ」
“磔刑”が空を仰ぎながら舌を打つ。
僕は最後の蘇生が終わる。
「……」
「……」
「……どうした。起き上がらないのか」
待てども“磔刑”は転がったままだ。
まだHPは残っている。
大きく減らしたが、まだ残ってはいる。
……いや違う!
「……時間切れか!」
今の”磔刑“は立ち上がる力が無いのだ。
必殺スキルの発動時間が切れた今、再度エンブリオによる肉体制御の制限が起こっているのだ。
「……! 倒しきれなかった……!」
あれだけの啖呵を切ったのに。
結局、僕は彼女に力を見せることが出来なかった……ッ。
「……馬鹿野郎。これだけのステータス差があったんだ。むしろ倒しきれなかったのは俺のセリフだ」
「……“磔刑”」
「わかってはいたさ。ああ、チクショウ……頭の中では理解していたんだ。お前が俺のことを考えてくれた末の言葉だってのは。俺のことを情けないだとか、惨めだとか、そんなことは思っちゃいねえってのは……お前だけじゃない、他の誰もが、きっとそうだったんだろうさ」
“磔刑”は両手で目元を覆う。
空を見ることも無い。
ただ自身の視界を狭める。
「……教祖も。多分、もう俺に自分を縛るなって言いたかったんだろう。そういうやつだった。表向きも、言葉の裏も、読ませないように振る舞っていたからな」
それは言葉そのままだったのだろう。
少なくとも後半の部分だけは。
この世界を楽しめ。
逃げたくなったなら、逃げてもいいのだと。
もう自ら苦しまないで欲しい。
……“磔刑”に殺された彼女のクランメンバーはそれを理解している様子だった。
だからこそ、それを“磔刑”にも教えようとしていたのだろう。
「……クランは解散、か」
「行く当てはあるのか?」
「そりゃ、な」
ふと、彼女は視線をこちらへと向けた。
「なあ、さっき言ってくれたよな。一緒に笑ってやるって。……それって、そういうこと、だよな?」
「……?」
そういうことってどういうことだ?
確かに一緒に笑ってやるとは言ったけど……ああ、そうか。
「〈パルプンテ〉に入りたいってことか」
「へ……?」
「僕のクランに入りたいってことだろ? 昨日の姐姐もいるし、他の人たちも……多少クセはあるけど良い人達だから大丈夫!」
僕も姐姐に誘われて入ったけど、誰に話を通せばいいんだろう。
オーナー?
違うか。
「ようこそクラン〈パルプンテ〉に。もし地獄から抜け出せなくても、その地獄を天国みたいに楽しめるようにしよう。僕はそれに付き合うよ」
「……はぁ。まあ、それで良いですよ、もう。それよりも」
「?」
「いつまで私のことを“磔刑”などという無粋な呼び方をするんです? 私の名前はとっくに見えているんでしょう?」
「ごめん。その……自己紹介もまだだったから」
右手を差し出す。
彼女は、僕の手を握ると、そのまま身体を起こし、そのまま僕に寄りかかった。
「ちょっ」
「そういえばそうでした。私の名前は深見沢くるみ。所属クランは先ほどまではフリーでしたが、つい今しがた予約が入りました。……。貴方の名前を聞いてもいいですか」
「ああ! 僕はワン・フー・ウー。クラン〈パルプンテ〉所属。クランで一番の未熟者だけど、師に鍛えられて強くなっている途中だ」
互いに、ろくに戦う力も残されていない。
アイテムも使い切り、自然回復に任せたところでたかが知れている。
“磔刑”――くるみも、ワン・フー・ウーも、2人ともどちらが言うまでもなく、自らこの戦場を笑いながら退場……ログアウトしたのであった。