<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■イベントマップ 〈猿町の跡〉
かつて亜人種の一つである猿頭族の支配する街があった。
手先の器用さに秀でていた彼らは人族にも引けを取らない技術で建造物を、道具を作り出し、使用していた。
鉱山が近くにあったため素材に困ることは無く、その町は常に金属の打ち合う音が響いていた。
その町も今は絶えて久しい。
とある戦いの舞台となり、猿頭族も大半が死に絶えた。
町は朽ち、道具は錆び、金属は埋もれる。
猿の町はもはや荒れた地と成り果てた。
イベントマップとしてコピーされた〈猿町の跡〉は再現されたところで意味のない地であった。
何故ならば、この地は不毛地帯となり、岩が幾つも転がっているだけに過ぎない。
建造物も戦いの折にほとんどが倒壊しており、その余波の際に砕かれている。
故に、マップ上では町を冠しているものの、そこは見晴らしの良い開けた場所であるのだ。
――彼がそこに到着するまでは。
「ふうん? 数で囲って、僕の最強のドラゴン達を倒す気なんだ」
幼い、まだ声変わりも済んでいない少年の言葉に、彼を囲むように並ぶ〈マスター〉達は睨み返した。
「知らないのかな。戦いっていうのは目が合った人と1対1でやらないといけないんだよ?」
「……っるせぇ! そっちが先に仕掛けてきたんだろ! 後ろから俺の仲間達をバリバリ食いやがって! 前菜かよ!」
1人の男が怒鳴り返す。
モヒカン族である彼は非公認クランを仲間と立ち上げていたのだが、今この場にいるモヒカンは彼1人だけである。
周囲の〈マスター〉達は、『このモヒカン。自分がメインディッシュと思い込んでるのかよと』……思いはしたが声には出さないであげた。
というか、声に出した途端、本当に彼がメインディッシュとして食べられてしまいそうな気がしたのだ。
この少年の……背後に控える七匹のドラゴンによって。
「まあまあ。モヒカン君。ここは抑えて」
と、1人の眼鏡をかけた柔和な顔をした男がモヒカンの肩を軽く叩きながら少年の傍に歩み寄る。
「君はランキング1位の人だね。その背後のドラゴンはエンブリオかな。強そうだ。メインジョブは……みえないけどレベルからして超級職に就いているんだね。その年齢で大したものだよ。万年上級職止まりの私からすると羨ましい限りだ」
「確かに僕は〈ザ・ドラゴンズ〉のリーダーだけど」
「ありがとう。私はMR.スリップ。少しだけ、君に話を聞いてほしいんだ」
「…何が?」
「当たり前の話をするだけだよ。私は逆立ちしたところで君に勝てそうにない。彼らもまた、そうだろう」
眼鏡の男――MR.スリップは集まった〈マスター〉を見る。
いずれも上級職カンストか、間近の〈マスター〉ばかり。
所属国家の公式ランキングにこそ上がっていないものの、歴戦の経歴の持ち主であることは間違いない。
だからこそ、そこ止まりの彼らではきっと負けるだろうと確信していた。
「どうだろうか。もはや私達に1位を目指すだけの実力は無い。君に勝てるビジョンが浮かび上がらない時点で2位以下は確定だろう」
「まあ、そうだろうね」
「だから、1位は確定しているわけだし、ここから先は私達だけの戦いとさせてくれないだろうか」
自分達を見逃してくれ。
そう、MR.スリップは少年に懇願していた。
◇◆
「……なぁ、おい」
MR.スリップが〈ザ・ドラゴンズ〉の少年と交渉を開始した頃。
この場に集まった他の〈マスター〉達はひそひそと話をしていた。
「……お前もか」
20人ばかり集まった彼らは5つ以上のクランの同盟のようなもの。
……この場に集まり、少年を前にし、声に出さずとも即座に彼ら同士で小競り合いをしている場合ではないと感じ、休戦の目配せをして者達であった。
そんな彼らであるから、初対面の者、名すら知らない者も幾人かはいた。
だが、同じクランの仲間と会話をしている様子から、彼らは複数人のグループであることが分かる。
「「「……あの眼鏡。どこのクランの奴だ?」」」
しかし、MR.スリップに対し、懐疑的な視線を向ける者はおれど、信頼の目を向ける者はいなかった。
「ここまで生き残っている奴だ。誰か1人くらいは知っている奴がいるだろ」
そう思うも、誰もが首を横に振るだけ。
「ということはマジかよ。……アイツ、たった1人でここに来たってわけか」
それを無謀ととるか勇気ととるか。
少なくとも、彼らは後者をとった。
ただ1人、ろくに戦いも知らなさそうなMR.スリップが最強クランの少年に弁舌で挑もうとする。
彼らは心の中でMR.スリップを称え、応援するのであった。
「(――なんて、思っているのでしょうけど)」
MR.スリップの眼鏡が光る。
光る機能付きの特注仕様である。
これだけのために視力補正効果は捨てた。
「(確かに1位は諦めましたよ。ええ、私以外のクランメンバーが全滅してしまった今、これ以上足掻けることも少ない)」
フラッグも懐に入れている。
残念ながら固定できない状況であるためステータスアップの効果はないが、誰かに破壊されてポイントを取られるよりは良い。
まさかフラッグの防衛に1人任されていたら他が全滅するとは思わなかった……しかも一日目で。
必殺スキルを除けば他は非戦闘員であるMR.スリップにとって、この場に辿り着けただけでも自分を褒めたいくらいだ。
「(最後にひと稼ぎ……させてもらいますよぉ)」
仲間の奮闘もあってか、現在はランキング10位。
ギリギリ上位入賞の報酬も貰えるかどうかのポイント差。
「(ここに集まったのはランキング上位のポイントをたんまり持っている者ばかり。恐らくは主力に等しい……からこそ、彼らを私の手で倒してしまえば、私のクランが上位に昇り詰めることも可能!)」
彼は周囲に称されているような、勇気溢れた人柄ではない。
卑怯上等、最後に少しでも得をしようと考える人間だ。
当然ながら彼を知る者達からの評価は最低なものであるが、彼の属するクランは彼と似たり寄ったりの思考の持ち主であるため彼の特異性は薄れている。
人間性を貶めるものであったり、足を引っ張るものだったり……そんなエンブリオの持ち主しかいない。
犯罪者クランに落ちていないのが不思議なくらいだが、このクランにそこまでやる度胸の者がいないだけだ。
「ねえ」
少年を倒す強さは無くとも、背後の有象無象ならば倒すことは可能。
MR.スリップの必殺スキルはそのような力を有していた。
「(我が必殺スキル《虎の威を借る狐》でこの少年の力をそのまま彼らに――)」
「目が合ったら勝負って言ったよね」
「……へ?」
「ツヴァイ。いいよ、食べちゃって」
間もなく、少年のクランに10ポイントが追加される。
「……つまんないなー。みんな腰が引けちゃって、戦いに来てくれない。せっかく調整に調整を重ねて、最強のドラゴン軍団が出来上がったってのに」
MR.スリップの交渉など端から意味は無かった。
少年はただ、話しかけられたから返していただけだ。
そしてその用事も済んだので戦闘を再開したまで。
次の対戦相手は誰にしようかと、見渡す。
誰も彼もが弱そうだ。
ラスボスも、中級ボスも、それどころかネームドキャラクターにも劣るような者ばかり。
つまらない、つまらない。
少年は自分が余りにも強くなり過ぎたと感じていた。
「――でしたら私が一戦、付き合って差し上げますわ。そちらは7体……こちらも同じ数でよろしくて?」
なればこそ。
同じ顔をした6人+小さな少女を引き連れた金髪の〈マスター〉の登場に少年は少しばかり心躍らせた。
「勿論、従える〈マスター〉も頭数に入れますわよね?」
「……いいよー。そっちが僕のドラゴン達を突破できたらの話だけどね」
《虎の威を借る狐》は背後にいる者のステータス合計値から成るビームを前方に発射する必殺スキルです
【獣王】で使ったら山とか軽く弾けます