<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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35話 心の火を絶やすな! 燃え上がれ魔法少女

■【魔法少女ψ】フィリップ・ノッツ

 

 赤いドレスを纏う魔法少女――【魔法少女φ】らるくは言葉遣いと裏腹に、見た目は可愛らしい。

 同時に現れた【魔法少女θ】キシリー・キシシキもサイズこそおかしかったが、見た目は可憐な少女にも見えた。

 クャントルスカもまた、可愛らしい魔法少女。

 クリアントは男であるが、衣装を着ているのはそのエンブリオであるワンプ。これもまた、可愛い少女だ。

 変身後に宛がわれていた衣装は、可愛らしい少女に相応しい可愛らしいドレスである。

 個人に合わせているのか、それとも元からそういったデザインであったのかは分からないが、似合っていないとは思えない。

 

 だが……とフィリップは己の魔法少女の衣装のデザインを見る。

 これは決して可愛くはない。

 そういった衣装を望んでいたわけではないが、他の衣装を多くみると、自分の衣装が余りにも他と違うと思わされてしまう。

 

「戦闘中によそ見か?」

「――ッ」

 

 らるくの振るう槌が地面へと叩きつけられる。

 その衝撃は土を宙へ舞わせるどころか、クレーターを作り出す。

 土は焦げ、焼き固められていた。

 砂の一粒さえ浮くことを許さないかのような一撃。

 

「……これが魔法少女というやつか」

「正確には、ウチの固有能力の力だけどな。【魔法少女φ】、エンブリオ。この2つが合わさって今の一撃を作り出しとる」

「……ふうむ」

 

 らるくは自身を火を司る魔法少女、と言っていた。

 地面が焦げているのはそのせいなのだろう。

 高熱を纏うという単純かつ強力な能力。

 故に、厄介だ。

 

「赤……つまりは連想されるは火か。実際に火が出るのではなく熱なのが少しばかりいやらしいね」

「何がいやらしいだ。お前がさっきから降らせているこの雨のせいで上手く火が付かねえんだ!」

 

 らるくの振るう槌は絶えず煙を吐いている。

 燻っていた火は、しかし消えることも許されず、熱源である槌に高熱を秘めて一撃必殺のみに留められている。

 

「おっと。私だってやりたいことを妨げられているんだ。お互い様といこうじゃないか」

 

 【魔法少女ψ】は水を司る魔法少女。

 しかし、今のフィリップのレベルでは局所的に雨を降らせることしか出来ない。

 ダメージに繋がらない、ただの雨。

 フィリップとらるくの戦うこの半径50mにも満たない場所にしか振ることのない雨。

 それだけが、フィリップの魔法少女の能力である。

 

「成りたてにしても、余りにもでないか! 余りにも、余りにも弱い。ウチの悪を断ずる正義の灯に比べれば、陰湿な雨なぞ容易く吹き飛ばせるわ」

「それは怖いね」

 

 しかし、フィリップはらるくの槌を避け続ける。

 すでに上級職の1つである【深潜水士】のレベルがカンストしているジョブ構成である。

 AGIに関しては、【魔法少女】のレベルが低くとも、劣ることは無い。

 むしろ【魔法少女】のレベル差でステータス差が生まれないのならば、フィリップはこの森においても速い方なのかもしれない。

 

「……しかし凄い威力だ」

 

 相手の能力が火であることは分かったが、それにしては威力が高い。

 火力が高いともいえるが、この場合は純粋に力が強い。

 重量級の武器を振り回し、その威力を十分に発揮するらるく。

 戦い慣れた魔法少女であることに間違いは無い。

 

「だろう? ウチのエンブリオは悪を滅するエンブリオだからな」

 

 高熱にしても尚、槌は溶解しない。

 高い熱耐性とも考えられるが、エンブリオが槌だとすれば、その威力も納得できる。

 何より、魔法少女の膂力で振るわれているよりも、TYPE:アームズのエンブリオであるならば、らるくは槌の重さを感じない動きをしていることにも頷ける。

 

「気になるか? ウチのエンブリオが」

 

 らるくは槌を見せつけるように持ち上げる。

 無骨な槌だ。

 模様は何も刻まれておらず、ただの鉄の塊のようにも見える。

 

「お察しの通り、ウチのエンブリオはこの槌……いや金槌だ」

「金槌……ね。それにしては随分と大きい」

「当たり前よ。悪は限りなく大きく膨れ上がるもの。なら、正義の力を振るうウチのエンブリオも大きくなけりゃいかねえ」

 

 正義と悪。

 それがエンブリオの正体への手がかりなのだろうか。

 フィリップは考える。

 

「さしずめ、悪特攻のエンブリオかな?」

「おう。良い線付いてるぞ。ま、悪は悪らしく、這いつくばっておきい!」

 

 槌の周囲の空間が歪んでみえる。

 それほどの高温。

 槌を冷まそうと振り続ける雨は瞬く間に蒸発していく。

 らるくの空けたクレーターに落ちた穴からも水蒸気は湧き上がり続ける。

 中に溜まった雨水は熱湯となっていることだろう。

 

「……全く、サブジョブが【深潜水士】で良かったよ」

 

 視界補正のおかげで辛うじて水蒸気漂う中でも動くことが出来る。

 だが、相手の姿は徐々に水蒸気に紛れて見えなくなる。

 白く霞む世界。

 その世界が、歪んだ。

 

「――ッ」

「っらぁ!」

「……っとと」

 

 その先から槌が振り下ろされる。

 

「チッ……やりにくいな」

「それはこちらの台詞だね」

 

 相手の姿が確認できずとも、空気の流れが水蒸気によって見える。

 その動きに沿えば、槌の起動も見えてくる。

 

「……まだ、か」

 

 雨が降る。

 雨はフィリップのMPが続く限りは振り続けるだろう。

 だが、雨でらるくは殺せない。

 

「何を言うてるんだ?」

 

 間近かららるくの声が聞こえた。

 前触れもなく現れた槌が突き出される。

 軽く、トンという衝撃がフィリップを襲う。

 ダメージも発生しない、その程度の衝撃であった。

 だが、後方へよろけかけて引こうとしたフィリップの足は地面を踏み外した。

 

「……!?」

「ウチが何も考えずポンポン穴を空けてると思ったか? ウチは全て覚えているぞ。だからお前をそこへ誘導した」

 

 よろけ、穴に落ちたフィリップは尻もちをついてしまう。

 穴に溜まった雨水が舞い上がる。

 

「避ける避けるもこれでお終い。その体勢じゃぁ、ウチの金槌は避けられんだろ」

 

 見えずとも感じる。

 らるくは最大限の攻撃をするつもりなのだろう。

 槌を振りかぶり、避けることの出来ないフィリップへと横薙ぎに弾き飛ばした。

 

「破邪滅槌!」

 

 体が宙に浮くのを感じる。

 痛みに歯を食いしばろうとも、ダメージが大きいことはHPを見れば分かる。

 雨によって軟化した泥をフィリップの体は転がり、木にぶつかることでようやく止まることが出来た。

 

「効いたか? ウチのエンブリオは悪特攻……【破邪滅槌 ゲンノウ】。金槌の大本、玄翁とかいう和尚の持っていた鉄の塊がウチのエンブリオのモチーフだ」

 

 玄翁。

 それは2つの意味を持つ。

 1つはらるくの言うとおり、玄翁和尚という人物。

 もう1つは、玄翁和尚の持っていた鉄の塊である。 

 それはただの和尚に非ず。

 それはただの鉄の塊に非ず。

 

 玄翁和尚は日本三大妖怪の1匹である玉藻前……その末期に成ったという殺生石を砕いた人物である。

 その時に用いたのが鉄の塊……玄翁となったとされている。

 

 【破邪滅槌 ゲンノウ】。それは対モンスター・対物質に特攻のあるエンブリオ。

 玉藻の前という妖怪……その成れの果てである毒を放つ殺生石を砕くという偉業。

 悪を滅したという偉業こそがゲンノウのモチーフ。

 石を砕いたという偉業こそがゲンノウのモチーフ。

 

 故に、地面という物質とて容易に穴を空ける。

 どのような強いモンスターであろうとらるくの前では滅される。

 

「ああ……効いたなぁ」

 

 だからこそ、フィリップのHPは僅かながらも残されていた。

 モンスターでも物質でもないフィリップに対して特攻は意味を成さない。

 槌による直接的なダメージと【魔法少女φ】による火力の底上げのみがフィリップのHPを削っていた。

 

「おま――」

「お返しだ」

 

 らるくは先ほどから槌を振り回しすぎた。

 せっかく充満していた水蒸気が全て晴れてしまった。

 

 今なららるくの姿が見える。

 

「さて、この状況なら私にも君の空けた穴の位置が分かるよ。……うん、10か」

 

 らるくの空けた穴。

 熱で固めた穴全てがフィリップが降らせた雨で満たされている。

 

「さて、火力やら威力やらが君の自慢のようだけれど……」

 

 10の穴に溜まった水全てから砲身が突き出る。

 砲口は全てらるくへと向いていた。

 

「私自慢の火力も受け取ってくれたまえ」

「ちょ――」

 

 打ち込まれた砲弾全てがらるくへと着弾し、らるくを爆発が包み込む。

 

「ああ、それと……」

 

 立ち上がり、泥を払いのけながらフィリップはらるくに間違いを訂正する。

 

「私は魔法少女だ。君の倒すべき悪では無いよ。これは魔法少女同士の戦い。決して正義が悪を打倒する物語なんかじゃない」

 

 爆発が晴れた時、すでにらるくの姿は無かった。

 HP全損でのログアウト。

 悪も魔法少女も全て吹き飛ばす高火力の前では、らるくの槌はただの槌であった。

 

「ふむ……これが魔法少女同士の戦いね」

 

 HPもMPも底をつきかけている。

 すぐさま回復アイテムの使用をしなければならない。

 

「なんだ。思っていたよりも使えるじゃないか」

 

 試運転代わりの戦い。

 そこで魔法少女の力と特典武具の力を試せたフィリップ周囲を警戒する。

 

 森の中ではあちこちで戦いが起きていることだろう。

 クャントルスカが戦っているであろう場所。

 そこにある見上げるほどの巨大な影を見て、フィリップは苦笑いをした。

 

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